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35話 人のカルマ

 森を抜け、何事もなくハルサラの街にたどり着いた。

 正面には門。しかし鉄で出来た巨大な柵が上に何重も控えていて、レイヴェルトよりも堅固だ。

 ふうっと息を吐き、意識を研ぎ澄ませて進む。

 鎧姿の人が立っており、近づくと俺に気づいたのかこちらに顔を向ける。

 

「君は、人間か。よく来たね! ようこそハルサラへ!」

 

 鎧兜を来た門番らしき人がそう語りかけてくる。

 その声には、確かな歓迎の意しかなく、少し戸惑う。

 

「ここまでの道のりは大変だっただろう。中に入ると良い」

 

 そう言って道を譲ってくれる。

 

「あ、ああ。ありがとう……」

 

「お礼を言われるほどでもない。もし困ったことがあったら何でも言ってくれ、微力ながら力になるさ」

 

 笑いながらそう言ってくれる。

 そこに嘘はない。

 

 俺は予想と違う対応に戸惑いながら中に入る。

 途中、一瞬だけ厳しい目線を飛ばされたが直ぐに安堵したように後ろから声が漏れた。

 

 一瞬だけピリっと感じた気がするが、んー?

 体に異常はない、まあいいのか?

 

 そうして俺はハルサラの街に足を踏み入れることになる。 

 

『マスター』

 

 うお、突然話しかけてくるなよ。驚くだろ。

 

『報告。内部の整理が概ね完了しました』

 

 整理って何をしてるんだよ。

 部屋の掃除みたいな言い方だな。

 

『まだ完全完了には時間はかかりますが、これからはもっとお話できます』

 

 ……そう、嬉しいなあ。

 

『私もです』

 

 ……あえて言うまい。

 

『……マスター』

 

 今度は何だ?

 

『何故、マスターは助けるのですか?』

 

 今更な問だな。

 見てたならわかるだろう。助けを求められたからだよ。

 

『困惑。求められたなら誰でも助けるのですか?』

 

 いや、そういうわけじゃないが……友人の友人の頼みだし。

 それに、見捨てるのも気分が悪いだろう?

 

『追加。そのために命を掛けても。命を奪ってもですか?』

 

 今日はやけに噛み付くな。

 

『私はマスターが一番です。だからこそ、危険を犯してほしくない』

 

 強い口調でそう答える。

 だけどそれを言うにはタイミングが遅くないか?

 

『否定。今だからこそです。今マスターは一人。ここで逃げる事も出来ます』

 

 ……それは、駄目だろ。

 信頼を裏切ることになる。

 

『……マスター』

 

 言いたいことは分かるさ。

 でも、ここで逃げて何になる?

 逃げた先に何が有る?

 

『命があります。マスター、本当に人を殺す事が出来ますか?』

 

 くどいな。まだ殺すとも限らないだろう?

 

『否定。必ず、殺すことになります。今でなくても、いつかは。必ず。このままであれば』 

 

 いつか、のために今を犠牲にするって事か?

 本末転倒だろうが。

 

『マスター』

 

 うるさいな。そんな未来の事をなんて知らん。

 

 

 

『───現代人の貴方は人を殺せますか?』

 

 っ!?

 お、お前……。

 知って、たのか? 俺が。

 

『違う世界から来たことでしょうか。それとも、翁によって来たと、そう言った方が良いでしょうか』

 

 ……お前は。何者だ?

 誰にも告げたことがない、その事実を何故。

 

『私はトゥールー。私は貴方の想い。マスター、貴方のためだけに存在するもの』

 

 独白のようにそう告げる。

 

『マスターは私の全てです。だからこそ……』

 

 そう言って声は途切れる。

 トゥールー! まだ話は終わってねえぞ!

 トゥールー!

 

 くそ、反応しねえ!!

 言いたいことだけ言ってブチ切りかよ!

 

 ……俺の心から現れた武器が固有武想なら、知っていても不思議ではない、のか?

