2ー2
「あー船の上って退屈ねー」
カーリンは、甲板に置かれた樽の上で寝そべっていた。
「のどかでいいじゃない」
僕も甲板で海風にあたっていた。船に乗るのも生まれて初めてだった。上は青い空と僅かな白い雲、下は360度見渡す限り青い海。最高の景色だ。この景色を見逃していたとは、人生間違いなく損をしている。
「なんか順調そうじゃない。行方不明になるなんて、デマじゃないのかしら」
寝転がったまま、カーリンは言った。
「そうだと言いけど」
僕も甲板に寝そべってみる。日光によって温められた床は、暖かい。少々硬いのが気になるが、これは気持ちがいい。いつしか微睡んでいた。
暫く微睡んでいると、背中からお腹に突き上げるような衝撃が走る。たまらず、僕は飛び上がった。
船底から甲板に強い衝撃が加わっているのか、船が揺れ出した。
「な、なに!? 何事!?」
カーリンも異変に気づいたのか、立ち上がって辺りを見渡している。
「船長さん! 何があったんですか!?」
船室から勢いよく飛び出して来た船長に聞く。
「いや、わからん! これだけ天気がいいんだ。時化とかそういった類のもんじゃねーことはわかるんだが……」
船長の言うように、天候のせいではないようである。海は至って穏やかである。
「うわ!」また船が激しく揺れる。
激しい横揺れだ。今度は、船の横から衝撃が伝わってきたようだ。僕は正体を確かめるため、床に這いつくばりながら船の側面の海上を確認した。
はっきりとはわからなかったが、何か黒い影が通り過ぎた。恐らくあの影の仕業だ。
「船長さん! 下に何かいる! たぶんそいつの仕業だよ!」
「なにーっ!?」
揺れが収まったのを見計らい、船長が海面に目を凝らす。
「どこだ!? どこにいるのかわからん!」
「落ち着いて! 穂をたたんで、船を止めて下さい!」
「止めてどうすんだよ!?」
「いいから、止めてください! 僕がなんとかします!」
僕は矛を鞘から抜いた。僕は目を瞑り、頭でイメージすると矛は光り、槍に姿を変えた。近くにあった縄を拝借し、槍の柄に縄を頑丈に縛り付けた。
これならいける! 僕は、止まった船の甲板で、ジッと海面に影が現れるのを待った。
暫くして、船の側面に猛スピードで近付く影が再び現れた。
「アルマ! また来たわよ!」
「わかってる!」
手首に先程の縄を括り付け、軽く助走をつけ、槍投げの要領で影にめがけて、槍を投げつけた。
槍は一直線に影に向かう。手応えがあった。海面が少し赤く染まる。
得体の知れない呻き声が響いた。
「痛ぇぇ! いてぇな! おい!」
呻き声をあげた何かが、いつの間にか甲板によじ登って来たのだ。
「お前、このプラデラ様の体に傷を付けるとは中々やるじゃないか」
プラデラと名乗ったこの化物は、言葉がわかるようだった。魔獣だ。厄介なことに人間のように、知性も併せ持っている。
プラデラは、全身硬い鱗で覆われていた。背中と左右の腕には、亀の甲羅のようなものが付いており、指先には鋭い爪が。
右腕についた甲羅に、僕が投げた槍が刺さっていた。水の抵抗のせいか、致命傷には至らず、ピンピンとしている。槍を抜いたプラデラは僕に目掛けて、槍を投げ返す。
瞬時に僕は念じ、槍の姿を小さなナイフに変えた。ナイフになった矛を避ける。ナイフは甲板に突き刺さった。
「何だ!? お前今何した!?」
動揺したのか、プラデラは再び海に潜った。その隙にナイフになった矛を抜いた。矛をナイフから標準的な直剣に変え、構える。
海に潜ったプラデラは、猛スピードで船の周りを動いていた。始めは目で追っていたが、次第に追いつかなくなる。
次の瞬間――。プラデラは海中から船の甲板に飛び出す――。両腕をクロスさせ、硬い甲羅で自身の体を守りながら、すごい勢いで突っ込んでくる。
「ヒャッハーー!」
「くっ……」
辛うじて、左手に構えた青銅の盾で受け流す。しかし、プラデラは勢いそのままに、再び海中に潜ると、間髪入れずに僕へ向かってくる。
背後からの突進だ。間に合わない――。僕の背中を、プラデラの爪が切り裂く。血が噴き出す――。
「ヒャハッ! ハッ! この速さは見切れまい!」
それでも一瞬前に飛んだお陰で、傷が浅く済んだ。奴は、地上よりも海の中の方が早く動けるのだ。先ほど、甲板で襲い掛からなかったのは、海の中からの攻撃に絶対の自信を持っているからだ。
再び、海中から、プラデラが襲う。追い切れない。なんとかギリギリ盾でいなす。まずい、これでは殺られる。考えろ。考えろ。
そうだ! 青銅の盾を背中に回し、目を見開いて念じる。矛は光り輝き、一回り大きな大剣に姿を変える。両手で大剣を持ち、再び構える。
「ヒャーハッ! これで終わりだ――」
プラデラが海中から飛び出す。
「はっ!」
僕は大剣を肩に担いで真上に飛び上がった――。そのまま、大剣の重みと重力に任せて振り下ろす。真下には、海中から飛び出してきたプラデラの姿が。硬い甲羅と鱗で覆われた体は、見事に真っ二つに切り裂かれた。
あのスピードを線で捉えることは難しかった。だが、プラデラが向かってくるのは必ず、僕だ。線ではなく、点で捉えたのだ。
甲板に無残な姿のプラデラの亡骸が叩きつけられた。ピクリとも動かない。生命力の強い魔獣でも、さすがに即死だったようである。
「はぁ……。やった……のか」
今までにない激しい戦闘だったせいか、息が苦しい。呼吸が乱れる。矛を鞘に収めることなく、甲板に仰向けで倒れこむ。
「すごい! やったわねアルマ! 傷は大丈夫!?」
カーリンが僕の傍まで寄って来る。それに合わせて船長と作業員も集まって来た。
「ボウズやるじゃねーか!」
船長は、いつの間にか葉巻を口に咥えていた。作業員たちも、一斉に僕に称賛の声を掛けてくれた。
「いえ……。もう何がなんだか……。無我夢中で……」
ともかく、今は身体を休めたかった。背中の傷には、カーリンが自分の大きさと変わらぬ包帯を、せっせと僕の背中に巻いてくれた。
「ね、なんとかなったでしょ? 気合だよ。き・あ・い」
僕は、カーリンに得意げに笑ってみせた。
「ふん。苦戦してたくせに」
カーリンは、包帯を巻き終わると、僕の背中をパンッと叩いて、離れて行く。
「ぐぁ……」
あまりの痛さに悶絶し、変な声が出てしまった。
「さぁ! 出発するぞ! 野郎ども!」
船長が一声掛けると、海の男たちは威勢の良い返事をして、持ち場についた。
船は襲撃前よりも、穏やかにゆっくりと進んでいった。一路、ドーベンへゆっくりと舵を取る。まるで、僕の活躍を労うかのように――。




