68話 魔女と悪辣
「ヴァンダルヴァ、ですか」
魔女のようなローブを着た女性、アーネストは少し想定外のような顔をしながら椅子に座っていた。
どことなく、面白くないような顔を見た彼はクククと笑いを漏らす。
嘲笑するようなその笑いに眉をひそめるアーネスト。
「なんですか?」
「いや、貴様が気に入らない理由が下らんことだろうなと思っただけだ」
「馬鹿にしてますよね」
「そうだが?」
悪びれもなくそう答える。
「……だから『悪辣』なんて呼ばれるんですよ」
「されたくない事をさせる方が悪い、悪辣などただの僻みかぬるま湯でしか生きてきていない弱者の戯言だろう」
「言われた方はたまったもんじゃないですけどね」
「なら言われない努力をすればいいだろう」
軍服を着た男、ハイテルテルネス・ゴーストウォーカーはコーヒーを口に運びながら何気なしに言う。
アーネストはあまりこの男は好きではなかった。
出来れば話もしたくもなかったが、同じ大会、新王杯の係員控室で一緒になってしまったのが不幸の始まりだ。
「……でもやっぱりずるいと思います。だってヴァンルヴァといえば四龍の息子ですよ、新王杯は人間の大会のはずですから」
「そう囀る者が多いからわざわざ声明を出しているのだろうが」
ハイテルテルネスが指を指した先の画面。
そこには大会からの通知が乗っていた。
───ハーフで合った場合、人間の血が濃ければ人間としてみなす
「そうでなければ予選であの狐人を失格にしている」
ハイテルテルネスが担当した予選、それは勿論悠の事だ。
人間以外が参加できない、という大会でありながら狐人……獣人と呼ばれるアリスが参加出来た理由がこれである。
「今までそんな事を聞いた覚えはないですけどね」
納得がいかない様に少し語気荒くアーネストが言う。
今までの大会でハーフが出た例が無いからだ。
基本的にハーフは新魔杯に出るのが通例だ。
「今年は違うと言うだけだろう。そもそもハーフについては明確化されてはいなかった、新魔杯の方に出るのはただの暗黙の了解でしかない」
「じゃあ今年もそれで良かったじゃないですか」
「それで良くない者が居たから明確化したのだろうが」
誰ですかそんな奴、と吐き捨ててから、アーネストはふと気づいた。
「……ハイネも気に入らないんですか?」
アーネストはハイテルテルネスの事はあまり好きではない。
だが、付き合い自体はそれなりに長いことから普段と違う声色だった事に気づく。
しかしハイテルテルネスがわずかに混じった苛立ちに近い感情を見せるのは、珍しいと驚くぐらいだ。
「ハイネと呼ぶなと言っただろう。……気に入らんと何かおかしいか?」
「そりゃ、普段そういった感情は隠すじゃないですか」
「感情を出すことに意味はないからだ」
その言葉に首を傾げる。
「今はあるんですか?」
「…………」
これは、ハイテルテルネスにしては本当に珍しく言葉に詰まる。
カチャリとコップを置いて、ふーっと大きくため息を吐いた。
「付き合いの長い相手の前ぐらい感情を隠す必要はない、そう思っただけだ……何だその目は」
「いえ、びっくりしました。私、友人と思われていたんだなあって」
「誰もそこまでは言っていないだろうが。思い上がるな」
そんな言葉もアーネストには届いていない。
へー! へー! と声を上げるだけ。
その声があがるたびにハイテルテルネスの眉に怒りマークが溜まっていくのだが。
「珍しいものを見れました」
「貴様の前では二度とそんな事を言わん」
「やだなあ、褒めてるんですよ。……で、その反応でなんとなくハーフの件、誰が言い出したかわかった気がします」
「聞くだけ、聞いてやろう」
再びコーヒーを飲みながらそう答える。
「ハイテルテルネス・ルートウォーカー。ハイネの兄さんですね?」
「30点。落第だな」
自信があったハイネはその採点に肩を落とす。
「当たってると思ったんですけどね、じゃあ誰なんですか。というか30点ってどういうことなんです?」
