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話を聞いてみて思った事

 教えられた通りに向かう俺。テルモの開いた香草焼きの店を訪ねようと思ったからだ。

 どうやらミルによればその店は大分評判が良いそうで、行列がこちらもできる程だと言う。

 そして俺はその行列をすぐに見つけた。こじんまりしたその店の入り口は初見では「本当にここか?」と思える程に何も無い。看板すら。


「ホントにここ・・・か?でも見渡してみても他に行列なんてできていないし。」


 ミルに教えられて来たが、その説明も「通りに行けばすぐに目に付く」と言ったものだった。

 もちろん通りに入ってどれくらい歩くとかの説明もされたが、とにかく行けば一発です、と。


「ありがとうございました~。またのお越しをお持ちしています~。」


 と、店を出る客だろう男に対して女性の声掛けがされる。お見送りというヤツだろう。

 コレに俺は普通に「感じのいい店だな」という評価がすんなりと出る。

 客の顔も満足そうだし、並んでいる客たちの待っている表情も自分の番はまだか、と言った感じなのだ。

 どうやらここが本当にテルモの店であっていたようだった。


「あ!エンドウ様じゃないですか!お久しぶりです!さあ!入ってください!」


 テルモだった。店の外まで出て客の見送りをしていて、店に戻る時にふと俺の方に目線が来たのだ。

 そして俺の事に気付いて大きな声で挨拶をしてくる。


「他のお客に対して申し訳無いから。店の裏は?そっちで待たせてもらうよ。」


「そ、そうですか?じゃあ、すみませんがこちらの方から。正直言ってお店が繁盛し過ぎで嬉しい悲鳴なんです。忙し過ぎですよ~。あ、スミマセン!次のお客様二名どうぞ~。」


 こうしてテルモは客を捌きつつ俺の案内も熟す。

 その時に並んでいる客に「何だコイツ」と言う無言の視線を向けられたが、気にしないったら気にしないのだ。


 こうして俺は店のバックに入る。するとそこではクスイが金勘定をしていた。


「おお、エンドウ様。お久しぶりで御座います。戻って来られていたので?」


「一時的にこっちの「様子」を探りにね。ちょっと後で話を聞かせてくれないか?」


 俺はそう言ってコインカウンターを又もや作り出しクスイに渡す。

 これを即座に理解したクスイは流石だ。俺が説明をするまでもなくソレを使いこなし始めた。

 チャリ、カチャ、チャリ、カチャと硬貨が鳴る音が高速で響く。

 すると瞬く間に山になっていたテーブルの上のお金がどんどんと整理されていく。


「ここまで金勘定を素早く終わらせられたのは初めてです。これを私に与えてくださるので?」


 俺がこれを渡した瞬間からクスイは会話を止めて、集中し作業を終わらせたのだから商人根性が凄まじい。

 こうしてクスイがあっちこっちで働き過ぎて体調を崩していないかと心配になったが、どうやらクスイはむしろハツラツとしていたので大丈夫そうだなと安心する。


「疲れていないかと思ったんだけど、大丈夫そうだな。魔力薬とコッチ、同時に始めたんだろ?両方はきついんじゃないかって思ったんだけど。」


「いえいえ、寧ろここまで充実した商売をできている私は幸せ者ですよ。むしろ楽しささえ感じます。体が勝手に動いてしまうと言うか、頭の中が楽しみで一杯になっていますよ。アレを、これを、と次の展開を楽しみにしています。」


 どうやらクスイの商売脳はフル回転中であるようだ。止められないのだろう。

 ちょっと休憩を入れろと言っても順調過ぎて笑いが止められない商売の事を思うと、どうしたって休むなんてできずに動き出してしまうのだきっと。


 俺との会話が一段落してまたしてもこちらに半銅貨、銅貨、銀貨がパンパンに詰められた袋が運ばれてくる。

 ソレをまたしてもクスイが中身を整理し始める。どうやらかなりの繁盛ぶりだと言うのがコレで分かった。


「クスイ、何か俺が手伝えることは?向こうの魔力薬ではもう品切れになった時に行って手伝えなかったんだ。こっちでは何か手一杯になっている事は無いか?」


「そうですな?テルモが一人で下拵えをしておりますので 申し訳ありませんがそちらを手伝っていただけませんか?申し訳ないですな。」


 俺はそう言われて厨房に入る。そこには山積みのエコーキーの太腿が。


「あ、エンドウ様!・・・師匠、もしかして手伝って頂けるのですか?いやホント助かります!遠慮なんてしてられない位に忙しくって!あ、そちらの下拵えお願いします!」


 こうして調理場と言う修羅の戦場で俺はテルモの手伝いをする事になった。前に師匠と言ったらもう何も教えないと言っておいたのだが、この忙しさの中でソレがぽろっとこぼれてしまったのだろう。これを俺は咎めない事にする。

