1ー3
僕は、何かの物音で目が覚めた。焚火の火はほとんど消えかけており、粗末な毛布を掛けていただけなので、少し肌寒かった。
目を擦りながら、辺りを見回した。先ほどの物音とは裏腹に、静かになり、風の音だけが響いていた。風音の中に微かに人の声が混じっているような気がした。
僕は、耳をすました。
「た……たす……け」
か細い声のせいか、風切り音と葉の擦り合う音でよく聞こえなかった。
僕は声のするほうへ近づき、もう一度耳をすました。
「たすけ……助けて! 誰か助けてください!」
やはり、人の声だった。助けを求める女性の声だ。慌てて、矛と盾を手に取り、助けを求める声の主のところへ掛けて行った。
そこには、ラビットウルフが三匹唸り声をあげていた。女性の姿はどこにも見当たらなかった。確かに女性の叫び声が聞こえたのだが……。
ラビットウルフ達は、僕に気付いたようだが、標的を変えるわけでもなく、別の何かに吠え続けていた。
「ちょっと! 何やってんのよあんた! 早く助けなさいよ!」
先ほどの女性の声だ。さっきよりもよく聞こえた。
「ここよ! あんたの目は節穴か!」
そう言われた僕は、声の聞こえたほうへ目をやった。視線が下へ向く。そこには、手のひらサイズの小さな少女が、僕を見上げながら、「グズ! 人でなし!」などと罵声を浴びせてきた。
ラビットウルフの一匹が、彼女に襲いかかってきた。
「きゃっ!」
先ほど毒づいていた人物の声とは思えないほど、可愛らしい声だった。
僕は直様、矛を抜き、ラビットウルフに袈裟斬りをした。
矛は、刀の姿に変化していた。『サムライ』を馬鹿にしていた自分への当てつけだろうか、一瞬そんなことが頭に過ったが、直ぐに目の前の敵に集中した。
ラビットウルフの胴体は、きれいに真っ二つになった。刀も悪くないかもしれない。
残りの二匹のラビットウルフは、一目散に林の奥へ消えていった。どうやら、最初に倒した一匹が、リーダーだったようだ。
「大丈夫だったかい?」
僕は、優しく声を掛けた。反応がなかった。彼女の肩は、震えていた。
「どうしたんだい? どこか怪我でも……」
「じゃかぁしいわ! ボケ! なんですぐ助けねぇんだ! こーーんなか弱いレディが目の前で助けを求めてたって言うのに!」
小さな少女は、酷くご立腹なようだ。お礼を言われるために、助けたわけではないが、お礼ぐらい言っても良さそうなものだ。
「君は……。いったい何者?」
失礼を承知で彼女に質問をした。僕には、手のひらに乗りそうな背丈の少女は異形な存在でしかなかった。昔読んだ本でいうところの小人や、妖精に近いのだろうか。
「私? 私はカーリン。助けてくれてありがとね」
僕に投げキッスをした彼女は、さっきまでとは違い、和やかな雰囲気だ。
「いや、そういうことじゃなくて……」
的外れな答えに、僕は嫌な顔をした。
「何? あなたは、初めて会った人に、何者か聞かれたら、なんて答えるの?」
「いや、それは……」
「まずは、先に名乗るべきじゃないかしら?」
屈んで話を聞いている僕に向かって少女は言った。彼女の言っていることは正しい。
「変なこと聞いてすまなかったね。僕の名前は、アルマ。アルマ=ランドルフ。よろしく」
僕は少女に手を差し出し、握手を求めた。彼女は、僕の人差し指を両手で握った。
「よろしく……。ランドルフ? 今ランドルフって言ったわね」
「あ、ああ」
予想外の反応を示した少女は、僕の肩に飛び乗り、顔をじっと眺めていた。
「うーん……。あなたかなり若く見えるわね。ヴェルノは髭面の親父だったし……」
「君、父さんを知ってるの?」
「カーリンよ!」
「ご、ごめん。カーリンは、父さんを知っているようだけど……」
「父さん? まさかあなたヴェルノの息子さん!?」
「そうだけど……」
カーリンは、僕の手のひらに座り込んだ。
「へー。渋い親父だとは思ったけど、あんたみたいな可愛らしい顔の子がいたなんてね。きっとあなたはお母さんに似たのね」
