2ー1
山を下ると、開けた道に出た。下っている途中で、野獣に襲われたが、なんなく倒すことができた。この辺りの敵に苦戦することはなさそうだ。
「ゲーテルが見えてきたわ」
遠くに港街ゲーテルが見える。海に面したこの街は、船による貿易産業で発展した街だ。毎日、定期的に船が何隻も出入りしている。街に入ると、多くの人で中央通りが賑わっていた。
「相変わらず賑やかな町だなー」
僕は何度かこの街に来たことがあるのだが、来る度装いが変化するこの街は、華やかに感じた。中央通りの脇道には、多くの出店が道に沿って並んでいた。
「お兄さん野菜はいらないかい!?」
バンダナを巻いた若い青年が、僕に野菜を進めてきた。僕は「ごめんなさい」と一言丁重にお断りした。
「魚はどうだい!? 新鮮だよー!」
今度はやや割腹のいい女性が、魚を片手に顔を突き出してきた。
手を挙げ、彼女を制し、「旅の途中なんだ」と説明した。事情を知った彼女は、魚を取り下げ、世間話を始めた。
「旅はどこまで行くんだい?」
「えーっと……」
僕はまだ、行き先を大まかにしか聞いていなかった。僕の上着の右ポケットに隠れたカーリンにこっそり聞いてみる。
「とりあえず、エイジニア大陸のドーベンに行くのよ。ドーベンから私たちの村はすぐ近くだから」
カーリンは僕の耳元で小さく呟いた。
やりとりを見ていた女性は、怪訝そうに僕を見て返答を待っていた。
「エイジニア大陸のドーベンに行くんです」カーリンに言われた通りに答える。
「ドーベンかい? また、タイミングの悪いときに来たね」
女性は木製の小さな丸椅子に腰を下ろした。大きなお尻によって、椅子はギシッと音をたてる。まるで、椅子が悲鳴をあげたのではないかと思えるほど、大きな音だった。
「どういうことですか?」僕は、すぐに答えを促す。
気づけばカーリンもポケットから顔を覗かせていた。女性は、カーリンには気づいていないようだった。
「ゲーテルから、ドーベンまでは定期船で海を渡るしかないんだけど、この唯一の航路が今船を出せない状態なのよ」
「えっ!? じゃあドーベンに行く方法がないってことですか?」
「そういうことになるわね」
「なぜですか? 大きな帆船のようですし、海が多少荒れても問題無さそうな気がするんですが」
「原因はわからないんだけど、ここ一週間で三回もこの航路の船が行方不明になっているのよ」
女性が座り方を変える度に、ギシッと椅子が音をたてる。なんだか椅子が可哀想になってきた。
「なるほど……それは確かにおかしいですね」暫く考えてみたが、僅かな情報では全く見当もつかなかった。
「船の運航が再開するまで待つしかないんじゃないかね」
「そうですか……。色々教えて頂き、ありがとうございます。とりあえず、港に行ってみます」
女性にお礼を言って出店を後にした。中央通りを真っ直ぐ進めば、港だ。
途中様々なお店の人に声を掛けられた。出店の勧誘のせいで、時間が掛かってしまったが、港が近づいてきた。街に入ったときから、潮の香りがしていたが、さらに香りが強くなってきた。
港に着くと、何隻もの船が停泊しているのが目についた。荷下ろしをする体格の良い男達で賑わっている。パッと見た限りでは、どの船がどこに向かうのかはわからなった。
「とりあえず、誰かにドーベン行きの船がどこか聞きなさいよ」カーリンはいつの間にか、僕の肩に腰を下ろしていた。
「そうだね。もしかしたら、船が出てるかもしれないしね」
僕は、近くで魚を仕分けしている男性に声を掛けてみた。
「あのっ。お仕事中に失礼します。僕たち、ドーベン行きの船を探してるんですけど……」
振り返った男性は、前掛けの裾で濡れた手を拭き、立ち上がった。短髪で、体格の良い男性は、いかにも海の男といった出立だ。
「ドーベン? ドーベン行きは、ほらあの目の前の船だよ。だが、今船は動いてないぞ?」
「ありがとうございます。それでもいいんです」
僕は、男性にお礼を言い、教えてもらった船を目指した。船は、人は疎らで、整備をしているようだ。周りの船は、野菜や魚の入ったコンテナを、屈強な男たちが荷下ろししていた。
やはり、この船は動いていないようだ。ダメもとで、船内で作業している作業員に声を掛けてみる。
「すみませーん。この船は、海には出ないんですかー?」
距離があったので、声を張って聞いてみた。すると、帆の近くで作業する男性から大声で返答があった。
「出ないよー!」予想通りの答えだった。
行くあてがなくなってしまった。カーリンと他に方法がないか考えてみる。
「どうするカーリン?」
「どうするも何も船以外で、ドーベンへ行くのは無理よ」カーリンは両手を挙げ、お手上げとアピールしているようだ。
「でも、のんびりもしてられないだろ? 妖精たちは、どうなるかわからないんだ。早く助けに行かないと……」
「それはそうだけど……」
「さっきの船の船長さんに事情を話せば、もしかしたら……」
「無理よ。人間は信用できないわ」カーリンはあっさりと否定した。
「僕だって人間だよ?」
「アルマは、なんていうか、優しいし……。ヴェルノの息子だから? 信用できるっていうか……」
「そんなの理由にならないじゃないか」あっさりと答える。
「もう! わかったよ! 好きにしなさいっ!」カーリンはジャケットのポケットに戻って行った。
再び、先ほどの船に行き、作業員に事情を説明した。作業員は、僕たちを船室の船長室に案内してくれた。
「失礼します!」
作業員はノックをして船長室の扉を開けた。船長室は、白い煙がもうもうと立ち込めていた。なんの煙だろう?