 どうやら「焼き」は専用の調理人を雇った様でその人数は二人。

 その二人が焼き網から漏れ出す炎と格闘している様を見てちょっと「悪いね」と心の中で謝る。

 手伝うのならば一番きつい所の仕事を交代して休憩に入って一息ついて貰うのが良いのだろうが、そうじゃ無く、こうして俺にとって簡単なお仕事をするのが少々申し訳なく思ったのだが。

 どうやら一番頑張っているのはテルモのようであった。下拵えはスムーズにいっているのに、お客の注文の方が高速なのだ。

 それで間に合わせるのにギリギリになっている様子。どうやら客の回転が非常に速いらしい。

 客はその美味さに口が止められず、酒と香草焼きの消える速さが尋常じゃないらしい。

 できた物から即ホールに雇われている店員が持って行くのだが、その際に酒も一緒だ。

 そしてあちこちからすぐに「おかわり」コールが鳴り響く。


「コリャマズイな・・・もう一人早々にテルモと同じ事ができる人数を揃えて「下拵え班」を作らないと?でも・・・なあ?これって下拵えは前日にできないか?」


 俺はその疑問をぶつける。それこそ四つも五つも同時にエコーキーの下拵えをしつつだ。

 テルモが二つ同時に必死の形相でやっている所を倍の速度で処理を熟している俺のおかげで少々は余裕ができたので会話を試みる。

 それまではそんな余裕も無かったテルモはコレに答える。


「そうなんですけど・・・それも間に合わない位に繁盛しちゃって・・・数の制限を入れないといけないかなってクスイさんとも相談中なんです。けど、どんどんとエコーキーの仕入れをしちゃってる分ある程度は最初に捌ききってこの料理を有名にしておきたいとクスイさんも言っているんですよ。」


 これには俺は悩む。もしかしてエコーキーの養殖場を造らないといけない?と。

 ちょっとそこら辺に思いを馳せる。そうなると研究者が必要なのでは?と。

 エコーキーの生態を知り、そしてソレを繁殖させて、それを捌いて加工出荷までをできる工場が必要なのでは?と。

 そうなるとより一層肉の質がいいモノを、より太く大きく成長させる餌などの工夫も考えていくのが良いと思うのだ。


「あー、そこら辺もクスイに・・・丸投げはどうかとも思うんだけど、それしか俺にはできないんだよなぁ。」


 俺はどんどんと下拵えを進めて行きつつもそうぼやきながら作業を続けた。

 そうやって何とか全てを終わらせる事ができた。今日の仕入れ分は全て下拵えは片付いた。

 後は焼くだけ。そうは言ってもまだまだ客は入り続ける。テルモは焼きの係りの一人と交代して休憩を入れさせると言って俺に「ありがとうございました」と下拵えの礼を言って直ぐに焼き網の方へと向かった。


「コリャ人数を増やさないとな。それと雇っている人たちにはボーナス付けないといかんな。」


 ここまでの繁盛になるとは俺も思っていなかったので、これほどまでに店員が天手古舞だとは思っていなかった。

 その苦労を見てちゃん忙しく働いてくれた分の給料を上げて支給しないといけないと。

 こうして俺は手伝いを終わらせて再びクスイの元に戻る。


「クスイ、この少人数で働いてくれている人たちに給料割増しで払ってやっているか?これじゃあ疲れで倒れられても困るし、仕事量に対して給料もそれに合わせて上げてやってくれ。」


「ああ、そこら辺は分かっておりますよ。不当な給料を払うようなあくどい事はしておりませんので安心を。それにもう近々、人数を増やす計画ですので、それまでは頑張って欲しいとお願いをして了承は得ていますからね。」


