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1ー1

「はっ! やっ! たーっ!」

 剣の修業をすること。

 これが僕達兄弟の毎日の日課だった。僕達の剣の修業は、日本の『サムライ』のように刀だけを振るものではない。

 剣と盾を両手に持ち、実戦を想定した修業をするのだ。僕達からすれば、日本のサムライは、刀だけを振り回しているのが不思議でしょうがない。

 剣で相手の急所を狙い、盾で相手からの攻撃を防御する。地味かもしれないが、これが理想の戦い方だと僕達は思っている。

 くる日もくる日も僕達は、剣を振り続けた。

 僕達の手はマメだらけになり、潰れたマメの上からまたマメができて、手の皮が厚くなっていた。

 剣の修業は、亡くなった父からの教えだ。

「お前たちには、強く生きてほしい。いつか、剣を手に取るときがやって来るかもしれん。そのために、毎日鍛錬して、心身ともに鍛えるんだぞ」

 父は生前、口を酸っぱくして僕達兄弟にそう言っていた。

 僕達は、双子の兄弟だ。僕は、アルマ=ランドルフ。兄は、スクード=ランドルフ。先月、お互い17歳になったばかりだった。

 二卵性双生児の僕達は、全く似ていない。性格も正反対で、双子の兄弟だと思われたことはない。

 僕は比較的おっとりとしていて、細かいことが気になる性格だ。読書が大好きで、剣の修業よりも、本を読んでいる方が好きだった。

 兄は活動的で、大雑把な性格だ。体を動かすのが好きで、剣の修業が大好きだった。

 剣の修業は毎回、兄が僕より先をいっていた。勝負をすれば、兄がほとんど僕に勝っていた。

「アルマ! また、腰が入ってないぞ!」

「ごめん兄さん。もう一度お願いします」

 兄は僕に対して、厳しかった。でも、嫌な気はしなかった。父の教えを守るために、厳しく接してくれているのだ。

「今日はここまでにするか。帰って飯にしよう」

「今日は兄さんが料理当番の日だよ」

「えっ!? そうだったか?」

「そうだよ。今日も野菜炒め?」

「うるさい! 文句言うやつには、飯抜きだぞ」

 兄さんは、料理が苦手だった。兄弟で交代して家事をしているが、僕の方が何をやっても良くできていた。

「剣の腕みたいに、料理の腕もあればいいのにね」

「いいんだよ。俺は将来、綺麗な嫁さんに美味い飯を作ってもらうんだから」

「彼女もできたことないのによく言うよ」

「お前は本当に一言余計だな」

 兄は、丸いダイニングテーブルの中央に、大皿に山盛りの野菜炒めを置いた。

「さ、食おう!」

「うわ、またピーマン入れたでしょ?」

「好き嫌いは駄目だぞ。お前は、偉そうなこと言う割には子供みたいなとこあるよな」

「ピーマン食べれなくても生きていけるからいいよ」

 僕達は、両親がいないことを除けば、ごく平凡で幸せな兄弟だ。母は病弱だったため、僕達を産んだ後息を引き取った。

 父から聞いた話では、母は死ぬ恐怖よりも、僕達を産めないことの方が恐怖だったと言っていたそうだ。意思の強い女性で、父は母のそういうところを好きになったらしい。

 母の思い出はなかったが、病弱だったにも関わらず、僕達を元気に産んでくれた母には感謝している。

 五年前から、兄弟二人で生活してきた僕達は、むしろその辺にいる家族より、深い絆があると思う。喧嘩をすることもあったが、喧嘩するほど仲が良いというのは、僕達兄弟に一番相応しいかもしれない。