「おう、お前さんか。俺に話があるっていうのは? ああ、お前はもう甲板に戻っていいぞ」
目の前には、幅広の椅子に腰を下ろした中年男性が、葉巻を吹かしていた。
立派に伸ばした口髭は、顎鬚につながりそうだ。口元にばかり目がいく。煙の正体は葉巻だった。
部屋が狭く、換気も十分にされていないため、煙が篭っている。煙を吸い込んでしまった僕は激しく咳き込んだ。
「お……すまんな。船に長いこと乗ってると、なにか甲斐性になるものがないとな。専ら俺はこいつを吸っているときが、一番生きてて良かったって思えるわけよ。お前さんも一本どうだ? セギュール産の葉巻はうまいぞー」
船長は、鼻からゆっくり煙を吐き出す。煙草の類いは、全く受け付けないが、不思議と彼が吸っている葉巻だけはうまそうに見えてくる。吐き出した煙を吸い込んでみるが、やはり合わない。
「えーっと、単刀直入に言います。ドーベン行きの船を出してほしいんです」
あれこれ考えてみたが、ストレートに言うことにした。このほうが誠意を見せられると思ったからだ。
「やだっ」船長はまるで子供が駄々をこねるように言った。
「えっと……」あまりに即答だったため返す言葉が見当たらなかった。しばし、沈黙が続く。
「俺だってな、船を出してやりたいよ。だがな、何も原因がわかってないんだ。仮に船を出したとして、お前さんは乗組員の命を保証できるのかい? できるってんなら考えてやってもいいぜ」
部屋の空気が重い。船長の言っていることは正しい。僕のお願いは一方的すぎる。
「保証はできません。出しゃばったこと言ってすみませんでした」僕は、素直に謝った。
「いや、謝ることはねーよ。まだ、お前さんがそこまで船でドーベンに行きたい理由を聞いてなかったからな。ま、よっぽどの理由がなきゃ、気が変わることはないがな」船長は、もう一本葉巻を取り出し、シガーカッターで先をカットしている。
「……カーリンごめん」小さく呟いてから、上着の右ポケットに手を突っ込む。柔らかな感触が手に伝わる。
「ちょっと……あんた! どこ触ってんのよ!」カーリンは、文句を言い出した。
どうやら、僕の指が彼女の僅かばかりの胸に触れたようだ。あくまでも僅かばかりの、である。
そんなカーリンの文句はお構いなしに、船長の前の四角い机の上にカーリンをそっと降ろした。
「こいつはたまげた!」
船長は、目を丸くしてカーリンを見ていた。葉巻を吸おうとしていたことなど、とうに忘れている。
「船を出してほしい理由はこの子の頼みを叶えてあげたいからなんです」
真剣な表情で、船長に訴えた。僕は、彼女が妖精であること。僕の父がヴェルノであること。妖精が人間の手で酷い目に遭っていることを説明した。
説明が終わると、なぜか船長は立ち上がった。
「……ひでーな。ひでー話じゃねーか……。粋じゃねー。粋じゃねーよ。ここで、断ったら漢が廃るってーもんよ!」
船長は鼻を啜りながら言った。泣いているのか?
「じゃあ!」
「ああ。出してやるよ! お前さんみてーな若いもんが、人様のために役に立ちてぇなんて粋じゃねーか! どんとついて来いや!」
「あのさ、感動してるところ水を差して悪いんだけどさ。船を出してくれるのは有難いんだけど、行方不明になることについてはどうするのよ?」
「……」船長は暫く黙って考えているようだ。
「きあい……」
「はいっ!?」カーリンは耳を疑う。
「そんなもん気合じゃー! 気合でなんとかなる!!」船長は拳を高々と突き上げる。
「気合ってあんた……」
カーリンはへたり込み、呆れているようだった。
「ま、なるようになるよ!」僕は、カーリンに笑顔で言った。
「あんた、前向きねー。ていうか、危機管理力がないんじゃない? 頭のネジがどっかないのよ」
カーリンは自分の頭を差してアピールする。
かくして、何とか船は手配することができた。僕とカーリンは船でドーベンを目指すことになりました。




