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RETURNER ―帰還者たちは戻れない―  作者: れのん
第1章
35/57

第35話「最後の配信」

『RETURNER ―帰還者たちは戻れない―』


第35話「最後の配信」


【三年目の秋 夕方 山のキャンプ場】


七人が、自分の足で、同じ場所に集まった。


秋の山は、あの夜と同じように、冷たい空気と、落ち葉の匂いがした。恒一が、焚き火を起こす。莉子が、大きな籠を下ろす。


「パン、焼いてきたよ。店長の厨房で。七人分と、航くんの分」


「航の分?」と伊織。


「渡してきた。さっき」


莉子は、少し赤い目で、笑った。


七つの荷が、焚き火のそばに並んだ。


大きさは、ばらばらだった。恒一の荷が一番大きく、伊織の荷が一番小さかった。琴音の荷は、伊織のより、少しだけ大きかった。


恒一が、一つずつ、背負い紐を確かめていった。肩に当たる幅。腰で留める位置。結び目の向き。澪の荷の紐を締め直し、玲奈の荷の底を叩いて、中の重さの偏りを確かめる。


伊織の荷の前で、恒一は手を止めた。紐を一度引いて、離した。


「お前のは、もういい」


「知ってる」


莉子が、籠からパンを取り出した。布で包み直して、自分の荷に移していく。籠には、いくつか、残った。


「籠は、持ってかないの?」と琴音が訊いた。


「うん。……置いてく」


莉子は、それ以上、言わなかった。


最後に、朔が、一人ずつの前に立った。荷。上着。靴。ポケット。手で触れて、確かめる。確かめられた者から、一人ずつ、頷いた。


「……多いな」と朔は言った。「前と比べたら」


「前は、何もなかったから」と玲奈が言った。


「それでも、足りない物は出る」と恒一。


「出たら、向こうで考える」


朔は、そう言って、最後に自分の荷の紐を締めた。


七つの椅子が、焚き火を囲んで並んだ。朔は、山道が見える位置。恒一は、火の前。灯の席順と同じだった。


玲奈が、足元に、小さな計測器を置いた。針は、静かだった。


「準備、できた」


「ああ」と朔が頷いた。


カメラは、三脚に据えられている。画面の向こうで、あの夜と同じ、七つの顔が、ひとつの枠に収まる。


【21:00 配信】


「はいどーもー、ノイズです!」


朔が、いつもの声で、カメラに向かって言った。コメント欄が、一気に流れる。


『始まった!』『最後?』『活動休止って本当?』『行かないで』


事前の告知で、視聴者は、数万人に達していた。普段の何十倍だった。


「長い、旅に出ます」朔は、間を置いて続けた。「しばらく、戻れません。……今日は、その、報告と、お礼と、あと、少しだけ、おしゃべりを」


七人は、いつも通りに、交互に画面に向かって話した。ゲームの話。莉子のパンの話。恒一の山の話。ただ、話の切れ目が、いつもより、長かった。


「最近、ちゃんと寝てる? あたしは寝てるよ。みんなも寝な」と伊織。


「無理しないでね。……大丈夫じゃないときは、大丈夫じゃないって、言っていいから」と澪。


「分からないことは、分からないままでも、いいと思う」と玲奈。「……急に何、って顔しないで」


「ご飯は、ちゃんと食べてね」と莉子。


「新曲は、概要欄。聴いてね」と琴音。


「自分のことは、自分で決めろよ」と恒一。「……って、俺が言うことでもないか」


『今日ほんとに最後なの?』『なんかみんな変じゃない?』『ノイズ、無理してない?』『これ活動休止じゃなくて引退なの?』


朔は、コメント欄を一度だけ見て、すぐに、カメラへ視線を戻した。


「背負いすぎないでください。……って、まあ、いつも通りですけど」


コメント欄が、あたたかい言葉で、埋まっていった。


『ありがとう』『いってらっしゃい』『待ってる』


【21:30 見ている人たち】


河原で、航は、スマホを握りしめていた。莉子のパンを、半分だけ食べて、涙を拭った。一度は、画面を伏せた。見ていられなかった。けれど、三十秒後には、また起こした。最後まで見ると、決めていた。


自分の部屋で、美咲は、画面を見つめていた。唇だけが、「いってらっしゃい」と動いた。声には、ならなかった。


真帆は、澪の空の部屋で、観葉植物に水をやりながら、配信を見ていた。


雅人は、研究室の机で、玲奈の付箋を、指でなぞっていた。


神谷は、スタジオで、琴音の歌を流していた。


蓮は、居酒屋のカウンターで、静かにジョッキを傾けた。


千鶴は、灯のカウンターで、七つのカップを、きれいに洗っていた。


三枝は、研究室の窓際で、画面を見つめていた。


リナは、自分の部屋で、七人の枠に、最初のコメントを打った。


『いってらっしゃい。ずっと、見てる』


高城は、署の屋上で、手帳を開いていた。『21:47』。


【21:46】


焚き火の火が、ぱち、と鳴った。


足元の計測器の針が、ゆっくりと、動きはじめた。


ざー、と、音が鳴った。


低くて細い、遠い波のような音。それは、止まらなかった。山の木々が、風もないのに、ざわめく。


コメント欄が、一瞬で、同じ記号で埋まった。


◇◇◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇◇◇


『なんだこれ』『あの夜と、同じ』『バグ?』


「玲奈」


「……条件は、たぶん、全部、揃ってる」


玲奈の声が、静かに響いた。


七人は、立ち上がった。足元の荷を、それぞれ背負い直す。焚き火を挟んで、互いの顔を、順番に見る。


朔が、小さく息を吸った。


「……全員、いるな」


七人は、頷いた。


「いる」


「いるよ」


「いる」


画面の右下の時刻が、動いた。


21:47。

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