 ある日、僕達はいつものように、近くの丘陵で剣の修業をしていた。僕達の住む村は、近くの街から遠く離れた、小さな集落だった。

 何百年も前からあったこの村は、伝統や仕来りを重んじて生きてきた。村の掟は絶対で、守れないものは村八分にされるほどだった。

 ほとんどの村人は、農業で生計を立てていた。それ以外のものは、山の向こうの港町まで出稼ぎに行って生計を立てていた。

 僕は、いつも疑問に思っていた。僕と同じ年の村人は、家の農家を手伝ったり、出稼ぎに出て、お金を稼いでいた。

 僕達は、生前父が遺してくれた遺産を切り崩して生活していた。

「兄さん、俺たちも働かなくていいのかな?」

「働きたいのか? 俺は剣の修業して立派な戦士になって、世界を回りたい。早くこんな退屈な村から出てみたいよ」

 兄は、この村は好きだが、村の外の世界を見て回りたいと思っているみたいだ。現実主義者の僕は、先のことよりも今を大事にしたかった。

 剣の修業はいつものように、昨日の復習から始めた。兄が僕に昨日駄目だったところを、熱弁しているときだった――。

「おーい。お前たちー」

 丘陵を走って駆け上がってくる青年は、村の伝達役のギーナだった。空を見上げる形で息を整えたギーナは、僕達に村長からの伝言がある旨を伝えた。

「村長が、今日の夜二十一時に、家に二人で来るように。だってさ、何かやったのかお前ら?」

 ギーナは、「じゃあ」と手を降って、また丘陵を走って降っていった。

「兄さん何か心当たりある?」

「いや、全然。この前、遊んでたときに村長の家の窓割ったあれかな? でも、あれはちゃんと謝ったし……」

 僕は一瞬それで呼ばれたのかと思ったが、弟の僕まで呼ばれることはないだろうと思い、別の理由を考えた。

 しかし、兄弟二人で村長に呼ばれるようなことをした覚えは一切なかった。

 伝言を聞いた後の剣の修業は、全く集中出来なかった。いつも真剣に取り組んでいる兄でさえ、どこか散漫な動きだった。お互い、村長からの伝言が気になってしょうがなかった。

