第5話「覚えていません」
『RETURNER ―帰還者たちは戻れない―』
第5話「覚えていません」
【14日目 23:10 通話】
七人のグループ通話に、七つの顔が並んだ。あの夜と同じ画面だった。ただ、誰も笑っていなかった。
『全員、無事でいいんだよな』と朔が言った。
『無事。ちょっとお腹すいたけど』と莉子。
『朔くんは? ちゃんと帰れた?』と澪が訊いた。
『ああ。……美咲がいた』
一瞬、通話の空気が揺れた。伊織が『……そっか』と短く言い、琴音は静かに目を伏せた。
『ねえ、朔』伊織の声が低くなる。『これ、どうすんの。警察とか、家族とか』
『言わない』朔は即答した。『覚えてない、で通す。この二週間のことは、何も』
『嘘つくの、嫌なんだけど』
『嘘じゃない。説明できないだけだ』と玲奈が言った。『分からない、でいい』
『それ、玲奈が言うんだ』と伊織が小さく笑った。
少し間があって、恒一がぽつりと言った。
『こうやって七人で話すの、何年ぶりだろうな』
通話が止まった。
『何年ぶりって……二週間前に、配信したばっかじゃん』と澪が言う。
『……そうだな』恒一は頭をかいた。『悪い、変なこと言った』
『……五年ぶり、でしょ』と玲奈が小さく呟いた。
『玲奈』と朔が短く制した。
『分かってる。ただの、独り言』
莉子が画面の向こうで、そっと目を伏せた。
【15日目 07:30 高橋美咲】
朝、台所に立つ美咲の背後で、足音がした。朔だった。一睡もしていないのが、顔を見ればわかる。
「おはよう。座ってて、すぐできるから」
味噌汁と、卵焼きと、焼いた鮭。朔の好きな朝食だった。
朔は箸を持つ前に、湯気をじっと見つめた。それから、ひと口。
「……うまい」
「泣くほど?」
「泣いてない」
そう言った朔の目は、確かに赤かった。美咲は笑った。笑いながら、ほっとしていた。戻ってきてくれた、と思った。
食べ終えた皿を流しへ運びながら、朔が窓の外と玄関の鍵を、一度ずつ確かめたことには、気づかないふりをした。
「ねえ、朔」
「ん?」
「ずっと、ここにいてくれる?」
「ああ」
即答だった。その返事が少しだけ早すぎる気がしたのは、きっと気のせいだった。
【15日目 10:20 病院】
「全員、健康です。むしろ、健康すぎる」
医師は検査結果を手に、高城に言った。
「ただ、筋肉量が全員、明らかに増えています。体脂肪はほとんどない。手のひらの皮も、厚い」
「二週間で、そうなりますか」
「なりません」医師は言い切って、すぐに足した。「少なくとも、私は見たことがない」
廊下の向こうで、莉子が母に抱きしめられていた。「ごめん、ごめんね」と繰り返す莉子の背中を、母は何も言わずにさすっている。恒一の姉は、弟の手を握ったまま、泣き笑いをしていた。
高城は黙って、その光景を見ていた。七人は確かに帰ってきた。それなのに、何かが帰ってきていない気がした。
【15日目 14:00 神崎伊織】
「覚えていることを、話してください」
取調室の机の向こうで、高城が静かに言った。
「気づいたら、自分の部屋に立ってました。それまでのことは、ほとんど」
伊織は腕を組んだまま答えた。そのとき、机の端に置かれたペンが、風もないのに転がった。
床に落ちる前に、伊織の手が掴んでいた。
目で追ったのではない。落ちる前から、手が動いていた。伊織自身が、その手を見て固まる。
「……反射神経は、いいほうなんで」
「そうですか」
「ゲーマーなんで」
高城は何も言わず、ペンを受け取った。
【15日目 夜 世間】
『七人、無事帰還』。ニュースの見出しは、一日で世界を塗りかえた。
天音リナは、配信の画面の前で何度も言葉に詰まった。
「……おかえり。おかえり、みんな」
コメント欄には『よかった』が流れる。そのあいだに、少しずつ別の言葉が混じり始めていた。
『本当に記憶ないの?』
『二週間、どこにいたんだろう』
【15日目 23:30 高城誠司】
高城は、手帳に三行だけ書いた。
・七人とも、手のひらが硬い
・全員、部屋に入るとまず出口を見る
・供述が、驚くほど似ている
「気づいたら部屋にいた。二週間の記憶はない」。別々に聴いたはずなのに、言い回しまで揃っている。
打ち合わせる時間はあったのか。七人は別々の部屋に戻って、すぐに家族と警察に囲まれたはずだ。
「……いや。あったな。通話が」
通話履歴を取り寄せる、と書き足して、高城はペンを置いた。
本当に引っかかっていたのは、別のことだった。
七人は嘘をついている。それなのに、後ろめたそうに見えなかった。
むしろ、長いあいだ、誰にも言えないものを抱えてきた人間の目をしていた。
二週間で身につく目では、なかった。




