表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

1ー3

 僕は、何かの物音で目が覚めた。焚火の火はほとんど消えかけており、粗末な毛布を掛けていただけなので、少し肌寒かった。

 目を擦りながら、辺りを見回した。先ほどの物音とは裏腹に、静かになり、風の音だけが響いていた。風音の中に微かに人の声が混じっているような気がした。

 僕は、耳をすました。

「た……たす……け」

 か細い声のせいか、風切り音と葉の擦り合う音でよく聞こえなかった。

 僕は声のするほうへ近づき、もう一度耳をすました。

「たすけ……助けて! 誰か助けてください!」

 やはり、人の声だった。助けを求める女性の声だ。慌てて、矛と盾を手に取り、助けを求める声の主のところへ掛けて行った。

 そこには、ラビットウルフが三匹唸り声をあげていた。女性の姿はどこにも見当たらなかった。確かに女性の叫び声が聞こえたのだが……。

 ラビットウルフ達は、僕に気付いたようだが、標的を変えるわけでもなく、別の何かに吠え続けていた。

「ちょっと! 何やってんのよあんた! 早く助けなさいよ!」

 先ほどの女性の声だ。さっきよりもよく聞こえた。

「ここよ! あんたの目は節穴か!」

 そう言われた僕は、声の聞こえたほうへ目をやった。視線が下へ向く。そこには、手のひらサイズの小さな少女が、僕を見上げながら、「グズ! 人でなし!」などと罵声を浴びせてきた。

