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第四十二話 セシリアの自由

セシリアが正式に王都教会の庇護下から外れたのは、処分発表の二日後だった。


もちろん「放り出された」という意味ではない。

監察局立会いのもとで、彼女の後援契約と寄進管理契約が再整理され、本人の意思で進路を選べる状態へ戻されたのだ。

これだけでも、王都ではかなり珍しい。


「これで、自由だそうです」

本人はそう言いながら、どこか実感の薄い顔をしていた。


私たちは監察局の中庭にいた。

冬薔薇の茂みが枯れかけていて、石畳に薄く霜が降りている。


「自由って、急に来ると困りますね」

セシリアが言う。

「分かります」

「アイリス様も?」

「婚約破棄の翌日に北辺行きの辞令を握りしめた時、かなり困りました」

「それで北辺を選ぶのがすごいです」

「他に行き場がなかったとも言います」

「でも、選んだのでしょう?」

「はい」


彼女は少し考え、それから息を吐いた。

「私も選びます」

「何を」

「北辺に行きます。グラナートの診療所で働きたいです」

「本気ですか」

「本気です。……たぶん」

「最後が少し弱いですね」

「だって、緊張します」

「それはそうでしょう」


実際、グラナートは王都よりずっと不便だ。

寒いし、海風は強いし、役所もまだ完全には立て直せていない。

でも、現場がある。見た人の顔がある。そこへ戻りたいと彼女が思ったのなら、それは立派な理由だ。


「歓迎します」

私は言った。

「ただし、寄進台帳の読み方は覚えていただきます」

「やっぱり逃げられない」

「絶対に」

「厳しい……」

「仕事ですので」


二人で笑ったところへ、レオンハルト公爵がやってきた。

彼はセシリアを見るなり、いつもどおり簡潔に言う。

「来るなら働け」

「はい!」

「住居は診療所横の空き家を回せる」

「ありがとうございます」

「ただし、王都の飾りを持ち込むな」

「持ってません」

「ならいい」


相変わらず雑なようでいて、受け入れる気は最初からある返答だ。

セシリアが少しだけ嬉しそうに笑う。


「閣下って、優しいですよね」

彼女がぼそっと言うと、公爵は明らかに聞こえないふりをした。

私はその横顔を見て、少しだけ可笑しくなる。


別れ際、セシリアは私へ小さな包みを渡してきた。

開けば、中には白い紐栞が二本入っている。手作りらしい。


「しおり、ですか」

「はい。帳簿に挟んでください」

「片方は?」

「閣下にでも」

「なぜ」

「お二人とも、放っておくと同じ頁を開きっぱなしにしそうなので」

私は吹き出しかけ、慌てて咳払いした。

公爵は露骨に不機嫌そうな顔をしていたが、完全には否定しないところを見ると、図星なのだろう。


「グラナートで待っています」

私はセシリアへ言う。

「はい。今度は、ちゃんと自分で歩いて行きます」


彼女の表情は、もう誰かの隣を飾るものではなかった。

自分で進路を選んだ人の顔だった。


自由は、与えられるだけでは足りない。

選んで、使って、ようやく自分のものになる。

それを私は身をもって知っている。


だからきっと、彼女も大丈夫だ。

北辺の風は厳しいが、立って歩く人には案外優しい。

第六章ここまでです。

大きな決着のあと、選び直していく人たちの話が好きだと思っていただけたら嬉しいです。

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