 わからん。ったく、意味不明な事で俺を惑わすぐらいなら名前の通り全部の真実を告げろって話だ。

 

 ……わからんことを考えても仕方ない。

 とりあえずは、今の俺に見捨てるなんて選択肢はない。

 まずは、販売所に向かうとしよう。

 一度は下見しておかないとな。

 

 

 

 そのまま、俺は一人で街を歩く。

 片手に地図を広げながら見ていくと、声を結構かけられる。

 

「お、観光かい? 存分に見ていって楽しんでくれよ!」

 

「道に迷ってないかい? 大丈夫? なら良かった」

 

「宿屋ならこの道の先、左は商店が並んでいるから食べ物ならそこで買うと良いぜ!」

 

 そのどれもが暖かく向けてくれるものだ。

 邪気は一切なく、全員が親切心で声をかけてくれていた。

 

 勿論、全て人間だ。

 レイヴェルトの様に、街や店には他の人種は居ない。

 

「表向きは、すごくいい街に見えるんだがな」

 

 その実態は裏で異種族を奴隷にしていると考えると、怖く感じる。

 ……彼らも奴隷を使っているのだろうか。

 その事実を知っているのだろうか。

 

 その優しさは、他種族には向けれないのだろうか。

 ……いや、エゴだな。これは。

 

「はあ、一人だと思考が妙な所に飛んじまう」

 

 善悪説を唱えたいわけじゃないし、この街のあり方を変えたいわけじゃないんだ。

 ……今はそれはおいておくことにしよう。

 

「っと、ここか。案外、と言ったら失礼だが、綺麗な建物をしてるんだな……」

 

 それも町外れではなく、一見の普通のお店のように並んでいる。

 これも街の一部、ということなんだろうか。

 

「ふぅ……行くか」

 

 意を決して俺は中に入る。

 カランと来客を告げるベルが扉から鳴った事に気づいた受付の男性がこちらを見る。

 俺の姿を見ると笑顔をみせて近寄ってきた。

 

「ようこそ販売所へ。何かご入用でしょうか?」

 

 Yシャツの様な物を来た、サラリーマン風の男だ。

 普通の、人間だ。悪そうな顔をしているわけでも、なにもない普通の。

 

「あぁ……その、ここでは、その……」

 

 奴隷を買いに来た、とそういえばいいのか迷った俺を見て頷く。

 

「ああ、はじめてのお客様ですね。宜しければ当店の説明をさせていただきますので、こちらへ」

 

 そう言って横の机と椅子を勧められ、俺は従って椅子に座る。

 書類らしきものをいくつか取り出して対面に座る。

 

「お待たせしました。ではまずは簡単にご説明させていただきますね」

 

 なれた手付きで書類を見せてくる。

 そこにはいくつか名前と種族、年齢、性別が羅列されている。

 

「当店は異種族を取り扱って奴隷としてお売りしている販売店です」

 

 悪びれもせず、そう言ってくる。

 

「お客様の用途によって私どもは最適な奴隷をお売りさせていただきますよ」

 

 笑顔で。そう答えた。

 

「はは、それは嬉しいですね」

 

 俺も苦笑いで、そう答えるしかなかった。

 

「……例えばですが、どういう目的で買っていくんですかね?」

 

「そうですね、まあ、召使いとして雇ったり、性処理用として、あるいはストレス解消用として買ったり色々ありますが……」

 

 聞いているだけで顔をしかめたくなるが、なんとかこらえる。

 だが、次の言葉に俺は絶句する事となった。

 

「後は、餌にしたり」

 

 

「…………え、え、さ?」

 

「ええ、一部のお客様では魔獣を飼っていたりするので、その餌として」

 

 高価な餌ですよねと笑うこの男性に対して、俺は恐怖を抱いた。

 何故、そんな、事が笑顔で話せるのか。

 俺は今、ナニと話しているのか。

 

「…………ここにヒトカタが居ると聞いたんだが」

 

