62話 一方その頃
「大丈夫です! 大丈夫です!! 闘技場は安全の為に結界魔法が貼られています! そのため観客の皆様方には影響はございません! 大丈夫です!! 大丈夫だって言ってんだろおらあああああ!!」
混乱を収めようとしている、恐らく新王杯の係員が本人も混乱しているんじゃないかと思うぐらいの大声を張り上げていた。
参加者の一人であるミヅキユウが放った魔法が観客席すらも揺らし、恐怖を与えるほどのものだったからだ。
とは言え、実際観客席には被害はない。
怪我人も居ないし、噴出する様な闇も観客席までは届いてはいない。
しかし、それでも絶対に安全だったと言う場所から突然落とされた恐怖というのは全く覚悟が出来ていない観客を逃げさせる程には強力ではあったようだ。
もっとも、それが観客のおよそ4割だったというのは多いのか少ないのか判断に困るところだが。
「ふむ……」
と、全く動じていない一人の女性が少し驚きの声を上げたのを目ざとく見つけたのは傍に控えていたもう一人の女性だ。
「どうされましたか、シルヴァリア様」
メイド姿の女性が彼女の名前、吸血女王であるシルヴァリアの名前を呼ぶと少し不満げに言葉を漏らす。
「ここに居る私はただのシルヴだと言ったはずである、エクレア」
「失礼致しましたシルヴ様。しかし敬称だけはお許しを」
「納得はいかんが、まあとりあえずはそれで良しとするであるが。それで、どうしたのである?」
「いえ、シルヴ様が何か気づかれた様子だったので、かのユウ様に対して何か合ったのかと思いまして」
「いや、そうではない。いや、間接的にはそうと言えるか……」
そんな少し謎めいた事を言う主人の言葉を少し考えるエクレア。
しかし少し考えて白旗を上げる。
「やれやれ、あのユウが撃った魔法……威力だけで言えば相当、いやかなり強大である。まだ未完成のオールベットといったか、あの魔法に匹敵するやもしれんくらいに」
「最後に撃ったあの魔法、ですね」
うなずくシルヴ。
シルヴはユウが放った魔法黒壊月を見て、かつてユウと戦った際に最後に放った魔法<総てを塵に>の事を思い出していた。
「本気で防御しなければ危険と思われた一撃だったが、それと同等の魔法を持っているとは……いや、使えるようになったが正しいのであるかな。ふふ、やはり面白いであるユウは」
クククと笑うシルヴ。
それに対して追従するように首を縦に降るエクレア。
「しかし、そんな一撃を防いでいるこの結界魔法も中々なものだと思ったのである」
「この結界ですか、これは一体誰が……」
「まあ、一人しかおらんのであるなあ。これほどの一撃を防げる者……あのハイテルテルネスしかおらんよ」
と、名前を出されてエクレアは思い出した。
審判と名乗っていたハイテルテルネスの事を。
闘技場の中、そして審判の声は観客にも聞こえるようになっていたからだ。
「ハイテルテルネス、といえば【悪辣四皇】ハイテルテルネス・ゴーストウォーカーの事ですね」
二つ名を持つ強者。それが悪辣四皇と呼ばれるハイテルテルネス・ゴーストウォーカー彼の人だと。
しかし、シルヴは予想外にも首を振った。
違う、という事だ。
それに対してエクレアは予想が違ったことに驚いた。他に心当たりが全くなかったからだ。
「あれは【悪辣三皇】ハイテルテルネス・シャドウウォーカーの方だ」
そんな言葉をつまらなそうにシルヴは答えた。
しかし、その名前を聞いて混乱が増したエクレア。
「悪辣、三皇ですか? しかし、そんな方の名前を聞いた事は……いえ、それよりも家名の方が違う、というのはどういったことなのでしょうか?」
知識はそれになりにあると自負しているエクレア自身が知らない二つ名持ち。
それに興味がないといえば嘘になるが、
それ以上、シルヴは答えなかった。
答える必要がない、あるいは答えれない。もしくは、答えてはいけないか。
言わないという事をわざわざ聞き出す事はないエクレアはおとなしく引き下がった。
「とはいえ、結界の維持で精一杯と見える。くくく、苦手分野の魔法を使うからこうなる」
珍しく上機嫌のシルヴ。
テンションが上がると、である口調がなくなるのはシルヴの癖だ。
