第8話「全員いるな」
『RETURNER ―帰還者たちは戻れない―』
第8話「全員いるな」
【帰還から二ヶ月 喫茶店「灯」 佐々木千鶴】
「いらっしゃい」
七人がまとめて入ってきたとき、千鶴は最初、ただの若いお客さんが来たのだと思った。
けれど、先頭の朔が扉を開けた瞬間、店内を見回したのを見て、少し首をかしげた。出入口と、窓と、厨房の奥。一秒もかからない確認だった。
そのあと、七人は迷いなく席についた。朔は入口が見える奥の席。恒一は窓際。伊織は朔の斜め後ろ。澪は、全員の顔が見える真ん中。玲奈と琴音と莉子が、それぞれの間を埋める。
誰も相談していないのに、決まった並びだった。
「あなたたち、座り方が決まってるのね」
「え?」と莉子が振り向く。
「ううん、なんでもない」
千鶴はブレンドを七つ並べた。席についた朔の唇が、小さく動いたのが見えた。いち、に、さん……なな。人数を数えているようだった。
「奇跡の生還者って、テレビは言ってたけど」千鶴はサンドイッチの大皿を置いた。「うちの店では、お腹を空かせた若い子たちよ。ちゃんと食べなさい」
「いただきます!」と莉子が真っ先に手を伸ばす。
恒一が水の入ったグラスを持ち上げた。
「全員いるな」
七人は、当たり前のように頷いた。「いるな」と、誰かが小さく返す。
千鶴は、カップを拭く手を止めていた。不思議な乾杯だった。祝うのではなく、確かめているようだった。
【同じ夜 灯】
「聞いて聞いて、今日スーパーでね、冷凍餃子が六種類!」
「また?」と伊織。
「毎回言ってる」と恒一が苦笑する。
「日本を楽しんでるのは、莉子だけだね」と澪が笑った。
「そんなことないよ! ……でも、うん」
朔のカップを見て、澪がふと眉を寄せる。
「朔くん、ちゃんと寝てる?」
「寝てる」
「嘘。目の下」
「寝てないんでしょ。顔でわかる」と、伊織が椅子の背にもたれたまま言った。
朔が何か言い返そうとしたとき、伊織と目が合った。言葉はなかった。ただ、お互いに「分かってる」とだけ伝わる、短い目配せだった。
「朔くんは、頑張りすぎ」琴音がやさしく言う。
「俺がやることがあるだけだ」
「それが、頑張りすぎなんだよ」
琴音の微笑みに、朔は返事を探して、結局黙った。
その様子を、莉子が頬杖をついて眺めていた。玲奈は何も言わずにコーヒーを啜り、恒一が小声で「またか」と呟く。朔は、聞こえないふりをした。
「ひとつ、報告」
玲奈がスマホを取り出して、テーブルの中央に置いた。
「三枝透。認知科学の研究者から、面会の依頼が来てる」
空気が、一瞬だけ固まった。
「断れ」と朔が言った。
「断るほうが不自然。同じ業界だし」
「ばれたら?」と伊織。
「分からない、で通す」
「玲奈、大丈夫?」と澪が訊いた。
玲奈は少しだけ間を置いて答えた。
「大丈夫、とは言わない。でも、やる」
澪が、小さく目を見開いた。それから、困ったように笑った。
【帰り道】
夜の道を、澪と莉子は並んで歩いていた。
「澪ちゃん。日本、楽しい?」
「楽しいよ。楽しいけど……」
「たまに、ね」
「うん。たまに」
二人は、しばらく何も言わなかった。街灯が、二人の影をゆっくり伸ばしていった。
【深夜 高橋美咲】
「ただいま」
「おかえり。楽しかった?」
「ああ」
朔は笑っていた。その笑顔は、美咲の前で見せるものとは、少しだけ違っていた。どこが違うのか、美咲には言葉にできなかった。
「何、話したの?」
「近況」
「そっか」
美咲は笑ってお茶を淹れた。急須を持つ手が、ふと止まる。
近況。その一言で、七人の笑い声の輪郭が、遠くに見えた気がした。




