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第三十話 セシリアの告白

公開審問の当日、開始前の控え室で最初に私を訪ねてきたのはセシリアだった。


白い法衣ではなく、淡青の簡素なドレス姿。

聖女候補というより、一人の証人として来たのだと分かる装いだった。


「おはようございます」

「おはようございます」

彼女は膝の上で手を組み、少しだけ唇を乾かしている。

緊張しているのがよく分かった。


「大丈夫ですか」

「大丈夫ではないです」

彼女は正直に言った。

「でも、話します」


私はお茶を差し出しながら頷く。

「何を話すか、もう一度整理しますか」

「はい、お願いします」


セシリアが証言するのは三点だ。

一、空欄推薦書式が寄進搬送に流用されていたこと。

二、ガブリエル修道士とフェリクスが旧協定を『使える』と話していたこと。

三、寄進金と物資が、聖女活動の名目で集められながら、本来の用途に届いていない可能性。


「私は、数字そのものは知りません」

彼女は不安げに言う。

「それで足りますか」

「足ります」

私は答える。

「数字は私が出します。あなたは、あなたが見たことと言われたことだけを話してください」

「盛らなくていい?」

「絶対に駄目です」

「削りすぎても?」

「少しだけなら、私が補います」


すると彼女は小さく笑った。

その笑い方で、だいぶ緊張が解けたのが分かる。


「アイリス様って、優しいですね」

「そうでしょうか」

「言い方は厳しいですけど」

「厳しいのは自覚があります」

「でも、守り方が優しい」


その評価は自分には難しい。

私はただ、話すべきことが歪まないようにしたいだけだ。


「一つだけ、追加で話したいことがあります」

セシリアが言った。

「何でしょう」

「婚約破棄の夜会のことです」

私は少し目を見開く。

「必要でしょうか」

「必要です。あの時、私は選ばれたのではなく、使われたんです」

「……」

「それを言わないと、私はずっと誰かの『善い物語』の一部のままだと思うから」


その言葉に、私はしばらく返事ができなかった。

彼女もまた、ずっと奪われていたのだ。選ぶ権利も、語る権利も。


「分かりました」

私は静かに答える。

「言いましょう」

「ありがとうございます」


控え室の外では、すでに人の気配が増えている。

貴族たち、役人たち、見物人、記録官。公開審問は格好の見世物だ。私たちの人生も、不正も、誰かには娯楽に見えるのだろう。


「怖いです」

セシリアがぽつりと零す。

「私もです」

「アイリス様でも?」

「もちろん」

「少し安心しました」

「なぜですか」

「怖くても立っていられるんだなって分かるから」


その表現は妙にしっくりきた。

怖くないわけではない。

怖くても立つだけだ。


控え室を出る直前、セシリアが振り返る。

「終わったら、私、教会の外で働きたいんです」

「何を」

「普通の診療所とか、孤児院とか。数字は苦手ですけど、現場の顔は忘れないので」

「向いていると思います」

「本当ですか」

「ええ。私が保証します」

「それ、契約書より嬉しいかもしれません」

「契約書も便利ですよ」

「そこは譲りませんね」

「仕事ですので」


二人で少しだけ笑って、扉を開けた。


公開審問の会場は、人で埋まっていた。

高い天井、冷たい大理石、整えられた傍聴席。王都らしい、立派で息苦しい空間だ。


そこへ一歩踏み込んだ瞬間、正面奥に座るフェリクスが目に入った。

以前と変わらぬ整った顔。

けれど目だけが焦っている。


もう、あの視線に怯える必要はない。

私は隣のセシリアへ小さく頷き、まっすぐ前を見た。


今日、全部を終わらせる。

そう心の中で言い切った瞬間、妙に足取りが軽くなった。

第四章ここまでです。

いよいよ王都での公開審問へ入ります。面白いと感じていただけたら、評価や応援をいただけると励みになります。

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