表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/57

第二十話 聖女候補は笑っていない

セシリア・ルーメルが北辺へ来たのは、新税則試行開始から四日後のことだった。


王都教会の紋をつけた馬車が三台、白い旗をなびかせて港へ入ってくる。

先頭車の窓から見えた金色の髪に、私は思わず足を止めた。

舞踏会の夜、フェリクスの隣に立っていたあの少女だ。


「聖女候補様が、なぜここへ」

トマスが緊張気味に言う。

「名目は難民慰問と慈善視察でしょうね」

私は答えつつも、嫌な予感を覚えていた。

王都がこちらを放っておくはずがない。しかも、よりによってフェリクスと結びつきの強い人物を寄越すとは。


出迎えの場には公爵も立った。

馬車の扉が開き、セシリアは丁寧な所作で降りてくる。白銀に近い薄金の髪、柔らかな水色の目。見目はたしかに絵のように整っていた。

けれど近くで見ると、その目の下には薄い影がある。笑っているのに、笑いきれていない顔だ。


「フェルンベルク公爵閣下、お招きありがとうございます」

「招いてはいない」

公爵が即答する。

私は思わず咳払いで笑いを誤魔化した。


セシリアは一瞬だけ目を瞬いたあと、小さく微笑んだ。

「ええ、王都教会の視察ですものね。率直で助かります」

この返しは、少し意外だった。


彼女の後ろには、黒衣の若い司祭が二人、そして香油の匂いが強い中年の修道士が付き従っている。修道士は終始、私を値踏みするように見てきた。

胸元の寄進管理印がやけに濁っている。寄付金を扱う人間に特有の、嫌な色だ。


「アイリス・レーヴェンベルクです」

私が名乗ると、セシリアは素直に頭を下げた。

「お噂は伺っています」

「どういうお噂かは、聞かない方がよさそうですね」

「半分は。もう半分は、とても」

「とても?」

「港の人たちが助かった、と」


彼女の口調に嫌味はない。

むしろ本当にそう聞いた顔をしている。

すると後ろの修道士が口を挟んだ。


「聖女候補様。あまり長居は。まずは慰問、その後に寄進視察、最後に港湾監査への助言が予定されています」

監査への助言。

ずいぶん勝手な予定を組んでくれたものだ。


私は目を細める。

「港湾監査は公爵領の権限下ですが」

「聖女候補様は王都教会の特別顧問でもありますゆえ」

「知りませんでした」

「今お知りになればよろしい」


その言い方が気に入らない。

だが、その時セシリアが静かに言った。


「ガブリエル修道士、予定の順を逆にしましょう。私はまず、難民の皆さんに会いたいです」

「しかし」

「私は、そうしたいのです」


笑顔のまま、でもきっぱりと。

修道士は不満げに口を閉じた。


私は少しだけ彼女の見方を変える。

ただ守られているだけのお飾りではないのかもしれない。


慰問先の天幕で、セシリアは一人ひとりに膝を折って話しかけた。

薬草を煎じる手つきも慣れている。子どもに微笑む顔には、たしかに人を和らげる力があった。

ただ、その背後で修道士がしきりに寄進帳を確認し、使用物資を細かく記録しているのが妙だった。慈善というより、計数管理に近い目つきだ。


「不思議ですね」

戻り道、私はつい呟いた。

「何がだ」

隣を歩く公爵が問う。

「聖女候補様ご本人より、周りの方がよほど計算高い顔をしています」

「君は人の顔をそういう分類で見るのか」

「たまに」


夕方、私は視察団へ形式的な歓迎茶会を開いた。

その場でセシリアは終始穏やかだったが、彼女の茶杯を持つ指先は何度か震えていた。疲れているだけではない。何かを我慢している震えだ。


茶会の終わり際、彼女はふと私へ視線を向ける。

ほんの一瞬だけ。

その目に、助けを求める色が混じったように見えたのは、気のせいではないと思う。


王都から来た聖女候補。

本来なら、私にとって最も警戒すべき相手のはずだ。

なのに私は、その笑顔の奥にある無理の方が、どうしても気になってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