 ここで俺は下拵えの場所にあと二人は追加しないとテルモがこれじゃあ倒れるだろうと付け加える。


「そうなのです。彼女はまだ大丈夫だと言ってくれていますが、早急にもう一人は最低でも欲しい所なのです。しかし候補が見つからなくて。」


 クスイもこの懸念は持っていたようで、申し訳無い顔に変わる。


「師匠は?時々テルモに休みを入れてもらうために交代要員として。」


「はい、それはもう既に二回ほどしてもらっています。ですが、魔力薬の方の指導や検品、監督の役も相当な仕事量でして。」


 どうやら師匠の方もフル回転だと言っている。


「予約がいっぱいで、それでいて店頭販売、そりゃそうなるだろうさ。」


「はい、その通りで。予想を遥かに上回ってしまったのです。一日で一つか二つの予約分を確保、それ以上の生産分は溜めて置き、数が揃い次第に店頭販売として出しているのです。そうしないと予約ができなかった冒険者の不満を抜く事ができずに爆発してしまいそうでした。ですが、それも限界に近くなっているのも現状です。生産能力を上げていかねばならないのが今後の課題ですな。」


 どうやら魔力薬の方の生産も追いついていない程の盛況っぷりなようだ。予約状況は百件を超えるそうだ。それは確かに予約打ち切りをするだろう。クスイはそこら辺を読み切れなかった事に悔しそうに顔をゆがめる。


「じゃあ俺が生産の方も手伝うか。どれ位でその魔力薬の分は「沈静」しそうだ?」


 あの店の前での冒険者たちの不満を直にこの目で見た俺としては早急に何とかしないといけないと受け止めた。

 なのでここで俺も工場生産に入って手伝う事が必要と判断したのだ。クスイだってわかっている。もう冒険者の不満のガス抜きは限界になりかけていると。


「情けないです。こうしてエンドウ様自らが動いてくださらなければならないなどと言うのは。」


 クスイが自分の矜持か何かでどうやら自分を責めている。金があっても信用は買えない。雇う人間を吟味していたら人手が余りにも足りずに開店に見切り発車気味になってしまったのだろう。


「まあいいじゃ無いか。お金だけ出してそれ以外をブラ手でいるのも無責任だしな。全部丸投げしていた俺も悪いよ。じゃあ早速工場の方に向かいたいんだけど。道は?」


 こうしてまだこちらの店の勘定の件で残ると言うクスイに、工場までの道を教えて貰い、そのまま俺一人でそちらに向かう事になった。

 後でまだ話をしたい事が山盛りだと言うのも忘れずに伝えてから店を出る。


 こうして教えられた道の通りに進んで行けば、そこは話に聞いていた屋敷が建っている。広い庭付き。


「ここかぁ。スゲエ所をまあ、生産工場にしたもんだ。大胆過ぎだろこれ。」


 その門の入り口では警備員が二人。マッスルムキムキないかにも「強い」って感じの門番が居た。

 俺はそちらに近づく。すると警備員は眉根を顰めてこちらを見据えてくる。


「貴様そこで止まれ。何者だ?ここに何用で近づいた?」


「あー、お忙しい所すみません。エンドウが来たと、この工場の生産責任者に伝えて欲しいのですが。この工場に緊急で雇われた魔法使いです。」


「うん?緊急で?そんな話は聞いていない。ここを通すのはしっかりと我々に説明がされている人物だけだ。帰りなさい。さもなくば力づくで排除させてもらう。」


 もの凄い形相で睨まれた。どうやら警備はかなり厳重なようだ。

 しかしここで簡単には引き下がれない。ここで俺もこの工場で生産の手伝いをしなければ冒険者たちが「パンク」して何をやらかしてしまうか分からないのだから。


「では、いくら時間を待っても構いませんので、エンドウが来た、と中に知らせて頂けませんか?無理に入ろうとは思っていませんから。」


 師匠がこの工場で名を名乗っていない場合の事を考えて「マクリールに取り次いでくれ」と言えない。


(そう言えば若くなった時に名前をどう呼ぶかとか決めてたっけ?あれ?忘れたな?)


