第二十二話 王都からの査察
セシリアとの密談から二日後、今度は財務院直属の査察官がグラナート港へ乗り込んできた。
嫌になるほど分かりやすい動きだ。
北辺で密輸と横流しの摘発が進み、旧協定の見直し案まで上がった。そこへ王都側が「監査の適正を確認する」と称して介入してくる。
要するに、こちらを黙らせたいのだろう。
査察官は三名。
筆頭はバジル・コールマン。細い眼鏡に痩せた口元、ひとの机を勝手にかき回しそうな手をした男だ。
着任の挨拶もそこそこに、彼は言った。
「王都では、北辺税関の最近の動きを憂慮しております」
「憂慮、ですか」
私が問うと、彼はわざとらしく頷く。
「急激な締めつけは交易の萎縮を招く。しかも、若い一文官が公爵閣下のお力を笠に着て独断専行しているとの報告もありまして」
「笠に着た覚えはありません」
「覚えがなくても、周囲はそう見るものです」
周囲、ね。
こういう言い方をする人は、たいてい自分がそう見せたいのだ。
会談にはレオンハルト公爵も同席していた。
彼は椅子へ深く腰掛けたまま、低く言う。
「独断ではない。私が認めた」
「閣下、もちろん公爵領の自治権は尊重します。しかし北辺港は王国物流の要衝。財務院としても監督責任が」
「責任を果たしていたなら、偽造印章船は入っていない」
公爵の返しは容赦がなかった。
バジル査察官の眉がぴくりと動く。
「それでも手続きには節度が必要です。たとえば匿名苦情箱。あのような制度は、いたずらや私怨を招く」
「現に出た苦情の七割が真実でした」
私はすぐ数字を返す。
「残り三割も、調査の結果『誤解』と判定できています。苦情の存在自体が害なのではなく、処理できない組織が害です」
「言葉が過ぎますよ」
「数字です」
トマスが隣で記録を取る手を速めた。
たぶん今、胃が痛いだろうなと思う。
査察官たちはその日から三日間、庁舎の帳簿を閲覧すると言って机を占拠した。
だが、その視線は不正摘発そのものより、こちらの手順の瑕疵を探しているように見える。抜け道を見つけ、北辺の監査結果を「無効」だと言いたいのだろう。
「面倒ですね」
その夜、マルタさんがげんなりした顔で言う。
「面倒です」
私は同意した。
「でも、面倒な相手ほど書類に頼るので助かります」
実際、彼らが要求してくる資料の並び方は不自然だった。
不正の全体像ではなく、『差止め命令を出した時刻』『押収前の立会人の人数』『苦情箱設置前の周知日数』といった、局所的な手続きばかり。
つまり、すでに王都側で用意した反論筋書きがあり、それに必要な穴だけ探している。
「釣られませんよ」
私は小さく呟いた。
三日目の午後、バジル査察官はついに本音を漏らした。
「レーヴェンベルク嬢。あなたも元は王都の人間だ。分かるでしょう? 制度とは、理屈だけで回るものではない」
「ええ、分かります」
「なら、少しは柔らかく」
「だからこそ、理屈を崩す方が危険だと分かっています」
「強情だ」
「仕事ですので」
査察官は唇を歪め、机へ一枚の文書を置いた。
『旧協定に基づく王都推薦貨物の暫定通行再開要請』
差出人は財務院。推薦人欄には、見慣れた名前があった。
フェリクス・ダールトン。
私の指先が一瞬だけ冷える。
ここまで露骨に出してくるとは思わなかった。
「これは受理できません」
「なぜ」
「推薦貨物の具体的品目が空欄です」
「形式上のものだ」
「形式が空欄の推薦状は、実質、白紙委任状と同じです」
「非常時なんだぞ」
「非常時を理由に、何を通したいのですか」
静まり返った会議室で、バジル査察官は私を睨んだ。
私は視線を逸らさない。
「王都へ戻る気はありませんか、アイリス嬢」
彼は低く言う。
「今なら、まだ穏便に」
「ありません」
「あなたは自分が何と戦っているのか、理解していない」
「理解しているから断っています」
その瞬間、扉が開いた。
セシリアだった。
後ろにはガブリエル修道士もいる。
「失礼します」
彼女は静かに会議室へ入り、机上の推薦状を見るなり、顔色を変えた。
「あの書式……まだ使っているのですか」
「聖女候補様」
ガブリエルが慌てて制しようとする。
だが、遅かった。
セシリアは明らかに何かを知っている顔をしていた。
会議室の空気が、一段階張りつめる。
私は無言で彼女を見つめる。
彼女もまた、覚悟を決めるように息を吸った。
たぶん、ここから先は、もう誰か一人だけの戦いではない。




