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16話 あかいろ

「それは、愛の告白か何かか?」

 

 そう冗談交じりに話すが、勿論他意はなく、ただ気を楽にしたいだけの軽口だった。

 

「ふふ、そうとも言えるかもしれないね」

 

 微笑を浮かべるアルマダ。

 鎌をティリアスの首からは離したが、魔法、アグリシアを使えば今度は首を刎ねるかもしれない。

 それに俺は、臆病と言われようとも、何よりも、恐ろしいのだ。

 

 

「いやあ凄い嬢ちゃんだったなあ……」

「顔をあそこまで殴るか、良い拳をもってやがるぜ」

「いえいえ、そんな事はありませんわ」

「謙遜するなよ嬢ちゃん!」

 

 そう言って、俺の横で談笑する観客の人と、ティリアス。

 日常的な風景が、今、俺の横で展開されている事だ。

 

 その気になれば、すぐ死の鎌が襲う状況を誰一人として認識していない。

 これが、記憶が溶け消えるということか。

 

 誰も、このアルマダを認識できていない。

 そして、段々と重要な事から消えていくという事は。

 

「……あれ、俺たち何を見てたんだっけか?」

「ん、どうしてこんな所に来たんだ?」

「お、おい兄ちゃん、大丈夫か、顔腫れあがっているが何かあったのか!? 医者か医術師を呼ぶか!?」

 

 忘れていく。どんどんと。いるだけで。

 

「ユウさん」

 

 と、声をかけてきたのはティリアスだ。

 まだ、俺の事は忘れていないようだ。それに少しだけほっとする。

 

クラウがいます(・・・・・・・)。……どうしますか?」

 

「っ! アルマダ!」

 

 まずい、まずいぞ。

 このままじゃ、何もかも忘れちまう。

 

「安心してよ。重要な記憶ってのは、優先度的には今、重要な事さ。だからそこの彼女が今一番大事なクラウ、だっけ? 直近のその記憶が溶け消えているからね、そう簡単に本当に一番大事なものからは消えていかないよ。

───今はね」

 

 時間を稼げば稼ぐほど、不味いことになっていく。

 何より、怖い。

 俺だけが時の流れを逆行している様な、そう、狂気にとらわれそうになる。

 

「場所を移すぞ、ここは、被害がデカすぎる」

 

「そうしたら、僕のものになる? ならないなら変えない(・・・・・・・・・・)。意味ないから」

 

 ふくれっ面でそう反論するが、それに対して憤っても時間が無くなるだけだ。

 どうする! どうすればいい?

 俺が移動してくればついてくるか? いや、範囲がわからねえ、どれぐらいの範囲で消えるのか。そもそもついてきてくれるか。

 

 

「悩んでいるね。ゆっくり考えていいよー時間はいっぱいある(・・・・・・・・・)

 

 駄目だ、時間が足りねえ。

 

 

 天秤にかけろ。今一番重要な事を。

 ……切るしかない。

 

「場所を変えるぞ。お前の能力の影響がない所まで」

 

「だからー」

 

「───そこで戦って、負けたやつが勝った奴の言う事を何でも聞く、ってのはどうだ?」

 

 白紙の小切手。

 

 正直、勝てるかどうかはわからない。

 だが、ティリアスの一番大事なもの。それは誇りと言っていた。

 

 誇りが消えたら、ティリアスは、俺の命を助けてくれた人物はどうなる?

 

 それなら、いっそ全力で戦った方が、まだいい。

 まだ負けると決まったわけでもないなら、全力でチートだろうが何だろうが使って勝ってやる!

 

「どうだ? 面白い提案だと思うが」

 

「……ああ、うん。最高の提案だよ。凄く、面白いねソレ」

 

 ニヤァっと笑うアルマダ。

 初めて、悪魔らしいような邪悪な笑みを見せる。

 

「いいよ、その思惑乗った」

 

 パチンと、指を鳴らす。

 同時に景色がゆがむ。

 

 

 

 ただそれだけで、俺とアルマダは荒廃した世界にいた。

 

「なんだ、急に、一体ここは……」

 

 見た事があるような、そんな不毛の世界。

 赤茶けた大地、水を全く含まない枯れた大地。

 

 そこに、俺とアルマダ二人だけが立っていた。

 

「瞬間移動、か?」

 

「当たりー勘がいいねー。ここなら君も全力が出せるでしょ? ああ、勿論あの場所からはすっごく遠いから記憶が溶ける事も無い。……逃げることも出来ないけどね」

 

「っは、上等だ。やってやろうじゃねえかよ」

 

 俺は剣を構える。

 それを見て鎌を構えるアルマダ。

 

「勝てばいい、それだけだろ」

 

「いいよ。負けた方が、勝った方の言う事を何でも聞く……ははは、久しぶりに楽しくなりそうだよ。ねえ……ユウ」

 

 上目遣いで、そんな熱い吐息と共に吐き出す言葉は熱を帯びて、離れた俺にも伝わった気がした。

 大丈夫だ、まだアルトリウスは解かれていない。

 

 

「楽しい戦いにしようね」

 

「そうだな!【開け、光輝の幽世門(かくりよ)】!!」

 

 初めから全力だ。

 もう人質もいないなら初っ端撃つ!!