 これ以上話を聞きたくない俺はさっさと要件を済ませる。

 別に買えるならそれで終わりだ。さっさとこの街から出る。

 しかし、その言葉を聞いて少し驚く。

 

「おや、随分と情報通で。しかしヒトカタですか……」

 

 そこで悩み始める。

 

「何か?」

 

「ああ、いえ。んー……いやあ、恥ずかしい話なんですけれどね」

 

 ちょっと失敗した、という口調で男性は答えた。

 

「色々と弄りすぎてですね、とてもお客様に見せられる状態で無くなってしまって、お売りするにも不良品を売るわけにも」

 

 バンっと机を叩いてしまい、男性を驚かしてしまう。

 

「……姿がみたい」

 

 絞り出すようにそれだけ言う。

 それに対して男性は少し戸惑いながらも了承する。

 

「いや申し訳ない。ヒトカタは貴重ですからね、手に入れようとしたら酷い状態だった、っというガッカリ感と怒りはごもっともかと思いますよ。いやはや、申し訳ない」

 

 そんな明後日の方向に謝罪する男性の言葉を無視して案内されるままに進む。

 扉をくぐり、階段を降り、いくつか有る扉の一つの前に立つとそこで、手渡しされる。

 

「……これは?」

 

「マスクです。いや、臭気がちょっとね……」

 

「……いらない」

 

「そうですか? まあ欲しくなったら言って下さいね。後気分が悪くなったら薬もありますので」

 

 心配そうにする男性を振り払うようにして扉を開けることを促す。

 開けたその瞬間、酷い、酷い匂いが鼻孔を貫く。

 

 腐った様な匂い。排泄物の様な匂い。血の匂い。

 それらが混ざりあった、醜悪な匂い。

 

「っっ………!」

 

 思わずこみ上げる吐き気を堪える。

 

「大丈夫ですか!? やはりマスクか、それか上に戻ってお休みになられますか?」

 

「……いや、いい。【精神回帰(リバレース)】」

 

 吐き気が抑えられる。

 しかし、その後もこみ上げてくるものはある。

 だけど。

 

「回復魔法ですか、なるほど。無詠唱とは、随分とお強い」

 

「世辞はいらん。……先に」

 

 ぶっきらぼうなセリフも気にしていないように男は言われたまま先に進む。

 時折心配そうにこちらを見ている当たりが、無性にイライラするが。

 

 

 一言で言って、そこは地獄だった。

 色々な種族がいた。

 ぱっと見て分かる程度で言えば、例えば片手の人狼の男、片翼の鳥の様な少女、顔が腫れた悪魔の様な少年。

 誰も彼も、どこかがなかったり、傷を追っていたり、まともな人は、誰も居なかった。

 

 何よりも、その目だ。

 こちらを恐怖と諦めが混じった目で見て、動きもせずにただ、こちらを見ている。

 

 その最奥の扉を男は開ける。

 

「コレなんですが……どうですかねっがあ!」

 

 思わず、胸ぐらをつかんでそのまま壁へと叩きつける。

 

「おち、ついてください! まだなんとか直せる(・・・・・・・)と、おもい、ますから!」

 

「直す、だと……あの惨状を見てなんとも思わねえのか!?」

 

 視線を向けた先にいる。

 両手と両足がなく、首についた鎖で空中にぶら下げて。

 身体からはコードのような物がだらんと伸びている。

 顔の皮膚はちぎれており、片目は虚ろに空いている。

 あちこちに突き刺し、切り裂いた様な跡がのこり、地面にはそれをなしたであろう器具が転がっている。

 およそ、考えたくない器具。本来は別用途に使うだろう器具達が。

 

 そう、予想通り、ヒトカタは機械であった。

 アンドロイド、といえば良いのだろうか。

【TIPS】

たとえ許されない行いであってしても、非人道的な行為であったとしても

そこにいる人が、国が、組織が認めるのであれば

それは、許される行為になるのだ。

違法では無い故に。

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