第二十七話 王都への召喚
王都から正式な召喚状が届いたのは、その翌々日の朝だった。
差出人は王宮監察局。
文面は丁寧だが、要旨は単純である。
『旧協定悪用および北辺港不正流通に関する証拠提出のため、特別監査官アイリス・レーヴェンベルク、ならびに関係者は十日以内に王都へ出頭せよ』
ついに来た、という気持ちと、思ったより早かった、という気持ちが同時に湧いた。
「動きましたね」
マルタさんが言う。
「はい。思った以上に」
「よかった、んですよね?」
トマスが不安そうに問う。
「半分は」
「半分?」
「残り半分は、向こうがこちらを呼びつける形になったことです。主導権を渡しすぎたくない」
とはいえ、行かない選択肢はない。
青革帳簿まで見つかった今、ここで退けば北辺そのものが潰される。
私はすぐに同行者を選んだ。
証拠管理は私自身。会計裏付けにマルタさん。現場記録と日誌照合にトマス。さらに護衛と法務補佐を数名。
そして当然、レオンハルト公爵も動く。
「閣下まで王都へ?」
私が訊くと、彼はあっさり答えた。
「君だけ行かせるつもりはない」
「公爵領は」
「祖母と家臣に任せる」
「大丈夫ですか」
「大丈夫だ。祖母は私より強い」
それは少し納得してしまった。
出立の日、港には思いのほか多くの人が集まっていた。
人夫たち、小商会の店主、役所の若い職員、難民天幕の医師までいる。
ただ王都へ向かうだけなのに、まるで戦地へ発つような見送りだった。
ガイが腕を組んだまま言う。
「負けんなよ、文官殿」
「請求書はまだ残っていますからね」
「そうこなくちゃだ」
マルタさんは緊張で顔が硬い。
私はそっと言う。
「大丈夫です。見たままを言えばいい」
「はい……でも王都ですよ」
「私も少し嫌です」
「少し、なんですか」
「かなり、の手前です」
トマスが吹き出し、少しだけ空気がゆるんだ。
その時、セシリアの馬車が到着した。
彼女もまた、王都で証言するため戻るのだという。傍らにいたガブリエル修道士の姿はない。
代わりに彼女の護衛には、王宮監察局の女官が付いていた。
「彼は?」
私が問うと、セシリアは静かに答えた。
「監察局が身柄を預かりました。寄進帳簿の改ざんについて」
「そうですか」
「私も、話します」
小さな声なのに、芯は強い。
私は頷くしかない。
馬車へ乗り込む直前、レオンハルト公爵が私へ厚手の手袋を差し出した。
濃紺の上質な革で、内側には薄い保温布が貼られている。
「王都はここより温かいのでは」
「行き帰りの峠が寒い」
「備品ですか」
「私物だ。貸す」
「返さなかったら」
「取りに行く」
その言い方があまりに真顔で、少しだけ可笑しくなる。
私はありがたく受け取り、手袋をはめた。ぴったりだった。
「……サイズまで」
「たまたまだ」
「そういうことにしておきます」
馬車の扉が閉まる。
窓越しに見える港は、曇天の下でもどこか力強かった。
ここへ来たとき、私は何者でもなかった。ただ追い出された令嬢で、紙の扱いだけが少し上手い女だった。
今は違う。
守りたい場所がある。戻りたいと思える場所がある。
車輪が回り出す。
グラナート港の見送りの手が、小さくなっていく。
私は膝の上の証拠箱を押さえ、まっすぐ前を見る。
王都は嫌いだ。
でも今度は、黙って使われるために帰るのではない。
証拠を持って、終わらせるために戻るのだ。




