15話 悪魔姫
誤魔化しだと思っていた。
しかし、そうは見えない
その必死さが演技だとしたら、主演男優賞物だろう。
何より、俺は。
「ティリアス」
「なんでしょう、この嘘つきを踏みつぶしますか?」
仏頂面のティリアスに向かって、俺は真面目に答えた。
「そいつ、嘘を言ってねえ」
「……演技と言う可能性やクラウが知っている可能性は?」
その俺の雰囲気に気づいたのか、真剣に問いを返す。
俺も最初はそう思った。
だが、ならこういえばいい。
「クラウは知っていると思うか?」
「わからねえ! でも基本的に一緒に行動をしていた、だから俺と同じはずだ!」
……。
「おい、クラウ、起きろ」
「ごぼ……」
ひっくり返すと酷ぇ面だが因果応報だ。
それよりも確認しなけりゃならん。
「お前、俺から奪った青い鱗を知っているか? 首振りでいい、答えろ」
胸倉をつかんで凄んで見せる。
俺の顔にどれだけ威圧感があるかわからないが、すぐに首を横に振る程度には効果はあったようだ。
「どうなってやがる……こいつも嘘は言ってねえ」
「一応確認ですが、それは貴方の能力ですか? 嘘が、わかるという感じで答えていましたが」
「わからん。固有能力って一つだと思ったが、そうじゃないのか?」
「少なくとも、私が知る限りは一つのはずですよ。ですが……」
言葉を切って、少し考えた後こういった。
「身体強化と言っても、腕力も脚力も上がります。そう言った意味で、一つの武想に複数効果がある、と言うことはありえます」
なるほどな。
一つの能力の中に色々含まれているお得パックか。
まあ、腕力が上がったけど代わりに反動で筋肉ちぎれますとか詐欺だもんな。
それに耐えうる肉体も能力の内ってことか。
しかし俺の能力って魔法とかを切れるやつだよな? それと嘘と何の関係があるんだ。
「トゥールー、どうなんだ? 俺が感じている直感、嘘か本当かわかるのは、能力か?」
『…………』
「トゥールー、答えろ」
語気を強くする。
勘違いなら、それはそれでいい。
だが、これが本当だとすれば、非常に厄介な気がする。
そう嘘を見抜くという能力。俺の中で何故か警鐘が鳴っていた。
『回答拒否』
「トゥールー……?」
その返しに、俺は驚いていた。
マスターと呼び、俺の言う事は全肯定しそうなトゥールーが、初めて拒否を示したからだ。
そして、その声は非常に冷たく、答える気はないという強い意志を感じたから。
「俺は、別にそれで責めるわけじゃない。ただ、そんな力があるかどうかを聞いているんだ」
『回答拒否』
帰ってくる答えは同じだ。
くそ、なんなんだよ一体!
「答えてくれないのですか?」
「ああ、ふざけているわけじゃなさそうだが……」
一概に問い詰めれないのは、今までにない程の強い意志を感じるからだ。
普段のおちゃらけた雰囲気ではなく、最初に感じた強く冷たいもの。
触れるのが怖くなるほどには、な。
「……仮に、覚えていないと言うのが本当だとしたらですよ。考えられるとすれば」
眉間にしわを寄せながら、ティリアスは考えを口にする。
その答えは、俺と同じものだった。
「「記憶を消された」」
それしかないだろう。
「実際に、そう言った事は可能なのか?」
「なくは、ありませんね。と言っても、秘術に近いので私も実際には見た事はないのですが、噂程度では。ただ、あるとしてもかなりの大魔術ですから、それ相応の力を持っていないと、それか……」
「それか?」
「……それこそ、噂の噂程度ですが」
「───かのアルマダなら、かな?」
「ッ!?」
ティリアスがその声に反応して、距離を思わずとった。
すぐ横に立っていた人物から。
いや、違う。
人ではない。
「どーもどーも、こんにちは。ああ、初めましてだから、自己紹介が必要だよね」
音も、気配も、何もかもが感じ取れなかった。
ティリアスの横にいたことを、ティリアスも、俺も、だれもが気づいていなかった。
「初めまして諸君。ボクは七天魔公が一柱。
【記憶融姫】アルマダ。以後、お見知り置きを、ね?」
黒き羽を生やした悪魔の少女が、異形の赤い鎌を携えてそう、挨拶をした。
「……悪魔、か?」
「ん、まあそうかな? 大体あっているよミヅキユウ君」
「ッ、俺の名前を知ってんのか……有名になったもんだな俺も」
「ふふふ、そうだね。と言っても、まだボクしか知らないけど、凄ーく、君に興味はあるよ」
