第三十一話 誓約鑑定は嘘を焼く
公開審問の会場へ立った瞬間、空気の重さが肌に張りついた。
傍聴席はほぼ満席。
貴族、役人、商会関係者、教会の人間、噂好きの見物人までいる。王都はいつだって、誰かの失墜を娯楽にする。
けれど今日の私は、見られることそれ自体より、証拠が正しく届くかどうかしか気にならなかった。
中央の高座には監察局主席監察官、左右に法務官と記録官。
王族は出席していないが、玉座側の代理紋が掲げられている。つまり、この場の記録はそのまま王へ上がる。
「北辺港不正流通および旧協定運用不備に関する公開審問を開始する」
乾いた声が響く。
最初に呼ばれたのは私だった。
特別監査官アイリス・レーヴェンベルク。肩書きを読み上げられた瞬間、ざわめきが少し広がる。北辺へ行く前なら、私は自分の名がこうして公的に呼ばれることを、きっと恐れていただろう。
でも今は違う。
私は証拠箱を前へ置き、鍵を開けた。
「提出証拠は三系統です」
声は意外なほど落ち着いていた。
「一つ目、北辺港における偽造印章使用および未申告貨物。二つ目、第三医療倉庫を含む保管貨物の横流し。三つ目、旧協定および王都推薦枠、寄進搬送枠を用いた継続的な制度悪用です」
記録官が頷く。
私は順に書類を卓上へ並べた。押収目録、出納差異表、旧協定写し、青革帳簿、空欄推薦書式、寄進搬送記録。
紙が並ぶほど、会場の空気が変わっていく。単発の噂ではなく、構造の話だと誰もが理解し始めたのだ。
「まずこちらをご覧ください」
私は偽造印章船の入港証を掲げた。
「本件は北辺港で押収された偽造封港解除印です。一見正規印に見えますが、誓約紋の中心核が存在しません。すなわち印影のみを模した空印です」
「異議あり」
王都側の席からバジル査察官が立ち上がる。
「それはあくまで北辺文官の主観判断にすぎない」
「ですので、補足証拠があります」
私は次の板を示した。
「こちらは王宮印章院の照合書。正式印と本件印の魔力核の差異を確認済みです」
ざわめきが大きくなる。
私は続ける。
「次に、第三医療倉庫の在庫差異。高価薬草《白角葉》が帳簿上二十六箱在庫のところ、実物は十六箱。差異十箱。消失日に近い市場流通記録と、ゼグナー商会関連の卸売記録が一致します」
「推測だ」
またバジルが口を挟む。
「推測ではありません。こちら、押収した倉庫係長私信。『白角葉三、蒼苔粉二。税関長側の印は前回同様』とあります」
私が読み上げると、傍聴席のあちこちで息を呑む音がした。
監察官が文書を受け取り、記録官へ回す。
「そして最も重要なのが三点目です」
私は青革帳簿を取り出した。
「旧協定に基づく王都推薦枠、寄進搬送枠の運用を利用し、本来課税・検査対象となる貨物が継続的に迂回されていました。これはその取引一覧です」
法務官が眉を寄せる。
「欄外の『F・ダールトン』とは」
「ダールトン家関係者の記号と見ています。筆跡および運用時期が一致」
「見ている、では弱い」
「ですので補助資料を提出します」
私は次の書類束を出した。
推薦状の発行日、北辺入港日、寄進搬送記録、青革帳簿の記載日、それぞれを線で結んだ時系列表だ。王都で夜な夜な組み立てたもの。
数字と日付は、噓をつけない。
「王都推薦書式が発行された翌々日に未申告貨物が流入。その同日に寄進搬送の箱数が合わなくなっています。これが単発なら偶然ですが、半年で十二回続けば構造です」
一拍の沈黙。
私は最後の一枚を掲げた。
「そしてこちら。北辺港で押収した荷札裏書き。旧協定条項番号の略記と、王都側記号『F』が併記されています」
その時だった。
会場中央に設置されていた真誓灯――証言と提出物の誓約紋反応を補助する法務局灯具が、青革帳簿の上でわずかに赤を帯びた。
法務官が身を乗り出す。
「再確認を」
私は帳簿を灯の下へ寄せ、該当欄を読み上げる。
「『白紙推薦 二、寄進枠 三、北へ。F承認』」
今度は、赤ではなく黒い煙のような揺らぎが灯の縁へ走った。
会場がざわめく。
古い誓約紙は、明らかな虚偽運用の痕跡に反応して焦げのような揺れを見せることがある。私は実務で何度か見たが、公の場では珍しい。
「虚偽運用反応……」
誰かが呟く。
私は静かに告げた。
「私のギフト【誓約鑑定】は、契約と記録に宿る不均衡と隠蔽の痕跡を読み取ります。今回提出した書類群は、互いを補強し合っています。一点ではなく、連鎖です。単独犯ではなく、制度悪用の共同体です」
ようやく、会場の空気が決定的に変わったのを感じた。
私個人を潰すかどうかの見世物ではない。
王都側が、何を見逃してきたかの場へ。
「……以上が、北辺側第一次証拠提出です」
言い終えた瞬間、張りつめていた糸が少しだけゆるんだ。
だがまだ終わりではない。
むしろここからだ。
なぜなら、次に立つのはフェリクス・ダールトンなのだから。




