70話 戦友
「しかし、やけに遅いな。いくら苦情があったとはいえ、『黄金の空』の秘魔女と【悪辣四皇】の二人で抑えきれぬわけはないはずだが……」
随分と仰々しい称号だなと思いつつも、確かに言いしれない力を感じたあの二人。
まだ二人を全く知らない俺ではあるがアーネストとハイテルテルネスの二人がいると言うだけで勘弁してくれと言いたく事を考えれば、実際もっとよく知っている奴らはもっと早くに降参するだろう。
が、それなりに時間が経っても未だここの壁にも映っている画面は試合時間未定のままであり、現在の状況についてもまるで回答がない。
「よほど手間取っているのか、あるいは」
「───来れない程退っ引きならない状況か」
俺の言葉にほうっと感心したような声をしつつ頷くヴァンダルヴァ。
「然り。だがそうであった場合、より厳しい状況になるな……いや、どうやら当たっているようだな」
ヴァンダルヴァが顔を上に向ける。
瞬間地響きの様な音が下かと思った後、部屋が大きく揺れる。
まるで地震のようだ、かなり大きい。
ぐらぐらと揺れる部屋は勢いを増していき、やがて壁や天井にヒビが入り始める。
「『竜の咆哮』」
ドンっと凄い音がした。
耳が割れるかと思ったが、実際声が出ていたわけではない。
ヴァンダルヴァの口から発せられた衝撃波のような物が部屋の天井ごと打ち砕き、貫いたのだ。
突然の行動に驚いてしまう俺だが、揺れの中床に手をついている俺の姿では少し情けない。
と言うか、よくこの揺れで直立出来る物だ。
舌も噛みそうだが。
「乱暴だったが、部屋に殺されるわけにもいかん、許せ…………っ」
そう言い放った後、がらがらと周りの壁も崩れていく。
上から振ってこないのがありがたいな、と思ってふとヴァンダルヴァが固まっている事をしる。なんだ、と思い俺はヴァンダルヴァの視線の先、随分と見晴らしが良くなった上、空を見上げて俺は目をむいた。
「なんだ、アレは」
空が、昏い。
世界を覆うような黒い雲がそこには広がっていた。
更に、時折光と唸り声にも似た音が響いていて、それが雷雲だと言うことがわかった。
だが、何よりも恐ろしく、声を失ったのはその空に存在を誇示している、一匹の龍。
遠目からでもわかるほどに全身が黄金に輝き、背に大きな翼を付けた、アメジスタのような、人に似た姿の竜だ。
それを見て、俺はふと頭に思い浮かんだ一言があった。
「まさか、四龍?」
「いや…………違う…………あれは、恐らく、アレは」
そこで俺はようやく気づいた。
少ししか話していないが、自信に満ち溢れた様なヴァンダルヴァがわずかに震えている事を。
「雷霆龍、アルファ」
絞り出す様にそう言い、俺が何かを聞く前に、続くその一言が俺を止めた。
「千年前に死んだ、暴帝とも呼ばれる、悪龍だ。ワレも、絵でしか見たことがないが……あの姿は、間違いない、はずだ」
矛盾する様な言葉だが、言いたいことはわかった。
「……死者蘇生の魔法なんて存在するのか?」
「ありえん。未だかつてそのわずかでも指先を届かせたものはいない。故に、言い切れぬが……言い切れてしまう、それほどあの姿は、気高い」
恐怖半分、羨望半分と言った様な口ぶりでそう答えるヴァンダルヴァ。
……確かに、暗い夜のような世界に輝く龍は、とても綺麗に見える。
そして、力の差すらも感じられないこの感覚。
コップで海を図ろうとしているような、そんな相手がどれほどなのかわからない程。
その龍が
───今、巨大な魔法陣を数十も出し、強大な稲妻が走った。
耳をつんざくような轟音、豪雷が街を襲った事が、ようやく理解できる。
ここからでも見える黒煙と悲鳴、そして炎。
そう、この段階になってようやく俺は気づけたのだ。
「街が、襲われている……!」
明確な悪意を持った存在が、この街。
レイヴェルトの街を襲撃したという事実を。
「一体、何故……いや、問答は後だ、主よ、わかっているな」
「……一応聞くが、どっちだ?」
その言葉に驚きながらも、ようやくふっと笑ったヴァンダルヴァは緊張がほぐれたように言った。
「流石に倒す、などと大言壮語は吐けん。だが、少なくとも無辜の命を助けないという選択はない。故に救助一択であろう」
「だろうな。というか言い回しがいちいち難しいな、アンタ」
「ふ、許せ。……とは言え、簡単な話ではないぞ。あの豪雷、受けきれるか?」
……ティルトニクスを使うしか無いが、ハッキリ言って不安はある。
耐えきれるか、という問題だ。
エグゼクタなら防御特化だ、あの豪雷を受けてもなんとかなるかもしれないが、あくまでなるかもというレベルでしか無い。
カルネージで魔王剣を撃って相殺、というのも手だがリスクが大きすぎる。
なら、初めてだがやるしか無い。
どちらも難しいなら両方使えばいい。
───<疑似英雄譚・白き誓い>で魔王剣を使う、それしかない。
「初めての試みではあるが、受けきれる、はずだ」
「あの豪雷を見てそう言えるぐらいならば大丈夫だ。……ワレも自信が無いのは同じだ。互いに、あの龍に勝てるとは思えまい」
弱気な、とは言えない。
アルマダであろうと、シルヴであろうと、アメジスタであろうとも、これほどではなかった。
いまだかつて無い、勝てないと最初から思わせるほどの威光を放つ龍。
「情けないが、同意見だ……だが、そっちこそわかってんだろ?」
「あぁ、豪雷をもし受けきれたとしてもだ、それを行った事で自身が敵とみなされる、そういった事は覚悟の上だ」
「つまりそれは、死ぬってことだと思うが?」
「然り、だがな、ワレの命も、今消えゆく命も同じ命だ。どうせ同じ消えゆくなら一つでも救うと思うのは傲慢か?」
「さぁな、俺はそこまで献身的じゃない。けど、ここで黙って見ていてもあの龍がこっちに来ない保証はない、ならせめて、同レベルで強い相手と一緒に行ったほうがまだ生き残る可能性がある、って打算しかない俺よりかは、マシじゃねえの?」
「随分と自己評価が低いではないか。……打算だろうと行動できる者をワレは勇気ある者と呼ぶ」
勇者とは、随分と吹く物だ。
もっとも、恐怖を隠すためにお互いに言葉を言い合って奮起させているという事は俺自身も薄々は感じていた。
「雷は見てからでは防げん、行くなら速攻だ。それに助けていれば、いずれは援軍も来るだろう」
「……間に合えばいいがな、俺のは時間制なんだ」
「奇遇だな、ワレもだ」
そう言ってお互いに顔を見合わせる。
「「くくく」」
そう笑う。
そして。
初めて会う場所で、初めての相手と
───「<疑似英雄譚・白き誓い>!!」
───「今始原の扉を開かん、【竜王転生】!!」
初めての死戦場を翔ける。
【TIPS】
龍と言うのは基本的には温厚であることが多い。
それは龍に至るまでに荒ぶる物や悪意あるものは至るまでに討伐される事が大半だからだ。
悪龍と呼ばれる存在はその討伐者達を食らい付くしたということにほかならない。