 ラビットウルフの一匹が、彼女に襲いかかってきた。

「きゃっ!」

 先ほど毒づいていた人物の声とは思えないほど、可愛らしい声だった。

 僕は直様、矛を抜き、ラビットウルフに袈裟斬りをした。

 矛は、刀の姿に変化していた。『サムライ』を馬鹿にしていた自分への当てつけだろうか、一瞬そんなことが頭に過ったが、直ぐに目の前の敵に集中した。

 ラビットウルフの胴体は、きれいに真っ二つになった。刀も悪くないかもしれない。

 残りの二匹のラビットウルフは、一目散に林の奥へ消えていった。どうやら、最初に倒した一匹が、リーダーだったようだ。

「大丈夫だったかい?」

 僕は、優しく声を掛けた。反応がなかった。彼女の肩は、震えていた。

「どうしたんだい? どこか怪我でも……」

「じゃかぁしいわ! ボケ! なんですぐ助けねぇんだ! こーーんなか弱いレディが目の前で助けを求めてたって言うのに!」

 小さな少女は、酷くご立腹なようだ。お礼を言われるために、助けたわけではないが、お礼ぐらい言っても良さそうなものだ。

「君は……。いったい何者?」

 失礼を承知で彼女に質問をした。僕には、手のひらに乗りそうな背丈の少女は異形な存在でしかなかった。昔読んだ本でいうところの小人や、妖精に近いのだろうか。

「私? 私はカーリン。助けてくれてありがとね」

 僕に投げキッスをした彼女は、さっきまでとは違い、和やかな雰囲気だ。

「いや、そういうことじゃなくて……」

 的外れな答えに、僕は嫌な顔をした。

「何? あなたは、初めて会った人に、何者か聞かれたら、なんて答えるの?」

「いや、それは……」

「まずは、先に名乗るべきじゃないかしら?」

 屈んで話を聞いている僕に向かって少女は言った。彼女の言っていることは正しい。

「変なこと聞いてすまなかったね。僕の名前は、アルマ。アルマ=ランドルフ。よろしく」

 僕は少女に手を差し出し、握手を求めた。彼女は、僕の人差し指を両手で握った。

「よろしく……。ランドルフ? 今ランドルフって言ったわね」

「あ、ああ」

 予想外の反応を示した少女は、僕の肩に飛び乗り、顔をじっと眺めていた。

「うーん……。あなたかなり若く見えるわね。ヴェルノは髭面の親父だったし……」

「君、父さんを知ってるの?」

「カーリンよ!」

「ご、ごめん。カーリンは、父さんを知っているようだけど……」

「父さん? まさかあなたヴェルノの息子さん!?」

「そうだけど……」

 カーリンは、僕の手のひらに座り込んだ。

「へー。渋い親父だとは思ったけど、あんたみたいな可愛らしい顔の子がいたなんてね。きっとあなたはお母さんに似たのね」

「カーリンは、父さんとはどんな関係だったの?」

「それ聞いちゃう? 枕を交わした仲よ」

 カーリンは嬉しそうに言った。

「まくら?」

 いまいちピンとこなかった僕は、聞き返してしまった。

「冗談よ。あんたって面白くない男ねー。そこは頬を赤らめるとか、驚くとこでしょうが。全く」

「えっ? 何?」

「何でもないわよ」

 カーリンはまた不機嫌になった。こういうときに、気の利いたことを言えればいいのだろうが、女の子とまともに話したことなど殆どない僕には無理な話だった。


 僕はカーリンを肩に乗せ、野営をしていた広場へ戻った。彼女は、白磁のような肌に、肩まで伸びた黒髪、白のワンピースにサンダル姿で、十代の少女と何ら変わりない姿だった。

 戻る最中に話を聞くと、二十歳だという。人は見た目によらないものだ。

 冷えた体を温めるため、余っていた枯れ木に火をつけ、焚火を起こした。夜はかなり更けていたが、戦いの後で興奮しているせいか、目が冴えていた。

「カーリンは何で野獣に襲われてたの」

「私が美味しそうに見えたんでしょ」

 面倒くさそうに彼女は答えた。

「もう! 真面目に答えてよ。何か目的があって、この辺りに来たんでしょ?」

「私はね、クルガ村に行こうとしていたの。その途中にあいつらに襲われちゃって、助けを求めたってわけ」

 カーリンは、落ち着いた様子で喋り出した。

「クルガ村は、僕の育った村だよ。村に何の用事があったんだい?」

「ヴェルノに会いに行こうと思ってね」

 カーリンは、目をキラキラさせて話していた。村にいる人以外で、父を慕っている人に初めて会った。せいぜい、ゲーテルにいる野菜商ぐらいだろうか、あの人も仕事上の付き合いで、友人とは呼べないだろうが。

「カーリン。言いにくいことなんだけど……、父さんは五年前に亡くなったんだ」

「えっ!? あのヴェルノが!?」

 カーリンは酷く驚いた様子だった。

「病気でね。母さんのところに行けるって嬉しそうな顔で逝ったよ」

「そう……」

 カーリンは淋しげな表情で、焚火の火を眺めていた。目には涙を浮かべていた。父のために泣いてくれる人がいることに驚いた。

「ヴェルノは真っ直ぐで、強くて、優しい人だったわ」

 涙を拭いながら、カーリンは口を開いた。

「私はね、妖精なの。ただ、普通の妖精とはちょっと違うの。何だと思う?」

 カーリンは唐突に質問をしてきた。

「何だろう? わからないな」

 全く検討がつかなかった。そもそも、妖精が本当にいることを初めて知ったのだ。わかるわけがない。

「私にはね、羽根がないの」

 カーリンは、僕に背中を見せながら言った。確かに羽根はなかった。至って普通の背中だ。

「妖精には、みんな羽根が生えているの?」

「そうよ。男も女も生まれたときに必ず、羽根が生えて生まれてくるわ」

 向きなおって、僕と向かい合ったカーリンは、説明口調で語りだした。昔、本に載っていた妖精の写真には確かに羽根が生えていた。

「カーリンは、どうして羽根がないの?」

「私は、生まれたときから羽根がなかったの。理由はわからないけど、突然変異ってやつらしいわ。パパもママも、二つ上の姉にも、羽根はあったのに、私にはなかった。わけがわからなかったわ。周りの人達は、私に羽根がないことを気味悪がっていたし、家族も口では優しくしていたけど、気味悪がっていたのよ」

「そうか……」

 辛い過去を淡々と話すカーリンは強い女の子なのだなと思った。

「そんなときに出会ったのが、ヴェルノだったのよ」

 急に声のトーンを上げ、笑顔で彼女は話しだした。

「ヴェルノが魔王を倒したのは知ってるわね? そのときに、各地を回って魔王軍と戦っていたんだけど、そのときに私の住んでいる村の近くにやってきたの。私はそのとき、森で木の実を採っている最中に、魔王の手先に襲われたの。そこで私を助けてくれたのがヴェルノだったってわけ」