ぺろりと舌で唇を舐める。
見た目は、女子中学生くらいの背丈だろうか。
幼くはなく、大人でもない、そんな雰囲気と顔立ちをしている。
黒い下着のようなものをつけて、露出はかなり多い。
局部しか隠れていない、エロ悪魔の様。
「そうかい、そりゃ、うれしいな」
しかし、手に握った手からじっとりとした汗が伝わる。
剣から手が離せない。悪魔、アルマダから目が離せない。
今、俺は過去、最大級の警鐘を鳴らしていた。
なんなんだ、コイツは。
「ティリアス、お前が言っていたのは……ティリアス?」
「あ、はい。どうしました?」
きょとんとした顔で、そう問い返す。
それは、普段通りのティリアスだ。
全くもって、何も変わらないティリアス。
「お前、目の前の悪魔を見て、何か感じないのか?」
「? どうしたんですか? 何もいませんよ?」
「おいおい……背筋が寒くなるような、事言うなよな。シャレにしては、クーラー効きすぎだぜ」
そう返すのが精いっぱいだ。
今も俺は、アルマダから目を離さず話している。
当のアルマダは、にこにこと人畜無害そうな顔をしてみているだけだ。
「幻聴の次は幻覚ですか? 本当に大丈夫? やはり、一度病院に行った方が……」
間違いなく、いつものティリアスだ。
だから、いつも通りに俺を心配している。
それが、たまらなく、怖い。
「お前の仕業、だよな、悪魔」
「アルマダって呼んでほしいな! アルちゃんでもいいよ!」
ぴょんぴょんと跳ねてそう主張する。
「悪いが、今そんな余裕はなくてな。さっさと戻してもらおうか、俺の友人をな」
「うーん、別に特に変なことはしてないよ。ただ、ボクのそばにいるとそうなるだけ」
そう言って、嗤う。
「居るだけでね、溶けて無くなっちゃうんだ。記憶を。魔法とかボクが意識してやっているわけじゃなくて、呼吸と同じさ。不便だよね」
嘘では、ない。
本当にそう思っている。不便だなと。
「……目的はなんだ、このままお前がいたらどうなる?」
会話で、なんとかつなぐしかない。
正直、戦いたくないと思ったのは初めてだ。
見た目は、華奢な少女なのに。悪寒が、止まらない。
手に握った剣が、振るだけで光の刃を出すようなチート武器が。
今は、ひどく心もとない。
「特に? 別に? ただ、記憶が無くなっていくだけかな。大事なものから」
呼吸が一瞬、止まった。
「強い思い入れがあるもの。懸想している人物。無くしたくない記憶。
───それらから溶けて消えていくだけだよ」
「はぁっ!!!」
思わず俺は剣を振るう。
光の刃が剣から放たれ、悪魔へと向かっていく。
「へえー凄いね! 何もなしで打てるんだ。ボクと一緒だ」
そう言って、鎌を振るうと赤黒い血の様な三日月形の物が飛び出す。
それが俺の光の刃と当たり、互いに消滅する。
「おお! 相殺出来るんだ! 凄いね!!」
ぱちぱちと拍手をする。
コイツ、本気か。
本気で俺を称賛している。凄いと、素直に感じている。
悪意はない。殺意もない。ただ子供のように素直に感じたことを、聞かれたことを口にしているだけだ。
「【開け光輝の】」
「おっと、それは困っちゃうな」
「っぐ! てめぇ……!」
「ごめんね、本当はこうしたくないんだ。でもソレ撃たれると周りにも被害が出ちゃうでしょ?」
その赤い鎌は、何をしているかわからずに首をひねるティリアスの首筋に、当てられていた。
「何が、目的だ……クラウから鱗を奪ったのもお前だろう。鱗が目的なら、もう達成したんじゃないのか?」
「うん? ああ、違うよ。ボクの目的はね」
そう言って、しなやかな指をゆっくりと上げる。
その先は、俺を指さしていた。
「君がね、欲しいんだよ」
笑う悪魔と対峙した俺は、未だ混迷の中にいた。
【TIPS】
荒廃した大地、生命が生きる事すら困難な、瘴気に満ちた広大な大地を人は魔界と呼んだ。
その瘴気をものともしない強靭な生命体。それらを統べるのが、七人。
その七人は魔界の中に、自分の領地を持ち、君臨している事から、敬意と畏怖をもって七天魔公と呼ばれた。
その七人は強力な力を持っており、並大抵の者では決して敵う相手ではないが、魔界から出てくることはほぼ無く、出会う事も稀だろう。
もしも出会ってしまった時は、異常な強運であれば見逃してもらえるだろう。幸運なら死ぬことができる。不運ならば、死よりも辛いナニカが待つことになる。
───朽ち果てた古書より




