第二十一話 利用される光
セシリアと二人きりで話す機会は、思いがけずすぐに訪れた。
翌日の午後、視察団は教会倉庫の寄進物資を確認すると言って港西区へ向かったのだが、その途中で馬車の車輪が石畳の溝にはまり、修道士たちが周囲の対応でばたついた。その隙に、セシリアが私へ小さく耳打ちしたのである。
「少しだけ、歩いてもいいですか」
「護衛を離れて?」
「三分で戻ります」
「二分にしてください」
「ありがとうございます」
私は彼女を連れて、すぐ横の空き礼拝堂の回廊へ入った。
風を避けられる薄暗い場所だ。外から人影は見えるが、声は届きにくい。
セシリアはそこで、緊張したように胸の前で手を組んだ。
「突然すみません」
「構いません。何かお困りですか」
「はい。……たぶん、かなり」
彼女の言葉は率直だった。
私は促さず待つ。
「私、あの夜会でフェリクス様の隣に立っていました」
「ええ」
「でも、婚約破棄の相談を事前に受けていたわけではありません。途中からそういう空気になって、断れなくて」
「そうでしょうね」
「あの時、あなたに何も言えなかったことを、ずっと後悔していました」
私は驚いた。
まさか謝罪から入るとは思わなかったからだ。
「あなたが悪いわけではありません」
「でも、私は利用されました。あなたを下げる飾りとして」
「ご自身も分かっていたのですね」
「はい。最近は特に」
セシリアは唇を噛み、続ける。
「王都教会が管理している寄進の一部が、どこかおかしいのです」
「おかしい?」
「集まっている額と、実際に使われている額が合わない気がして」
「帳簿は」
「私は見せてもらえません。聖女候補だから、細かい数字は気にしなくていいと言われます」
「誰に」
「ガブリエル修道士と、彼を通じている財務院の方々に」
財務院。
またその単語だ。
「その中に、フェリクス・ダールトンの名は?」
セシリアは迷った末、小さく頷いた。
「ありました。直接ではなく、推薦人や後援名義で。でも、私には仕組みまでは分かりません」
「分からなくて大丈夫です。分かる方が見ます」
そう言うと、彼女の肩から少しだけ力が抜けた。
「あなたに相談してよかったのか、自信はありません」
「私も、自分が相談しやすい顔だとは思っていません」
「……少しだけ怖いです」
「正直ですね」
「でも、正しい人だと思いました」
思わず言葉に詰まった。
あまりに真正面から言われると、どう返せばいいのか分からない。
「それに」
セシリアはためらいがちに続ける。
「フェリクス様が、北辺の特例条約の話をしているのを聞いたことがあります。『あれは使える』って」
「いつですか」
「夏の終わりごろ。私は同席を許されていなくて、扉の外で待っていただけですけど」
「他に誰が」
「ガブリエル修道士と、ゼグナー商会の使いの方です」
十分だった。
私の中で、ばらばらだった線がさらに強く結ばれる。
「この話、他に誰へ」
「誰にも。言えば、私が勘違いしていると言われます」
「でしょうね」
「アイリス様は、信じますか」
「信じるというより、検証します。証言は証拠の入口です」
すると彼女は、ほっとしたように笑った。
その笑顔は、出迎えの時よりずっと自然だった。
「やっぱり、あなたに話してよかった」
「私は話を聞いただけです」
「聞いてもらえることが、たまに一番難しいんです」
その言葉には、実感がこもっていた。
聖女候補。美しく、優しく、光のように扱われる立場。
でも、光はしばしば、人の都合のよい方向へ向けられるだけのものでもある。
「一つだけお願いがあります」
セシリアが言う。
「もし私がまた『飾り』として使われそうになったら、止めてください」
「難しいお願いですね」
「ですよね」
「でも、できる範囲でやります」
「ありがとうございます」
外から修道士の呼ぶ声が近づいてきた。
時間だ。
回廊を出る直前、私は振り返る。
「セシリア様」
「はい」
「あなたが自分で話すと決めたことは、飾りではありませんよ」
彼女は目を丸くし、それから少しだけ泣きそうな顔で笑った。
馬車へ戻ると、ガブリエル修道士の目が私たちの顔色を探るように細められた。
嫌な目だ。
けれどもう、私の中では彼の立ち位置がかなりはっきりしていた。
敵は、光そのものではない。
光を掲げて金を吸う側だ。