「そうだったのか……」

 父さんは、本当に魔王軍と戦った英雄だったということを再認識できた。そして、小さな命を助けた優しい父だったということも。

「ヴェルノは、私達の村の近くにある魔王軍の拠点を壊滅させたの。彼は本当に強かったわ。私たちの村も、彼のおかげで救われた。村の人達は喜んだわ。彼は、村の中で私が気味悪がられているのを、知っていたようだけど、自然に接してくれたわ。周りの村人にも、私と普通に接するように言ってくれた。彼は私の人生を変えてくれた恩人なの」

「父さんがねー。全然想像できないや」

 僕は嬉しかった。僕が知らない父の話を聴けたからだ。

「かっこよかったのよー。親父だったけど」

 カーリンは僕の知らない父の話を楽しそうに話してくれた。焚火にあたりながら一晩中、彼女の話を静かに聴いていた。


 気づくと、辺りは明るくなっていた。木々の隙間から差す、陽射しが眩しい。今日は快晴だ。

 どうやら僕は、カーリンの話を聴いている途中で寝てしまった。起き上がって伸びをした。地面に寝たので、背中が少し痛い。

 枕にしていた鞄の近くには、ハンカチを掛け布団にしているカーリンの姿があった。

 可愛らしい寝顔だった。寝ている姿は、無防備で幼く見えた。僕より三つも年上には見えなかった。

 僕は、軽く身支度をしてから、カーリンを起こすことにした。気持ち良さそうに寝息をたてていたので、少し気が引けた。

「カーリン。カーリン。起きてよ」

「んあ……」

 カーリンは寝ぼけているようだった。

「もう朝だよ。起きなよ」

「ふぁい、ふぁい」

 両腕を上げて、大きな欠伸をしたカーリンは品がなかった。寝顔は可愛らしかったのに……。

「カーリンはこれからどうするの?」

 朝食のパンを齧りながら言った。カーリンにも一切れあげた。彼女には、一切れで十分な大きさだった。

「私は、ヴェルノに頼みたいことがあって来たんだけど……。もういないんじゃあね……」

 カーリンはパンを両手に抱えながら、俯いていた。

「その頼み事って僕じゃ無理かな?」

 素直な気持ちだった。父をここまで慕ってくれていた友人が目の前で困っている。助けてあげたいと思った。

「えっ!? あなたが? でもいいの? あなたにも、やることがあるんでしょ?」

「いいんだよ。僕は急いでないから」

 僕は、カーリンに旅をしようとしていることや、兄のこと、矛と盾のことを説明した。

「なるほどね。あんたも若いのに色々とあるのね」

 カーリンは話をしているときは、実年齢相応に見える。

「で、父さんに頼もうとしていたことって何なの?」

「えっとね……。私たちの村が襲撃を受けたの。それで、私たちのことを理解してくれている、ヴェルノを頼ろうと思ったのよ」

「襲撃って!? モンスターかい? それとも魔王軍の生き残り?」

「いいえ……。人間に襲われたの」

 カーリンは、真剣な表情で僕を見つめた。

「なんで人間がそんなことを!?」

「妖精には羽根が生えている話は昨日したわね? その羽根が原因なのよ。妖精の羽根には、『妖精の粉』が付着しているの。この粉は、あらゆる傷を癒してくれる粉なの。私達も自分達が怪我をしたときにも使うんだけど、人間達はこれに目をつけたのよ」

「金儲けのためか……」

「そう……。人間たちは、『妖精の粉』を大量に生産するために、私たちの仲間を捕まえたの。捕まった人達はどうなったかわからないけど、酷いことをされているに決まってるわ!」

「……」

 僕は、胸が痛かった。同じ、人間が私利私欲のために、こんな酷いことをしているなんて信じられなかった。

「カーリン。やっぱり、僕がその頼みを受けるよ。同じ人間として、許せないよ」

「でも、危険よ?」

「大丈夫! 僕は父さん仕込みの強い心と、兄さんに教わった剣術、そしてこの最強の矛がある。だから絶対助けてみせるよ!」

 僕は胸を張って見せた。決して強がりではない。自信はある。

「わかったわ。アルマ。あなたにお願いすることにするわ」

「よし。すぐに出発しよう!」

 カーリンを勢いよく肩に乗せた。

「ちょっと! 優しくしてよね!」

「はいはい」

 港町ゲーテルに向けて、僕とカーリンは山を下り始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