 

 

 荒野に魔法陣が現れ、まずは十の光の流星がアルマダを襲う。

 

「いきなりかあ。おっと、これ追尾するんだねー」

 

 軽く後ろに跳ぶ動作をしただけで、軽々と空に身を投げ出したアルマダを追うように流星は軌道修正する。

 これは追尾性能も持っていたのか。やるじゃねえか。

 

「ふん、ふんっと。お、玉は消えるみたいだね」

 

 鎌を振るって迫る流星を切ると、流星は消えた。

 だが、動きが止まったならそれでも良い!

 くらえ!

 

「【軌跡を喰らえ、驕れるもの(アグリシア)】アアアアア!!!」

 

 俺から光が立ち上り、光の龍が現れる。

 以前と同じように流星の軌道を追っていき、その先にはアルマダ。

 

「うーんやっぱり凄いね」

 

 今が俺が使える最強の魔法を前に、そんな軽口を叩くと

 

「だからこうするね。【目標溶消(ミスディレクション)】」

 

 ぴたりと、光の龍の動きが止まる。

 時間が停止したように、そして、消えた。

 

 ただ一言、それで終わった。

 

「嘘、だろ? 一体、何をしやがった……?」

 

 答えが返ってくるとは思わなかったが、アルマダは空中で浮かびながら声を発した。

 

「魔法って目標を決めるでしょ? だからその目標を消したの。だから相手がわからなくなって、そのまま自然に消えたって事」

 

「どういう事だよ……」

 

 そこではっと、このアルマダの名前、通称を思い出す。

 そして、その能力を。

 

「まさか……魔法の記憶(・・・・・)を消したのか?」

 

「せいかーい! どんどんぱふぱふー!」

 

 童女のようにぱちぱちと小さい手で拍手をする。

 

「言っておいてなんだが、魔法に記憶? それを消すって? っは、とんだ、化け物だな」

 

「ふふふ、わかって言っているね。じゃあ僕も言っちゃおうかな。

───そう、化け物だよ」

 

 クラウに言ったセリフを、覚えているのだろうアルマダは。

 だからそう返した。化け物よりも、化け物であると。

 

「ああ、でも正直本当凄いね。普通に受けたらダメージはあったと思うよ」

 

「一撃とは、まあ思ってなかったけどな、ダメージ負う程度か」

 

 あげく、魔法はほぼ無効化って事か。

 

「俺に輪をかけて、チートだな」

 

「…………」

 

「どうした? 気に障ったか?」

 

 その俺の言葉に首を振る。

 そして、俺はひどく驚く事になる。

 

「……おいおい、なんで、泣くんだよ。そんな酷い事言ったか?」

 

 アルマダは瞳から涙を流していた。

 それを違うよと一言言ってからぐしぐしと涙を手で拭う。

 

「嬉しいんだ。会話が出来ることが。楽しいんだ。こうやって戦えることが」

 

 満面の笑みで、そう言う。

 そこで、思い当たったのは一つ。

 

「記憶が溶け消える、それは呼吸と同じ、か」

 

 つまり、勝手にアルマダの存在は消える。

 会話していても、何をしても、何をしなくても。

 そこにいないように扱われる。

 

「だからってやっていい事と悪い事があるだろうが、ティリアスの記憶を消すような事ととかな。記憶は簡単に消していいもんじゃねえだろうが」

 

「やっていい事と、悪い事。簡単に消しちゃいけない事、か。……ねえ、ユウ」

 

 俺の言葉に対して、寂しそうにこうアルマダは返した。

 今にも泣きそうな声で。

 

 

「それはさ、|誰が教えてくれるのかな?《・・・・・・・・・・・・》」

 

「それは、親とか教師とか、友達じゃねえのか」

 

「そうなんだ。ごめんね、ボクにはそれを教えてくれる人も教えてくれた事もなかったから」

 

 嘘、ではなかった。

 間違いなく、それを。

 善悪を、教えてくれる人はいなかったのだろう。

 

「だからね、ボクはボクの思った通りに行動してるんだ。|それしかわからないから《・・・・・・・・・・・・》」

 

 ……この悪魔は、純粋だった。

 出会って間もないが、感情を表にすぐ出すし言いたいことは言うし行動は短絡的だ。

 

 誰も何も教えなかったから。

 

「でもね、初めて僕は会話できる人を見つけた。だから」

 

 

 瞳が、赤く輝く。

 身体全体に赤い陽炎の様なものが立ち昇っていく。

 

「全力で、君を倒して手に入れる」

 

 鎌を大きく掲げる。

 背筋がぞくりと大きく震えた。

 あれは、やばい!

 

 

(あか)き、(あか)く、(あか)で、(あか)なる、(あか)しモノ。血より濃く、火より熱く、なお深く、なお鮮明であれ。アルマダの名を持って示せ」

 

 響く詠唱と共に、ビリビリと大地が震え始める。恐れおののくみたいに。

 なんとか、迎撃をしなければ……!

