第四十一話 ざまぁのあとで
制度が変わったからといって、罰が自動で下るわけではない。
ざまぁは、最後まで書類で詰めてこそ完成する。
新条約公布の翌日、監察局は関係者への処分を発表した。
ゼグナー商会会頭ガルド・ゼグナーは、旧協定悪用、横流し、虚偽申告、公共妨害により全財産の一部差押えと王都商業権停止。
ガブリエル修道士は寄進横領および虚偽搬送で教会法廷送り。
バジル査察官は監査妨害と不当圧力により罷免。
そしてフェリクス・ダールトン。
彼には最も長い文面が割かれていた。
旧協定の私的運用、空欄推薦状の流用黙認、監査妨害、未申告流通への関与。侯爵家そのものの取り潰しには至らないものの、財務院からの永久追放、王都公職資格剥奪、関連資産の精査、当面の邸宅拘束。
社交界においては、ほぼ終わりだ。
「思ったより重いですね」
トマスが処分書写しを見て呟く。
「王が怒ったからでしょう」
私は答える。
「善意の名を汚されたことに」
処分発表後、監察局の廊下でフェリクスと鉢合わせた。
正確には、すれ違う直前に向こうが足を止めたのだ。
護衛付き。顔色は悪い。けれどまだ、どこかで自分は完全には落ちないと思っている目をしていた。
「アイリス」
「ダールトン卿」
呼び方を変えたことに、彼はすぐ気づいたらしい。口元が引きつる。
「満足か」
「何についてでしょう」
「私をここまで追い込んで」
「追い込んだのは、ご自身の帳簿です」
「君は、本当に変わった」
「いいえ」
私は首を振る。
「たぶん、やっと戻っただけです」
「戻った?」
「書き換えられる前の、自分に」
彼は何か言おうとして、結局言えなかった。
もう、私を揺らす言葉を持っていないのだろう。
「……あの時、君が戻っていれば」
「戻りません」
間髪入れずに遮る。
「二度と言いましたよね」
「君は、あんな北辺の男を選ぶのか」
「あんな、ではありません」
気づけば声が少し低くなっていた。
「私は、誰かを選ぶ前に、自分の居場所を選びました。その結果です」
フェリクスの目に、初めてはっきりと敗北の色が浮かんだ。
悔しさでも怒りでもない。理解の遅さがもたらす空白だ。
「もう失礼します」
私は一礼する。
礼儀は礼儀だ。相手のためではなく、自分のために整える。
その日の夕方、監察局から追加で届けられたのは、レーヴェンベルク家への勧告書写しだった。
直接の不正関与は認められない。
だが、家名を盾に無償労働を常態化させ、公的監査補助を私的に流用していた点について改善勧告。
微温的だが、十分だと思った。少なくとも父は、もう以前のようには振る舞えない。
「ざまあ、って感じですね」
マルタさんが少しだけ遠慮がちに言う。
「ええ」
私は処分書を閉じた。
「でも、声を張るより、こういう方が効きます」
「分かります」
「請求書と処分書は強いです」
トマスが真顔で頷く。
「本当に勉強になります」
夕暮れ、宿舎へ戻る途中で、私は空を見上げた。
王都の冬空は薄い。
でも今日は、少しだけ息苦しくなかった。
ざまぁのあとに残るのは、空っぽではない。
次に何を守るか、という仕事だ。
その感覚がもう、自分の中で当たり前になっていることが、少しだけ誇らしかった。




