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第四十九話 初めての共同署名

総監になって最初の大仕事は、年度更新の港湾予算だった。


税関、人夫契約、倉庫補修、診療所補助、蒼晶塩備蓄、巡視船修繕。

それぞれ別の財布で動いていたものを、一枚の計画書へ束ねる必要がある。

言い換えれば、誰がどこで得をして、どこで泣いてきたかが最も露骨に出る書類だ。


「嫌いではありません」

私は山積みの見積書を見ながら言う。

「分かりやすいですから」

「君は本当にそういう時だけ楽しそうだな」

向かいでレオンハルト公爵が呆れたように言う。


今、私たちは公爵府の小会議室で、二人並んで予算書を査定していた。

正式な意味での共同署名はこれが初めてだ。

婚約者同士としてではなく、公爵領当主と税関総監として。


「ここ、倉庫補修費が高すぎます」

「雪害分を盛っている」

「半分は本当、半分は便乗ですね」

「切るか」

「切ります」

赤線を引く。

続いて巡視船修繕見積。

「こちらは逆に安すぎます」

「なぜ分かる」

「鋲の単価が古いままです。今月から上がっています」

「……気づかなかった」

「総監ですので」


彼は少し悔しそうに眉を寄せた。

そんな顔を見て、少しだけ可笑しくなる。


「笑うな」

「失礼しました」

「していない顔だな」

「少しだけしています」


予算書の真ん中には、新設される『公開台帳管理費』があった。

用紙代、保管箱、写し作成、掲示板補修。

些細に見えるが、こういう費目こそ後で削られがちだ。

私はその欄へ線を引き、補足理由を書き加える。


『公開性は費用ではなく、不正抑止の基盤』


「強い文言だ」

公爵が言う。

「必要です」

「通ると思うか」

「通します」

「好きだな、その言い方」

「最近、私の口癖にされている気がします」

「便利だからな」


夕方近くになって、ようやく最終案がまとまった。

私は深く息を吐き、署名欄を整える。

左に公爵、右に総監。


「先にどうぞ」

私が言うと、公爵は首を振る。

「同時に」

「同時?」

「初めての共同署名だろう」

その言い方に、少しだけ胸がくすぐったくなる。


私たちは同時にペンを取り、名前を書いた。

二つの署名が並ぶ。

片方は当主としての重い筆跡。もう片方は、私自身の少し細い字。

まるで性格がそのまま出ているみたいで、見ていて少し可笑しい。


「できましたね」

「ああ」

「こうして見ると」

「何だ」

「仕事の契約の方が、婚約指輪より落ち着きます」

「それはどうなんだ」

「指輪も嬉しいですよ」

「後で確認する」

「どうやって」

「覚えておく」


その返しに、私はくすりと笑う。


帰り際、会議室を出ようとして、私はふと机の上に紐栞が挟まっているのに気づいた。

白い紐栞。セシリアがくれたものだ。

公爵の条文集にも、もう一本が挟まっている。


「使ってくださっているんですね」

「便利だからな」

「それ、便利で片づけるには少し」

「感謝している」

思ったよりまっすぐ言われて、私は言葉を失った。

「……そうですか」

「不満か」

「いいえ。かなり満足です」


窓の外は夕焼けで、港の屋根が赤く染まっていた。

共同署名の終わった予算書を抱えながら、私は思う。


紙の上に並んだ名前は、案外、人生の形まで変えていく。

今度は誰かに書き換えられるのではなく、自分で書いていく側として。

それがうれしかった。

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