「今日はもうやめだ! 全然集中できない!」

「賛成……。なんか絶対怒られる気がする……」

 僕達はいつもより、早めに修業を切り上げた。まだ、日が全く傾いていなかったが、帰路につくことにした。

 家に着くなり、兄は修業の道具をおいて外に出て行ってしまった。

 僕はリビングの椅子に座って、読みかけの兵法本を読むことにした。頭の中を活字でいっぱいにすれば、嫌なことは忘れられると思った。


「おい! アルマ! 起きろよ!」

「んっ」

 身体を起こすと、目の前に兄が立っていた。どうやら読書の途中で寝てしまったらしい。

「そろそろ出掛ける準備しろよ」

「うん」

 目を擦りながら、部屋の時計を見ると、既に二十時半を回っていた。寝ぼけ眼のまま、服を着替えた。

「おいおい、そんな顔で村長の話を聞いたら何言われるかわからんぞ」

 暫くの沈黙の後、僕は洗面台で顏を洗った。夜で冷え込んでいるせいか、水は冷たく、目を覚ますのには丁度よかった。

「よし、じゃあ村長の家に行こう」

 僕達は、暗くなった村を歩いて、村長の家を目指した。村長の家は、村の奥の大きな家だ。歩き慣れた道を暫く歩くと、直ぐに村長の家の前に着いた。

「さあ、行くぞ」

 そう言った兄はなぜか、僕の背後に隠れた。

「ちょ、ちょっと兄さん。何やってるの?」

「いいから。ほれ。行け」

 兄は俺の背中を、どんっと押した。兄は村長が苦手だった。

「こんばんは。アルマです。兄と一緒に来ました」

「おお、アルマか。すまんな夜に呼び出したりして」

 村長は、父が生きていた頃からずっと村長だった。

「いえいえ。あれ? 兄さん?」

 先ほどまで僕の背後にいた兄は、いつの間にかいなくなっていた。家の周りを見渡すと、直ぐに兄は見つかった。

 兄は、村長宅の庭の植え込みに身を隠していた。

「何やってんの兄さん!」

「いや、ただ良い植木があるなぁと思ってさ」

 見え見えの嘘をついた兄に僕は呆れていた。

「ほら、村長さんに挨拶して」

「こんばんは」

 兄はすぐ顔に出てしまうタイプなので、挨拶がぎこちないことがすぐにわかった。

「こんばんは、スクード。窓の修理は中々一苦労だったぞ」

 村長は、真っ白な顎髭を手で撫でながら、兄に毒づいた。

「あれは謝っただろ。嫌な爺さんだ」

 兄は、僕と村長を通り過ぎて、リビングの椅子に腰を下ろした。僕も兄に続いて、椅子に腰を下ろした。

「で、話ってのは何なの?」

「兄さん」

 僕は、肘で兄さんの脇腹を軽く小突いた。先ほどから、兄の村長への言動が失礼だったからだ。

「よいよい」

 村長は、特に気にした様子もなく、話を始めた。

「お主ら、お前たちの父親が昔何をしたか知っているか?」

 急に真剣な表情になった村長は唐突に僕達に質問をした。暫く沈黙が続いてから、兄が口を開いた。

「村の英雄だったんだろ?」

 兄は、かなり自信があるようだ。

「スクード。その通りじゃ」

「確か、村の飢饉を救ったんですよね。港町で新種の野菜の苗を買い取って、村で栽培して、収穫に成功したって」

 僕は父が自慢気に話していたことを、そのまま話しただけだった。確かに父は生前、毎日畑仕事に精を出していた。

「……」

 なぜか村長は、思慮深げに暫く沈黙を保っていた。

「それがどうしたって言うんだ?」

 沈黙が耐えきれなかった兄が、村長に聞いた。

「あれはな……。全部『嘘』なんじゃ。いや、正しくは嘘ではないんじゃが……」

 なんとも歯切れの悪い言い回しだった。

「村長さん。それはどういうことですか?」

 父が、自慢気に話していたことが嘘だったことには驚いたが、何か理由がある気がしたので、落ち着いて話を聞くよう務めた。

「英雄というのは間違っておらん。村の英雄というより、『世界の英雄』だったのじゃ」

 何を言い出すのかと思えば、目の前の老人は、突然自分の父親が『世界の英雄』だと言いだしたのだ。

「この世界が昔、魔王に支配されていたのは知っておるな? そのときに、魔王を倒した英雄がお主らの父、ヴェルノじゃ」

「……」

 僕と兄は、状況が飲み込めず、暫く沈黙を保っていた。

「父さんが、魔王を倒した英雄……」

 兄も信じられない様子だった。

「でも、なんで俺達には秘密にしていたんですか?」

「ヴェルノは、お主らを英雄の息子としてでなく、普通の父親の息子として育てたかったんじゃろう」

「村の人達も知っていたんでしょう?」

 僕は、村長の目を見て言った。

「ヴェルノは、村人全員に秘密にするようお願いしたんじゃ」

 村長は紅茶をカップに注ぎ、僕達に差し出した。

「そうだったんですか」

 僕は紅茶を頂くことにした。

「でも、なんで今日突然打ち明けたりしたんだ?」

 兄さんは、僕が思っていたことを代弁してくれた。

「ヴェルノに頼まれたのじゃ。お主らが17歳になったときに全てを打ち明けるようにとな。ちょっと待っておれ」

 そう言った村長は、リビングを離れ、奥の部屋へ入っていった。暫くして、白い布を被った、細長い物体と、平たい物体を手に、村長が戻ってきた。

「ふー重いのう……」

 村長は、僕達の目の前に持ってきた荷物を置いて、腰を摩り始めた。

「なんですかこれは?」

 僕は、先ほどの話とこの白い布の下にあるものに、何の関係があるのかさっぱりわからなかった。

「布を取ってみなさい」

 村長は、冷めた紅茶を一口で飲み干してから言った。

「これは……剣?」

 兄が白い布をどけると、目の前には美しい真っ直ぐな刃をした直剣があらわれた。

「こっちは……盾だ」

 反対側の白い布は僕がどけた。目の前には、丸く滑らかな形状をした盾があらわれた。

「この二つがどうしたっていうんだ?」

「これはな、ヴェルノが魔王を倒したときに使っていたものじゃ」

 村長は、白い封筒を取り出し、僕達に差し出した。

「ヴェルノからの手紙じゃ」

 僕は、受け取った封筒の封を開け、中の便箋に目を通した。そこには、父の字でこう書かれていた。

「この手紙が開かれているということは、既に私はこの世にはいないだろう。17歳の誕生日おめでとう。村長から事情は聞いたか? 今まで内緒にしていてすまなかった。俺はただ、普通の父親としてお前達を育てたかっただけなんだ。これから言うことは、俺のただの我儘だから聞き流してくれてもいい。村長から、矛と盾を見せてもらったか? あれはな、俺が魔王を倒したときに使用した装備た。矛は、どんな盾でも貫くことができる、『最強の矛』だ。盾は、どんな矛でも貫くことができない『最強の盾』だ。この二つのおかげで魔王に打ち勝つことができた。この手紙を開いたときに、世の中がどうなっているかはわからんが、またいつ魔王のような悪の脅威が現れるかわからん。だから、この二つの装備だけは、お前たちのどちらかに託したい。どちらが、両方持つのに相応しいかどうかは、お互いの強さを示して決めろ。ただし、俺から一つ条件がある。『矛』と『盾』を、お前たちに一つずつ託す。お前たちは、その一つを極めたうえで、お互いの強さを示してみろ。それから、俺からどちらに何を託すか決めさせてもらうぞ。まず、スクードお前には『盾』を託す。そして、アルマお前には『矛』を託す。なぜ、自分がその装備を託されたのかは、自分で考えろよ。長くなってしまったが、以上だ。兄弟仲良く暮らすんだぞ」

 手紙を朗読し終わった僕は、何がなんだかわからなかった。兄も混乱しているようで、眉間に皺を寄せて、難しい顔をしていた。

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