「おい、こっちも暇じゃないんだ。さっさとここから立ち去れ。」


 警備員は腰に下げている剣を抜いてこちらに向けて来た。どうやらもうこれ以上は問答しないぞと脅している気らしい。


「どうか連絡だけでもしていただけませんかね。現場監督に一言「エンドウが来た」と言って頂ければ済むので。」


 この俺の怯まないばかりか冷静に言葉を吐く態度に警備員は剣を収めた。


「おい、ここは俺が見るからひとっ走りしてきてくれないか。」


 片方がそう言うともう一人は頷いて門の中へと入って行く。そして軽く走って屋敷の中へと入るとすぐに戻って来る。そしてその後ろには師匠が居た。


「エンドウ!戻って来たか。お前がここに来たと言うのは・・・手伝ってくれるのか?」


「生産を手伝って欲しいと言われまして。追い付いていないんですよね?一気に解消しちゃいましょうか?」


「助かる。すぐに来てくれ。」


 この会話で俺が関係者でちゃんと派遣された人物だと言う事を警備員に分かってもらえたようだ。

 俺と師匠は早速屋敷の中に入る。するとそこら中で騒がしい。


「コッチ終わったからそっちの進捗は!?」「まだだ!もうちょっと待ってくれ!」

「そっち在庫と余りはどうなってる?」「さっきから足りないって言ってるだろうが!」

「今日の出す予約分は間に合いそうか!?」「大丈夫だ!だけど明日の分が間に合いそうも無い!」


 俺はコレに「ワーオ」と開いた口が塞がらなかった。そこら中で走り回っているのだ、魔法使いが。

 そもそもこの工場は魔力薬の製造工場である。ならば魔法使いが生産をしなくちゃ話にならないのだから、今この中を走り回っているのは全員が魔法使いなのだろうと推察できる。

 何人いるのかは誰もかれもがあっちこっちに行ったり来たりで数えられそうも無い。


「マクリールの名を出したらな、これだけ集まった。しかしそれでも足らないのだ。店頭販売の方にも回す分の方を量産するだけの手が無い。」


「じゃあ俺が店の販売の方を担当しましょうか?この人数を全部予約生産分に回した方が良いみたいですね。師匠もそっちに回ってください。」


「すまないな。ではそうさせてもらうとしよう。」


 師匠は奥の部屋に行こうとしたがソレをちょっと止める。


「あーっと、そうだ。ガドンの実って足りてるんですか?」


「もう最後の方の予約分でギリギリだな。店の方の販売に回せる量の確保は無理だ。しかしそれをできないとなると冒険者たちの反応が読めん。」


 どうやら師匠も店売りを買おうとして買えなかった冒険者たちの不満の爆発を懸念しているようだった。


「なら味無しを作ってそっちを凌ぎましょうか。用途は魔力の回復だし、前の不味いのに比べたら無味だって天と地ほどの差があるから文句も出ないでしょうし?」


「そうだな、そうするしか無いか。・・・まさか一気にエンドウの魔力で作ってしまう気か?」


 師匠は呆れかけつつも俺にそう言ってきたが「駄目ですか?」と問いかければ「仕方が無い」と返答してくれる。


「こっちに個室がある。そこでやってくれ。それと誰も入れない様にしておくので出来たら連絡をくれ。」


 どうやら俺が作業する所を他の魔法使いに見せないためにそうするらしい。

 こうして案内された部屋に入る。そこには専用の瓶が並べられていた。どうやらここは容器置き用のスペースらしかった。


「鍵は内部から掛けておける。私もこの部屋に誰も入るなと言っておく。そうだな、取り合えずできるだけで構わん。予約分は今日はまだまだ生産は続けないと間に合いそうも無い。こちらの事は気にせずに適当な所で切り上げてくれ。」


