番外編三 老夫人の婚礼指南と業務連絡
婚礼の日取りを決める会議で、私は新条約の実施報告書を持っていった。
今思えば、たぶん最初から間違っていた。
「それは何?」
アデルハイト老夫人が優雅に問う。
「業務連絡です」
「婚礼会議に?」
「ついでに」
「ついで、ではありません」
私は反射的に背筋を伸ばした。
向かいには老夫人、クララ嬢、レオンハルト公爵、そしてなぜかセシリアまでいる。完全に包囲されている感覚がある。
「婚礼は簡素で構いません」
私は言った。
「公爵領の仕事も立て込んでいますし」
「簡素でいいわ」
老夫人は頷く。
「でも、『簡素』と『ついで』は違うの」
「はい」
「報告書は後」
「はい」
第一ラウンド、敗北である。
「ではまず、式の規模」
クララ嬢が嬉々として紙を広げる。
「港の人たちは当然呼ぶとして」
「当然なのですか」
「当然よ」
「人数が」
「多いわね」
「かなり」
「でも減らしたらガイが泣くわ」
それは少し想像できた。
結局、婚礼は王都式の豪奢なものではなく、北辺らしく「広場と城館を使った二段式」になった。
式自体は城館礼拝堂で小さく、祝いは港の広場で大きく。
それなら誰も無理をしないし、皆が参加できる。
「それで」
老夫人が私を見る。
「あなたの条件は?」
「条件?」
「仕事を止めないこと以外にもあるでしょう」
私は少し考えた。
「式の翌日、午前だけでも通常執務に戻れるようにしたいです」
会議室が静まり返る。
「だめ?」
思わず聞き返すと、老夫人がこめかみを押さえた。
「だめではないけれど、あなた本当にそういう子なのね」
「誉めていますか」
「半分は」
どこかで聞いた返答だ。
公爵が口を開く。
「翌日は休みだ」
「でも」
「休みだ」
「午後からなら」
「一日だ」
「第五条」
「婚礼翌日は特別条項だ」
「増やしましたね?」
「今増やした」
クララ嬢が机に突っ伏して笑っている。
セシリアは「お似合いです」となぜか満足そうだ。
会議の最後、ようやく私は実施報告書を広げる許可を得た。
新条約後の北辺主要港の照合率、寄進搬送の透明化、蒼晶塩備蓄の回復曲線。
老夫人は一枚ずつ丁寧に見て、静かに言う。
「立派ね」
「ありがとうございます」
「婚礼も同じくらい丁寧にやりなさい」
「努力します」
「それと」
老夫人が少しだけ笑う。
「幸せになることも、仕事のうちだと思いなさい」
私は返事ができなかった。
そういう考え方を、まだうまく自分の中へ入れられない。
でも、いつかは理解できるのかもしれないと思った。
会議が終わり、報告書を抱えて廊下へ出ると、公爵が隣へ並ぶ。
「どうだった」
「業務連絡は後だそうです」
「当然だ」
「皆さん、容赦がありませんね」
「君もだろう」
「私は仕事の時だけです」
「本当か?」
少し考えてから、私は笑った。
「半分くらいは」
婚礼も、業務連絡も、結局は段取りだ。
でも今度の段取りは、誰かに押しつけられたものではない。
それが少しだけ、うれしかった。