「カーリンは、父さんとはどんな関係だったの?」
「それ聞いちゃう? 枕を交わした仲よ」
カーリンは嬉しそうに言った。
「まくら?」
いまいちピンとこなかった僕は、聞き返してしまった。
「冗談よ。あんたって面白くない男ねー。そこは頬を赤らめるとか、驚くとこでしょうが。全く」
「えっ? 何?」
「何でもないわよ」
カーリンはまた不機嫌になった。こういうときに、気の利いたことを言えればいいのだろうが、女の子とまともに話したことなど殆どない僕には無理な話だった。
僕はカーリンを肩に乗せ、野営をしていた広場へ戻った。彼女は、白磁のような肌に、肩まで伸びた黒髪、白のワンピースにサンダル姿で、十代の少女と何ら変わりない姿だった。
戻る最中に話を聞くと、二十歳だという。人は見た目によらないものだ。
冷えた体を温めるため、余っていた枯れ木に火をつけ、焚火を起こした。夜はかなり更けていたが、戦いの後で興奮しているせいか、目が冴えていた。
「カーリンは何で野獣に襲われてたの」
「私が美味しそうに見えたんでしょ」
面倒くさそうに彼女は答えた。
「もう! 真面目に答えてよ。何か目的があって、この辺りに来たんでしょ?」
「私はね、クルガ村に行こうとしていたの。その途中にあいつらに襲われちゃって、助けを求めたってわけ」
カーリンは、落ち着いた様子で喋り出した。
「クルガ村は、僕の育った村だよ。村に何の用事があったんだい?」
「ヴェルノに会いに行こうと思ってね」
カーリンは、目をキラキラさせて話していた。村にいる人以外で、父を慕っている人に初めて会った。せいぜい、ゲーテルにいる野菜商ぐらいだろうか、あの人も仕事上の付き合いで、友人とは呼べないだろうが。
「カーリン。言いにくいことなんだけど……、父さんは五年前に亡くなったんだ」
「えっ!? あのヴェルノが!?」
カーリンは酷く驚いた様子だった。
「病気でね。母さんのところに行けるって嬉しそうな顔で逝ったよ」
「そう……」
カーリンは淋しげな表情で、焚火の火を眺めていた。目には涙を浮かべていた。父のために泣いてくれる人がいることに驚いた。
「ヴェルノは真っ直ぐで、強くて、優しい人だったわ」
涙を拭いながら、カーリンは口を開いた。
「私はね、妖精なの。ただ、普通の妖精とはちょっと違うの。何だと思う?」
カーリンは唐突に質問をしてきた。
「何だろう? わからないな」
全く検討がつかなかった。そもそも、妖精が本当にいることを初めて知ったのだ。わかるわけがない。
「私にはね、羽根がないの」
カーリンは、僕に背中を見せながら言った。確かに羽根はなかった。至って普通の背中だ。
「妖精には、みんな羽根が生えているの?」
「そうよ。男も女も生まれたときに必ず、羽根が生えて生まれてくるわ」
向きなおって、僕と向かい合ったカーリンは、説明口調で語りだした。昔、本に載っていた妖精の写真には確かに羽根が生えていた。
「カーリンは、どうして羽根がないの?」
「私は、生まれたときから羽根がなかったの。理由はわからないけど、突然変異ってやつらしいわ。パパもママも、二つ上の姉にも、羽根はあったのに、私にはなかった。わけがわからなかったわ。周りの人達は、私に羽根がないことを気味悪がっていたし、家族も口では優しくしていたけど、気味悪がっていたのよ」
「そうか……」
辛い過去を淡々と話すカーリンは強い女の子なのだなと思った。
「そんなときに出会ったのが、ヴェルノだったのよ」
急に声のトーンを上げ、笑顔で彼女は話しだした。
「ヴェルノが魔王を倒したのは知ってるわね? そのときに、各地を回って魔王軍と戦っていたんだけど、そのときに私の住んでいる村の近くにやってきたの。私はそのとき、森で木の実を採っている最中に、魔王の手先に襲われたの。そこで私を助けてくれたのがヴェルノだったってわけ」
「そうだったのか……」
父さんは、本当に魔王軍と戦った英雄だったということを再認識できた。そして、小さな命を助けた優しい父だったということも。