 そう言って師匠は部屋から出て行った。


「じゃあ・・・どうするかね?とはいってもやる事は決まっているし、地味にいきますか。」


 箱に綺麗に詰められた瓶を見つめる。そしてまとめてやってしまう事にした。


「そもそも一本ずつやるとかいわないで、魔力が充分に溶け込んだ溶液が瓶に入る所をイメージしてそれ通りに魔力を放出すれば行ける?コレ全部まとめて一杯にできそうか?」


 テレビ番組などでの特集でやっていた生産工場の機械を思い出す。

 連続で、あるいは一纏めで、一気に物を詰めてしまう。一分間で何百本と。


「そうなればこうして箱に規則正しく瓶が並んでいる訳だから・・・」


 俺はいくつもの注ぎ口が並んだ注入機械を想像する。それがピタッと瓶の口にくっつくイメージ。

 そしてそこから瓶の中に一気に、魔力が溶け込んだ溶液を流し込むイメージ。

 もちろんその溶液は師匠との実験の時にやった、水に俺の魔力を溶け込ませたアレだ。しかし込めた魔力の量はあの時よりも多めに込めておいてある。

 一定量を注ぎ込んだら自動で機械がちゃんと離れる所もバッチリ再現する。

 すると何も無い空中から透明な液体がスルスルと音も無く瓶へと吸い込まれるように入って行く。


「ふー、成功だな。・・・あー、でも蓋をするのは・・・ん?蓋どこ?」


 俺はその後一分ほどかけて蓋を探し出し、先程まとめていっぺんに魔力薬(無味)を満たした瓶へと一つ一つ手作業で蓋をしていく。


「蓋が連動して自動でセットする所まで再現・・・出来そうだけどその機構を俺の頭の中でまず思い浮かべないといけないんだけど。」


 うーんうーんと唸りながら蓋をし続けつつ、全自動で蓋までする所をイメージする。

 蓋が綺麗にまとまって規則正しく並び、箱の瓶の口部分にピタリと位置が合う。

 と、そこまで考えて一旦思考を止めた。


「一日に何万本もやる訳じゃ無いんだった。精々ここに有る分を片付けるだけでいいんだよな?まあ別にそこまで慌ててやる事でも無いし、蓋くらいは今は手作業でいいか。」


 この後、ここに有る分を全て魔力薬を詰めて蓋をし終えてから連絡をしたのだが、この場に有った分の全てを処理した事に対して「やり過ぎだ・・・」と師匠から絶句されるのだが。

 取り合えず予約分の数の空瓶は全て別に移動させてあるそうなので何も問題は無いそうだ。


「じゃあコレ、俺のインベントリにしまってクスイの所に一旦持って行きますね。それとそのままコレ店の方で全部売りに出しちゃっていいんですよね?」


「ああ、今日はもう私も上がる予定だ。クスイは今店か?」


 コレに俺はテルモの店の繁盛っぷりを話す。


「そうか、確かに私が手伝いに入った時も客が殺到していたな。一体私はいつになれば自由になるのだろうな?」


 苦笑いを師匠はするが、別に本気で嫌だと言っている訳では無い様子。

 師匠は今のこの現状、魔力薬の生産に対してどうやら遣り甲斐を感じているように見える。


「世間が今、たった今もここから変わって行っているのだ。刻一刻とな。それは震える程に凄い事だ。」


 時代が動いた、その中心に、核に、自分が居ると、それに携わっていると言う実感。ソレが師匠を動かしているらしい。


「でも、無理は駄目ですよ。師匠、自分の顔がちょっとやつれているの、自覚してます?」


 俺は師匠に注意した。前にも言っていたが「根を詰め過ぎるな」である。

 魔力薬、その大革命に対して夢中になるのは良いが、健康第一である。

 師匠は魔力を自身の身体に漲らせて若返っている状態だ。

 健康が害される事でソレがどの様な反応になり現出してくるか分からない所がある。

 ソレが取り返しのつかないモノであれば非常に大問題だ。前代未聞な自身の「若返り」を甘く見過ぎては、後で痛い目を見るどころの騒ぎでは無くなった時に後悔しても遅い。


「む?ああ、そうだな。健康である事が先ず前提条件として一番大事だな。後に検証するにしても下地になる情報と差異がどれくらい出たかを知るのに、それがしっかりしていなければ比べる事もできんしな。」


