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1ー2

「父さんが世界を救った英雄だったなんて……」

 僕は信じられなかった。毎日野菜に水をやり、抜いても抜いても生えてくる雑草と格闘していた父が、魔王を倒した英雄だったとは想像もつかなかった。

「……」

 兄は、手紙を読み終わった後もテーブルの一点を見つめ、黙っていた。突然のことで兄も驚いているのだろう。

 テーブルの上に置かれた『矛』を僕は手に取った。『矛』は初めて手にしたにも関わらず、妙に手にしっくり馴染んだ。

「凄く軽いよこの剣! 兄さんも持ってみてよ」

 興奮を抑えながら、兄にも矛を手に取ってみるよう勧めた。

「あ、ああ……。凄く軽いな」

 兄さんは、僕が興奮しているのに反して、落ち着いていた。というよりも、何か浮かない様子だった。

「盾はどうなんだろう?」

 僕は、盾を手に取ってみた。矛と同じように此方も驚くほど軽かった。兄も矛と同様に盾を手に取ったが、反応は薄かった。

「こんなに軽い武具が、本当に最強の武具なのかな?」

 僕は、半信半疑で二つの武具を眺めていた。

「……ん? ああ。確かに疑わしいよな。はは……」

 兄は間の抜けた態度で、作り笑いを浮かべていた。本当にどうしたのだろう。

「ともかく、わしは伝えたからな。ヴェルノの意思を汲むのはお前達自身じゃ。後はお前達で何とかしなさい」

 村長は、重い枷がとれたように、軽やかな足取りで奥の部屋に消えて行った。

「とりあえずもう遅いし、家に帰ろう」

 僕は、二つの武具に白い布を被せてから言った。

「あ、ああ……」兄の受け応えは相変わらず、気のない様子だった。

「どうしたの兄さん?」

「いや、なんでもない」

 兄は、何か気にしている様子だった。長年近くで兄を見ている自分には、兄が不満を抱いているのがなんとなくわかった。

 こういうときは、兄の方から話し出すまで黙っていることにしていた。それが長年付き合ってきた僕なりの兄の扱い方だった。

「とりあえず武具は手紙の通りに、各々で保管することにしようか」

「あ、ああ」僕は兄に白い布を被せた盾を渡した。

「さぁ、帰ろう」

 僕達は村長の家を出て、暗い村道を歩いて自宅に戻った。先ほどとは打って変わり、月が辺りを明るく照らしていた。

「なんだか、今日は疲れたね」

「ああ……」

 大きな欠伸をした兄は、盾をベッドの下の隙間に滑り込ませた。

 僕も大きな欠伸をした。兄の欠伸がうつったようだ。矛をベッドの横のソファテーブルに立て掛けてから、電気を消した。

「おやすみ」

 返事がなかった。兄はもう眠りについたようだ。辺りは真っ暗になり、窓から差し込む月明かりだけが、僕達の部屋を照らしているだけになった。


 小鳥の囀りと、窓から射し込む光で僕は目が覚めた。まだ、太陽が上がり切っていないためか、朝はまだ冷え込む。布団から出るのは辛かった。

 ふと横のベッドを見ると、兄の姿はなかった。僕は布団を足で蹴飛ばし、ベッドから起き上がった。

 兄のベッドの布団は、綺麗に整っていた。普段の兄は、起きたままの状態で放置しているので、違和感を感じた。

 寝室からリビングに向かうと、テーブルに置き手紙が置かれていた。

「アルマへ。この手紙に気づいたときには、俺はもうこの家にいないだろう。昨日の話は、お互い、驚いたな。だが、俺にはいいきっかけになった。前々から村を出たがっていたのは知ってるよな? これを機に旅立つことにするよ。あとな、親父がお前に『矛』を託しただろ? 俺にはショックだった。俺のほうが剣の腕には自信があったからな。親父が俺に盾を託したのは、何かが俺に足りないということなんだろうな。一晩考えたがわからなかった。俺はそれを見つけるために旅に出るよ。次に会うときには、手合わせ願う。スクードより」

 兄から手紙を貰ったのは、初めてだった。短い文章だったが、何か決意のようなものを感じた。

 僕は長年住んできた家で一人ぼっちになった。兄のベッドの下にあった盾はなくなり、戸棚の衣類は兄の物だけなくなっていた。兄が村を出たというのは本当のようだ。

 僕はこの先どうすればいいのか考えることにした。いや、考えるまでもない。僕も兄を追い掛けよう。父との約束を果たすため、そして兄との約束を果たすために。


「じゃあ、行ってくるね」

 僕は、生まれてからずっと住んできた家にお辞儀をしてから、村を出た。

 慣れた足取りで村道を歩いていると、いつも修業をしていた丘陵に着いた。ここにも沢山の思い出があった。思い出に耽りながら、村の出口まで歩いた。

 出口を出た僕は、村の方を振り返った。暫くは帰ってくることはできない。僕は、村の風景を目に焼きつけてから、再び歩き出した。

 まずは、山を超えて、港町ゲーテルを目指そう。ゲーテルには、父が生きていたときに、数回行ったことがある。僕は幼かったので、あまり覚えていないが、僕が育った村よりも活気があるに違いない。