 

「<到達せしあか(オーダーズ・ユー)>」


 

 

「っは……はは、迎撃、ね」

 

 視界に映ったのは千、万、いや数えることもできない赤い矢の群れ。

 いや、矢と言うよりも槍と言った方がいい程の長さ。

 

「どれを、迎撃すればいいんだろうな」

 

 無言で鎌を振り下ろす。

 その瞬間、その幾万の赤い矢が降り注いだ。

 

 

 

 だめだ、光の刃でも光の流星でもどうしようもない圧倒的な数。

 だが駄目でもやるしかない!

 

「【軌跡を喰らえ、驕れるもの(アグリシア)】!!」

 

 本能だったのか。

 言われた通りの光輝の幽世門(かくりよ)からではなく、剣を地面に突き刺すわけでもなく、指揮するようにアルマダへ剣を向け俺はそう叫んでいた。 

 

 俺の身体から光が再度立ち上り、光の龍が意思に沿ったように現れる。

 またあのミスディレクションで消えるかもしれないが、盾ぐらいになればそれで構わん!

 

「行けえええええええ!!」

 

 その声に応えるようにして光の龍が赤の矢の雨に飛び込む。

 

 

 

 数発、その口で赤い矢を食らってのち、光の龍は赤い矢を食い止めるようにその身で止め。

 

「アグリシア……!」

 

 光の龍が消えた。身体を赤い矢で削られつつも貫通せずに、盾になるように。

 だが、それでも数十発程度。それを食らって消える、と言うより削り切られたように姿が消え去った。

 

 まだ、赤い矢の進軍は止まらず、その数はその献身をもってしても数が減ったとは思えない。

 

「くそが!!!」

 

 後俺にできるのは剣で身を守るだけ。

 傘にはあまりに小さい、そして実際、俺の身体に赤い矢が幾度となく突き刺さった。

 

 雨の中、俺の悲鳴が響いたと思う。

 刺さるたびに血液が逆流する様な痛みを全身に感じていた。

 

 終わりない痛みが、いつまでも続いた。

 

 それは秒だったのか、分だったのか、時間だったのか。

 

「…………ぎりぎり、致命傷を避けるように撃ったんだけどね」

 

 アルマダがそう声をかける。

 

 

「けどまさか、受けきるとは思ってなかったよ」

 

 

「が……ぐ……は、はは、驚いたかよ。俺も、だ」

 

 あの矢の中、俺はあちこちから悲鳴が上がっている身体であったが。

 

「五体満足で、生き残ってんよ」

 

 かなり逸れたとはいえ、槍が全部俺の身体に直に突き刺さって無事では要らない。

 しかし耐えきれたのは、間違いなくアルトリウスのおかげだろう。

 貫通はせず、突き刺さっては、消えてく赤い矢を受けきっていた。

 

 

「うん、素直に驚いた。本当に驚いた。これを受けれる人がいるとは思ってなかった」

 

「そんなもん、欲しがっている人間に撃つんじゃねえよ……死ぬところだ」

 

「あ、も、もちろん死なないようにしたよ!? でも、確実に瀕死だと思ったから、うん、正直、なんというのかな。……恐れを抱いているよ。ユウ」

 

 

 どうやら度肝を抜かせることには成功したようだ。

 ぼろっぼろの身体だがまだ動く。

 まだ、なんとかなる。

 

 

「でも前よりずっとずっと、本当に本当に、欲しくなった。だから


───もう一度撃つね」

 

 

 そう言ってくたびれた身体を無理矢理起こした俺の眼に映ったのは。

 

 

「さっきよりも、大目に」

 

 先程の万を超えるだろう。

 空をソレで全てで覆うような、赤い矢の群れ。

 

 

「ははははは…………ばけもんが」

 

「そのばけもののものに、なってね?」

 

「お断り、って言いたいところだがな……詠唱はねえのか?」

 

 流石に、もう受けきるのは無理だ。

 正直痛みもあって意識も若干やばい。

 会話で、少しでも時間を稼ぐぐらいしかない。

 

 情けねえな、俺はよ!

 

 

「一度詠唱すれば、後は力を注ぐだけだから」

 

「そうかい、ちなみに、あと何回ぐらい、これが打てるんだ?」

 

「うーん、この規模だとボクも結構力を使うから……」

 

 少し悩んだ後、アルマダはこう口にした。

 

 

「うん。あと10回(・・・)が限度かな」

 

 

 ……そうかい。

 

「そりゃまた、省エネな事でなにより、だ」

 

 もう、無理だ。

 これを受けきるのもどうにかする魔法も俺にはない。

 

 チェスでいうチェックって奴だ。

 

 

 

 

 

 

 だが、チェックメイトではない。

【TIPS】

この世界にもチェスのようなものがある。

しかし遊技人口はそれほど多くないようだ。

だが、熱狂的なファンが居るらしく魔力で動くコマを発明し、更にそれの簡易化を進めることで

お手軽にして世に広く知らしめようと言う者も少なくないらしい

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