「しかし、それでも二つ名持ちの防御を破れる程の魔法を獲得したか。ックックック、思ったよりも、いや想像以上に成長速度が早いな。ユウ」
その眼は未だ闇晴れぬ闘技場に向けられていた。
エクレアはただ黙ってシルヴの横に付き添い、勝負の行方を見つめていた。
……半分あの中で生きているとは思えない、という事は心の奥にしまっておいて。
「そういえば、これを見たあの者たちはどうしているかな」
そう言ったシルヴの頭には3人の少女達の顔が浮かんでいた。
「ちょっとー! 見えないんですけどー!! お金返しなさいよ!!!」
「あーお客様! 困りますお客様! あー! あー! ちょっと! 私の懐に手を入れても何もありませんよ! お客様! こま、困ります! あー! あー! ぁん……」
女性の係員に文字通り食ってかかっている一人の少女。
お金を取り戻そうと懐に手を入れているが、その動きは確実に胸を揉んでいた。
と言うかそれがメインの様に動かしている。
「へへ、いい胸してんじゃねえお”う”””」
およそ少女が出すとは思えない汚い低音を口から履き零す。
そのままパタリと地面に倒れるその少女の頭から煙が上がっていた。
「大変失礼しました……」
その奥から現れた女性が係員に頭を下げる。
「い、いえ、あの、ありがとうございました」
息を切らせ、どこか火照った様な身体を押さえながらお礼を告げる係員に対して女性の視線が冷たく倒れ伏した少女に向けられる。
「コレ回収していきますので……あの本当にすみませんでした」
ずるずると地面を引きずりながら少女を持って離れていく女性。
「ティリアスー痛いんですけどー」
「黙りなさい! もう! 恥ずかしいです!!」
と、先程の女性と変わらぬ赤さが差した顔でティリアスと呼ばれた女性は軽く叫ぶ。
「恥ずかしいのはアタシもなんですけど」
「それは自業自得じゃないですか」
「えー、ユウの試合中にきゃー! とか そこです! とか そんなぁ! とか叫んでたのは恥ずかしくないの?」
その言葉に反応しないティリアス。
いや、引きずられている少女、マキナからは見えないがプルプルと震えながら赤い顔を見せないようにしているティリアス。
「まあまあ、気持ちもわかるしさ」
と、横から声をかけてきたのはもう一人の少女。
悪魔のような翼を動かさずに空に浮いている、アルマダだ。
「しかし、ユウもまた強くなったねー」
その言葉を確かめるように、ぐっぐっと手を握る。
「何それ、握力でも鍛えてんの?」
「違うよ、ユウが強くなると僕が出せる力も上がるからね、ちょっと確かめて見たんだよ」
「へぇ、ティリアスよりも握力が高くなるのあだだだだだ! 何も言ってないじゃん! 言ってないじゃん!」
何かを察知したティリアスが頭を掴んで握る。
その様子を笑いながら見ていたアルマダだったがふと違う方面に視線を向けると唇を動かす。
「しかし、本当に中が見えませんねえ」
「アタシは物理的に見えないんだけど顔から手をどけてもらっていいっすか?」
そう言われてようやく手を離すティリアス。
マキナは顔の形を確かめるように触ると闘技場に眼を向ける。
「なんにも見えない。というか、最後のユウの姿見た?」
「ええ、何か黒いコートのような物を着ていたようですが……新しい魔法でしょうか?」
「リ……なんだろうね。でもなんかティルトニクスと似た力を感じたよ」
「いやいや、そうじゃないでしょ。この惨状を踏まえるとさ、わかるじゃん?」
そう言って真剣な顔をしてマキナは言葉を告げた。
「闇落ちだよあれ。……あやつ、魔王と化したか」
「そんな遠くを見るような眼で言わなくても……大体ユウの事ですから大丈夫ですよ」
どこぞの物語の合間に出てきそうな老人のセリフを吐くマキナに対して呆れたようにティリアスがいつものセリフを言う。
「? アルマダちゃんどうしました?」
と、ぼうっとしていたアルマダに声を掛けると、今気づいたように視線をティリアスに向けてなんでもないと手を振る。
首を傾げつつも、まあいいかと思い視線をマキナと闘技場に向けなおす。
ティリアスは気づかない。いや、気づけない。
アルマダの視線の先、そこにはある一人が居た事に。




