第四十三話 遅すぎた謝罪
王都を発つ前日、レーヴェンベルク伯爵家から再び使いが来た。
今度は父ではなく、母からだった。
『もし時間があるなら、庭園の東屋で少しだけ』
私は少し迷ったが、行くことにした。
父や兄までいるならすぐ帰るつもりで。
冬枯れの庭園は静かだった。
東屋には母が一人で座っている。以前より少し痩せたように見えた。膝には、私が子どもの頃によく使っていた淡い毛布が置かれている。
「来てくれてありがとう」
「いいえ」
私は向かいへ座った。
しばらくお互い何も言えない。
「あなた、北辺で立派に働いているのね」
母がやっと口を開く。
「噂で聞きました」
「噂はだいたい大げさです」
「請求書令嬢、というのは?」
「そこだけは妙に定着しました」
母が小さく笑った。
その笑い方が、少しだけ昔を思い出させる。
「謝りたかったの」
やがて彼女は真顔に戻った。
「もっと早く、あなたを守るべきでした」
「お母様」
「言い訳はしないわ。怖かったの。家の空気も、あなたのお父様も、王都のことも。全部」
母の指先は冷たそうに震えていた。
「でも、怖いから黙っていい理由にはならなかった」
私は返事ができなかった。
怒りが完全に消えたわけではない。
でも、目の前でやっと自分の弱さを認めた母に、昔のような恨みだけを向けることもできなかった。
「ありがとうございます」
結局、そう言うしかなかった。
「言ってくださって」
「許してほしい、とは言えないわ」
「今は、まだ難しいかもしれません」
「ええ。それでいいの」
そこで母は膝の毛布を私へ差し出した。
「あなたの部屋に残っていたの。洗っておいたわ」
受け取ると、懐かしい石鹸の匂いがした。
子どもの頃、熱を出した時に使っていた毛布だ。
「北辺は寒いでしょう」
「はい」
「ちゃんと、温かくして」
「はい」
母はそれ以上、何も求めなかった。
家へ戻ってほしいとも、父を許してほしいとも言わない。
ただ、立ち上がる直前に一つだけ言った。
「あなたの仕事を誇りに思います」
その言葉に、胸の奥が静かに痛んだ。
欲しかったのは、たぶんこういう一言だったのだと、今さら分かる。
東屋を出ると、門の外にレオンハルト公爵の馬車が待っていた。
最近の彼は本当に迎えに来る。
当たり前みたいな顔で。
「長かったか」
「少しだけ」
「顔が赤い」
「寒いので」
「嘘だな」
「少しだけ泣いたので」
自分でも驚くほど素直に言えた。
公爵は何も尋ねなかった。ただ馬車へ乗る時、自然な動きで私の手から毛布を受け取り、先に座席へ置いてくれる。
「持つ」
「ありがとうございます」
「君はたまに、抱える物が多すぎる」
「また休めと言われそうですね」
「言う。何度でも」
馬車が動き出す。
王都の石畳が遠ざかっていく。
遅すぎた謝罪かもしれない。
それでも、遅すぎるからこそ届くものもあるのだと思った。
全部を戻すことはできない。
でも、全部を断ち切るだけが選択ではない。
私は膝の上の毛布を撫でる。
少しだけ重くて、少しだけ温かかった。




