第四十八話 辺境税関総監
婚約発表から一週間後、私の肩書きがまた一つ増えた。
『フェルンベルク公爵領辺境税関総監』
さすがに長い。
辞令を読み上げられた瞬間、私は思わず「長いですね」と口にしてしまい、居並ぶ役人たちが一斉に笑いをこらえていた。
王都ではありえない空気だ。
「総監、ですか」
トマスが感極まった顔で言う。
「すごいです!」
「責任も増えます」
「でもすごいです!」
「そこは否定しません」
少しだけ胸を張って答えると、彼はさらに嬉しそうになった。
総監になったからといって、机仕事が減るわけではない。
むしろ増えた。
港湾監査だけでなく、周辺小港の照合制度整備、労働契約読み上げ要員の育成、寄進搬送公開台帳の運用、蒼晶塩備蓄の最低量設定。
やることは山ほどある。
「人を増やしましょう」
私はさっそく第一回会議で言った。
「少なくとも会計係二名、契約確認係一名、倉庫照合係二名。今の人数では回りません」
「予算は」
公爵が問う。
「取ります」
「どこから」
「不正で浮いた分と、差押え資産の一部を合法に回します」
「好きだな、その言い方」
「事実ですので」
会議室の長机には、以前よりずっと多くの顔が並んでいた。
小商会代表、荷役組合、診療所側からはセシリアまでいる。彼女は正式にグラナート診療所の補助責任者となり、薬品の受領台帳をこちらと共有してくれていた。
「公開台帳、思ったより便利ですね」
彼女が言う。
「寄進した人も、届いた先も確認できるので、無駄な疑いが減りました」
「見えると、皆少し優しくなります」
「逆に隠したい人は減りました」
「それは減ってください」
会議室に小さな笑いが広がる。
休憩時間、私は新しい職員机の配置図を眺めていた。
以前なら、中央でこんな図面を描いていた私を誰も気に留めなかっただろう。今は違う。声をかけられ、意見を求められ、時には反対もされる。
面倒だが、健全だ。
「総監殿」
背後から呼ばれて振り向くと、ガイだった。
珍しく正装している。
「何か」
「人夫組合から礼を言いに来た。読み上げ契約、今じゃ他の港でも真似されてるらしい」
「そうですか」
「だから、まあ……ありがとよ」
照れ臭そうに頭を掻く大男を見て、私は少しだけ笑った。
「こちらこそ、現場の声を諦めなかったのは皆さんです」
「そういう返し、総監っぽいな」
「総監ですので」
「違いねえ」
夕方、公爵府へ予算案を持って行くと、レオンハルト公爵が目を通しながら言った。
「人件費が増えた」
「必要です」
「蒼晶塩備蓄も」
「必要です」
「診療所補助も」
「必要です」
彼は紙から目を上げる。
「ほとんど全部必要だな」
「はい」
「つまり増税か」
「いいえ。不正が減れば足ります」
「自信満々だな」
「実績があります」
そのまま彼は署名した。
これで新体制が動き出す。
私は受け取った予算書を抱えながら、ふと思う。
王都で「書類しか取り柄がない」と言われた時、まさかその書類で港一つの仕組みを作り替える日が来るなんて、想像もしなかった。
でも今は、想像できる。
この先、もっと整える未来が。
もっとましな契約が、もっと息のしやすい職場が、もっと守れる場所が増える未来が。
辺境税関総監。
長いし、重い。
でも、悪くない肩書きだと思った。