「ヴェルノは、私達の村の近くにある魔王軍の拠点を壊滅させたの。彼は本当に強かったわ。私たちの村も、彼のおかげで救われた。村の人達は喜んだわ。彼は、村の中で私が気味悪がられているのを、知っていたようだけど、自然に接してくれたわ。周りの村人にも、私と普通に接するように言ってくれた。彼は私の人生を変えてくれた恩人なの」
「父さんがねー。全然想像できないや」
僕は嬉しかった。僕が知らない父の話を聴けたからだ。
「かっこよかったのよー。親父だったけど」
カーリンは僕の知らない父の話を楽しそうに話してくれた。焚火にあたりながら一晩中、彼女の話を静かに聴いていた。
気づくと、辺りは明るくなっていた。木々の隙間から差す、陽射しが眩しい。今日は快晴だ。
どうやら僕は、カーリンの話を聴いている途中で寝てしまった。起き上がって伸びをした。地面に寝たので、背中が少し痛い。
枕にしていた鞄の近くには、ハンカチを掛け布団にしているカーリンの姿があった。
可愛らしい寝顔だった。寝ている姿は、無防備で幼く見えた。僕より三つも年上には見えなかった。
僕は、軽く身支度をしてから、カーリンを起こすことにした。気持ち良さそうに寝息をたてていたので、少し気が引けた。
「カーリン。カーリン。起きてよ」
「んあ……」
カーリンは寝ぼけているようだった。
「もう朝だよ。起きなよ」
「ふぁい、ふぁい」
両腕を上げて、大きな欠伸をしたカーリンは品がなかった。寝顔は可愛らしかったのに……。
「カーリンはこれからどうするの?」
朝食のパンを齧りながら言った。カーリンにも一切れあげた。彼女には、一切れで十分な大きさだった。
「私は、ヴェルノに頼みたいことがあって来たんだけど……。もういないんじゃあね……」
カーリンはパンを両手に抱えながら、俯いていた。
「その頼み事って僕じゃ無理かな?」
素直な気持ちだった。父をここまで慕ってくれていた友人が目の前で困っている。助けてあげたいと思った。
「えっ!? あなたが? でもいいの? あなたにも、やることがあるんでしょ?」
「いいんだよ。僕は急いでないから」
僕は、カーリンに旅をしようとしていることや、兄のこと、矛と盾のことを説明した。
「なるほどね。あんたも若いのに色々とあるのね」
カーリンは話をしているときは、実年齢相応に見える。
「で、父さんに頼もうとしていたことって何なの?」
「えっとね……。私たちの村が襲撃を受けたの。それで、私たちのことを理解してくれている、ヴェルノを頼ろうと思ったのよ」
「襲撃って!? モンスターかい? それとも魔王軍の生き残り?」
「いいえ……。人間に襲われたの」
カーリンは、真剣な表情で僕を見つめた。
「なんで人間がそんなことを!?」
「妖精には羽根が生えている話は昨日したわね? その羽根が原因なのよ。妖精の羽根には、『妖精の粉』が付着しているの。この粉は、あらゆる傷を癒してくれる粉なの。私達も自分達が怪我をしたときにも使うんだけど、人間達はこれに目をつけたのよ」
「金儲けのためか……」
「そう……。人間たちは、『妖精の粉』を大量に生産するために、私たちの仲間を捕まえたの。捕まった人達はどうなったかわからないけど、酷いことをされているに決まってるわ!」
「……」
僕は、胸が痛かった。同じ、人間が私利私欲のために、こんな酷いことをしているなんて信じられなかった。
「カーリン。やっぱり、僕がその頼みを受けるよ。同じ人間として、許せないよ」
「でも、危険よ?」
「大丈夫! 僕は父さん仕込みの強い心と、兄さんに教わった剣術、そしてこの最強の矛がある。だから絶対助けてみせるよ!」
僕は胸を張って見せた。決して強がりではない。自信はある。
「わかったわ。アルマ。あなたにお願いすることにするわ」
「よし。すぐに出発しよう!」
カーリンを勢いよく肩に乗せた。
「ちょっと! 優しくしてよね!」
「はいはい」
港町ゲーテルに向けて、僕とカーリンは山を下り始めた。