 僕は胸を高鳴らせ、山道を進んだ。一人で、村を出たのは初めてだったが、不安はなかった。これから、色々なものを自分の目でみることができる。

 それが何より嬉しかった。僕も兄と同様に、村の外の世界に興味があったようだ。

 山道は、村の人間がゲーテルに向かうのに利用しているため、山道は綺麗に慣らされていた。暫く進むと、休憩所に着いた。

 休憩所には、木製のベンチが置かれており、小休止するには丁度良かった。水筒を取り出し、コップの蓋にアイスティーを注いだ。アイスティーは、山道を歩いてきた僕の喉を潤してくれた。

「さて、そろそろ行こうかな」

 荷物をまとめて、ベンチから腰を上げようとした時だった――。ベンチの奥の草むらが、揺れた。風に揺られたのではなく、何かが潜んでいる感じだ。

 僕は、荷物を肩にかけ、背中に背負っていた青銅の盾と、腰に携えていた『矛』を鞘から抜き、身構えた。

 草むらから、黒い影が飛び掛かってきた。僕は落ち着いて、左手に構えた盾で突進を受け流した。

 黒い影の正体は、ボアファングだった。ボアファングは、野生の猪のような姿をしており、猪よりも一回り大きい野獣だ。鋭い牙と、素早い突進で敵を仕留める凶暴な野獣だ。

 僕は幼い頃にも、ボアファングに襲われたことがあった。そのときは、父が追い払ってくれた。今はあのときと違い、一人だ。

 ボアファングは、鋭い眼差しで僕を睨みつけた。興奮しているのか、低い唸り声をあげ、口から涎をダラダラと垂らしていた。ボアファングは、ジッと突進するタイミングを伺っているようだった。

 下手に動けば、こちらが突進の餌食になってしまう。落ち着け。落ち着け。相手をよく見て、攻撃の隙を突くんだ。僕は頭の中で念仏のように繰り返した。

 お互い、目を合わせてからどれぐらい時間が経っただろうか。実際は数秒しか経っていないのだが、何分にも感じられた。矛と盾を持つ手は、汗が滲んでいた。

 心臓の鼓動まで聞こえてきそうなほど、周りは静かだった。その静けさは数秒も保たなかった――。ボアファングは、目を思い切り見開き、突進してきた。

 僕は盾を構えたまま、反射的に右側に突進を回避した。ボアファングは、避けることも想定済みだったようで、向きを変えて盾に突進してきた。

 なんとか、突進を受け止めた僕は、突進の力を利用して受け流した。ボアファングは、勢いそのままに木に突進した。木には熊が引っ掻いたような傷がつき、表皮はボアファングの牙で捲れ上がった。

 僕は、ボアファングの片方の牙の先が木に突き刺さったのを見逃さなかった。

「もらった!」

 身動きのとれない、ボアファングの背後から矛を突き刺そうとしたときだった――。

 矛が突然眩しく光りだし、槍に姿を変えた。槍に姿を変えた矛は、そのままボアファングに突き刺さった。槍は、ボアファングの体を貫通しており、暫く苦しんだ後、息耐えた。

 ボアファングの死体から矛を抜いた。厚い肉に覆われているせいか、槍の姿で貫通した矛を抜くのは一苦労だった。槍に変化した矛は、僕の身の丈の倍以上はあり、柄の先の槍頭には、三角錐状の刃が取り付けられていた。

 暫く眺めていると、矛は再び光りだし、もとの剣の姿に戻った。はっきりとはしないが、どうやら僕の意思によってこの『矛』は姿を変えることができるようだ。

 槍を使用した経験はなかったが、上手く体が動いた。というより、上手く動かされたというのが正しいだろうか。

 僕は矛を鞘に収めて、山道を再び歩き出した。今日中に山頂の開けた広場まで行かなければ、夜が危険だ。

 先ほどは、ボアファングが一頭だったが、群れをなす野獣や、人の言葉を喋る魔獣が現れることもある。僕は、先ほどより歩くペースを上げた。

 山頂に向かう途中で、三回も野獣と戦うことになった。先ほど戦ったボアファングとラビットウルフだった。

 ラビットウルフは、ウサギのように耳の長い狼で、群れで襲い掛かってくる。一体の強さは、それほど脅威ではないので、うまく各個撃破で乗り切った。

 なんとか、モンスターをやり過ごして、山頂に着くことができた。山頂に着くまでの戦闘で『矛』についてわかったことがある。

 やはり、使い手の僕の意思や、状況によって刃状の武器に変化するようだ。ボアファングのときは、通常より大きな大剣に変化し、ラビットウルフのときには、レイピアのような刺突剣に姿を変えた。

 まだ、謎は多いが、どの形状に変化しても上手く扱えるように訓練する必要がありそうだ。

 日が傾いて、辺りは薄暗くなってきた。今日はここで、野営をすることにした。枯れ木を集め、火を起こした。焚火の周りで、保存食の燻製を火で炙った。脂が滴り落ち、旨そうだ。

 僕は空腹に耐え切れず、燻製に被りついた。塩気の効いた味に舌を打つ。山道を登りながら、モンスターとも戦った。かなりエネルギーを使ったのだろう、粗末な食事だったが、とても美味しく感じた。

 食べた後は、火を弱め、荷物の入った鞄を枕にして寝転がった。夜空には、満天の星が一面に広がっていた。

 兄もどこかで、この星空を見ているだろうか。明日ゲーテルに着いたら、まず何をしようか。そんなことを考えているうちに、目蓋が重くなってきた。いつしか、ウトウト微睡んでいた。

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