「絡んでいるのはルートウォーカー、シャドウウォーカー、アビスウォーカーの兄全員、と言う事だ」
その回答に、一瞬思考が停止する。
少し経って、絞り出すようにアーネストは恐る恐る言った。
「あの、悪辣一皇含めた三人全員、ですか? 冗談ですよね?」
そう思ったのも無理はない。
彼らを知るものだったらそれはありえないことだからだ。
眼の前の男、ゴーストウォーカーを含めた悪辣の四皇はそれぞれ仲が悪い。
一緒に行動する事はおろか、意見が合うことすら稀に近いほどだ。
余程の何かがない限り集まる事は絶対にない、と言える。
そこまで思考が追いついて、アーネストは気づいた。
「余程の何かが、ある?」
「80点はやろう。あの三人、私も含めて四人全員がこの新王杯に集まっているのだ、それこそ、余程のことだろうな。少なくとも」
飲み干したカップを置いて、眼光を鋭くしてハイテルテルネスは告げた。
「ヴァンダルヴァを参戦させる、と言った小さな事が目的で無いのは確かだ」
「四龍の息子ってだけで、相当なんですけどね。その話を聞いたら霞みます」
「とは言え、現状は目的も見えず、試合を進めるしかないがな」
何も行動を起こしていない兄達に対してハイテルテルネスはそういった。
実際の所、誘拐という事件は起きていたのだが発覚していなかった。
もっとも、それは本来おかしい話である。
なぜなら、悠は大会の係員に報告していたからだ。
この事実が届いていれば、もしかしたら何か変わったかもしれないが。
「……なんか気分が落ち込んできました。話を変えましょう、ハイネは今回の大会で注目している選手とかはいますか?」
今ここでその話をしても意味はない、そう判断したアーネストは新王杯の話に持っていく。
だがハイテルテルネスが乗ってくるかどうかは正直厳しいかなと思っていた。
「一人、いるな」
予想外に、乗ってきた。
「へえ、誰なんですか?」
「こういうのは先に話題を出した方が言うべきだろう」
「あ、僕も一人かな。クランに勧誘してきちゃった子がいるんだ」
その言葉に片眉を挙げるハイテルテルネス。
「『黄金の空』に? 多少人事権があるとは言え、あのクラスのギルドに新人が入れると思っているのか?」
クラン『黄金の空』
悠は知らないが、このクランは非常に有名なクランだ。
ギルド内でも信頼高く、冒険者であれば知らぬ者はいない程。
理由は色々ある。
数多くのダンジョンを制覇した実績があったり、実力者ばかりが揃っていたりと色々な理由はあるが最も有名な理由をあげるなら一つだ。
そのクランマスターが世界最強ということ。
「うん、僕は彼なら行けるかなって思ってる。まあ、入団するなら試験は受けて貰う必要があるけど」
「……ふむ」
「おや、どうしたのかな?」
「いや、彼と言ったな。ひょっとすると、同じ人物かと思ってな」
「同じ? ああ、ハイネが注目してるって子か。じゃあお互いに言いあおうか」
そう言って二人は名前を出す。
「「ミヅキユウ」」
かぶった名前にお互い驚きはない。
「ヴァンダルヴァじゃないんだね」
「確かに強いのは認めるがな。ただ、注目としては奴ということだ」
その言葉にハーネストは内心思った。
二つ名持ち二人から目をかけられるあの子。
絶対に手に入れたいと。
「勝てると思う?」
その言葉はハイテルテルネスもわかっている。
既に試合は決まっているからだ。
ユウとヴァンダルヴァの戦いを。
「…………そうだな」
しばし考えて、ハイテルテルネスは言った。
それはアーネストと同じ見込みだった。
「五分五分、と言ったところだろうな」
【TIPS】
クランは数多く存在する。
それはそれぞれの目的が違うからだ。
よってクランによっても特色が違う。
ダンジョンをメインにするクラン、クエストをメインにするクラン、中にはトレジャーハンターをメインとしたものもある。
クランを選択する際は自分の目的と合っているかがもっとも重要である。