「師匠、しょっちゅう俺の事を呆れた目で見てきてますけど、師匠も大概ですからね?自覚してます?」


 人体実験だと言わんばかりに、自分の身体だから良い事に「若返り」の検証の話をする師匠。

 ソレを俺はツッコミを入れておく、ちょっと引き気味で。


「明日は休みを入れてある。工場は今は私がおらずとも生産を止めずに済んでいる。しっかりと休む事としようか。」


 こうして俺と師匠は二人揃って工場をでる。そのまま歩いてテルモの店へと向かった。

 するとどうやら店の方の営業も終わりであるようで、最後の並んでいる客に「この方で最後です!」とテルモが行列を切っていた。

 そこに俺は声を掛ける。


「おーい、クスイはまだ居る?話があるんだ。大丈夫そうか?」


「あ、大丈夫です!もう落ち着いていますので。クスイさんはまだ中にいます。」


 俺と師匠を見るなりテルモはパッと顔を笑顔にする。しかしまだ店の中にいる客の対応が残っているので早々に「仕事に戻ります」と言って店の中に入って行った。


「じゃあ、俺たちは静かに裏口に回りましょうか。」


 そうしてクスイが金勘定をしていた部屋へと行く。するとそこには木箱に山盛りの袋が。

 どうやら一日の売り上げであるようだ。大分、というか、これは繁盛とか、大繁盛の域を超えている様に見える。


「クスイよ。従業員を働かせ過ぎてはいないか?これを見るにどうも過剰な販売をしているだろう?」


 師匠がクスイにそう追及をした。しかしクスイはそこをちゃんと話を通していたようだ。


「明日は丸一日休みとしています。その代わりに今日は少々無理を言って働く時間を延長してもらいました。その辺は了承を得ていますよ。その分の割り増し分の給料も出す約束はしています。」


 どうやらここら辺は話し合いはされていたようだ。


「クスイ、魔力薬の事でちょっと話をいいか?実はな。」


 クスイは俺の説明を何も口を挟まずに最後まで聞いてくれた。


 俺が「味無し」魔力薬を店売り用に作った事。それを売りに出して一旦は冒険者たちの不満のガス抜きを狙う。

 そう説明するとクスイは大きな溜息をついた。


「まったくエンドウ様はすさまじいですな。いやはや、助かりました。どうやって冒険者たちを納得させようかと思案していた最中でした。どんな方法を取ろうとしても不満ばかりが大きくなる一方でして。コレが受け入れられれば安定生産に間に合わせられるでしょう。」


「で、ガドンの実の確保の件もなんだけどさ。栽培とかは?作った農場で可能だったりするのか?いや、もうその方向で進められてるのか?」


「そうですな。ガドンの実の安定栽培、収穫はまだまだ先になりますが、エンドウ様の力でして頂いた農地は既にそちらの方向で計画は進んでいます。ガドン生産者も充分な人数を確保してあります。」


 コレに師匠が噛みついて来た。


「おい、エンドウ、なんだその農場と言うのは?」


 これを師匠に話していなかったので簡単に説明をする。そう、ただ魔法で耕した、と。

 するとソレだけでどうやら全てを察した師匠は「あー」とだけ口に出す。


「エンドウ様の作って頂いた農具も素晴らしい使い心地だと言っています。使いやすいと。石器であるのにもかかわらず欠けない、折れないと不思議に思われていますが、ね。」


 とクスイが苦笑いも追加する。それに師匠が「やり過ぎだ」と俺に注意をしてきた。

 きっと俺が作った石器の農具が魔力で補強されているのを見抜いたのだろう。


 川から導いた溜池も凄く便利で水運びの労力が大幅削減で評判だ、などとまたしてもクスイが農場で働いている人たちの感想を教えてくれたが、これにも師匠が「お前は・・・やり過ぎだ」とまたしても呟いた。


 農場の話をこれ以上させないために俺は話題を変える事にした。


「エコーキーの方の入荷は安定している?どうせならそっちの方も手広くやっちゃうのが一番だと思ったんだけど。畜産って言うか、何と言うか、コレ、後で考えをまとめた物をクスイに渡すよ。」


「これはまた大胆な事ですな。確かに、今は冒険者に依頼を出してかき集めてジャンジャンこうして販売していますが、安定供給とは言えない事も確かです。検討せねばならないですな。重要案件です。」


 話をここから魔力薬の件へ。


「話をいきなり変えるけど、多分イチャモン付けてくる奴が少なからずいると思うんだ。だから。」


 俺はこうして次にクスイと師匠に店売りの魔力薬「味無し」を売る時の注意点とその対処を話し合った。

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