第3話「二週間の針」
『RETURNER ―帰還者たちは戻れない―』
第3話「二週間の針」
【5日目 熱】
七人の顔写真が、駅の掲示板にも、コンビニのレジ横にも貼られていた。
『情報をお寄せください』。蓮は伊織のマンションの前で、ビラの束を抱えて立っていた。通りすがりの女性が足を止め、受け取りながら言う。
「配信、見てました。……早く見つかるといいですね」
蓮は頭を下げた。礼を言うのが、少しだけ上手くなっていた。
ニュースは連日、七人の名前を呼んでいる。アーカイブの再生数は、すでに数百万を超えていた。みんなが七人を見ていた。それでも、誰ひとり、帰ってこない。
【7日目 合同の呼びかけ】
公民館の会議室に、七つの家族が並んでいた。
「朔は、何でも自分で背負う子でした」と、朔の母が小さな声で言った。「どこかで、また誰かの分まで背負って、動けなくなっていないかと」
莉子の母は、航から預かった唐揚げの容器を膝に載せて、黙って頷いていた。恒一の姉は、山の地図を握りしめている。誰もが、少しずつ痩せていた。
会見のあと、廊下で一人の女性が美咲に声をかけた。
「高橋美咲さん、ですよね。澪の友人の、桐谷真帆です」
二人は並んで、窓際のベンチに座った。
「眠れてますか」
「あまり。……真帆さんは」
「私も。待つのって、自分がどんどん減っていくんですよね」
美咲は少し笑った。やっと、同じ言葉を持つ人に会えた気がした。
「ひとつ、訊いていいですか」と真帆が言う。「戻ってきたら、元通りになると思ってます?」
美咲は窓の外を見た。答えるまでに、長い時間がかかった。
「……思わないと、立ってられないです」
真帆は何も言わず、美咲の隣で、同じ窓を見ていた。
【10日目 噂】
『もう生きてない』『炎上商法に決まってる』『七人で示し合わせた詐欺』。
掲示板には、そんな言葉が並び始めていた。週刊誌の見出しは、遠慮を忘れつつある。事務所もスポンサーもない七人は、反論する手段を持たなかった。
その夜、天音リナは配信を開いた。
「七人は生きてるって、私は言い続けるよ」
コメント欄に、すぐ反論が流れた。『根拠は?』『綺麗事』。リナは画面を見つめたまま、一度だけ、息を吸った。
「根拠はない。でも、死んだって言える根拠もないでしょ。待つ人が待ってるうちは、勝手に終わらせないで」
コメント欄が、静かになった。
【12日目 喫茶店「灯」】
「いらっしゃい。……あら、美咲ちゃん。久しぶり」
喫茶店「灯」の店主、佐々木千鶴は、カウンターの端の席を指さした。朔と二人で、何度か座った席だった。
「ブレンドでいい?」
「……はい」
美咲はコーヒーを前に、何も言えなくなった。千鶴は黙ってカップを洗いながら、ぽつりと言う。
「あの子、いつも砂糖まで自分で入れようとするのよね。『俺がやる』って」
美咲の肩が、小さく震えた。
「私、待ってるのに、苦しいんです」声が割れた。「苦しいって言ったら、朔を待ってない人みたいで……」
「待つ人だって、普通の人間よ」千鶴は手を拭いて、真っ直ぐに言った。「苦しくて当たり前。それは、愛してないってことじゃない」
美咲は初めて、声を出して泣いた。千鶴は何も言わず、新しいおしぼりを置いただけだった。
【13日目 高城誠司】
「捜査本部の縮小が決まった」
上司の言葉に、高城は黙って頷いた。七人の足取りは、今も一歩も掴めていない。
「納得してないな」
「納得はしてません。ただ、明日で二週間です」
高城は壁のカレンダーを見た。丸をつけた日付が、七人の消えた夜から、ちょうど十三個並んでいる。
何かが、起こる気がしていた。根拠はない。刑事の勘と呼ぶには、あまりに心許ない。それでも、高城は一枚の紙に、時刻だけを書き留めた。
『21:47』
【14日目 21:40】
その夜、七つの部屋では、それぞれ違う時間が流れていた。
朔の部屋で、美咲は二人分の夕食を並べ終えていた。毎晩、この時刻に同じことをしている。今日は、どこか箸が重かった。
澪の部屋では、真帆が観葉植物に水をやっていた。合鍵を預かってから、毎晩ここへ来て、電気をつけるのが日課になっていた。誰もいない部屋に灯りがともるだけで、少しだけ、息ができた。
音楽スタジオの練習室で、神谷は琴音のキーボードの電源を入れた。鳴らさないまま、鍵盤の上に手を置く。終わったら連絡する、という言葉を、今夜も彼は待っていた。
伊織の部屋には、誰もいなかった。画面が暗くなったゲーム機の赤いランプだけが、静かに点滅している。
玲奈の部屋の机には、読みかけの論文が開いたまま。ページの端が、少しだけ反っていた。
莉子のキッチンは、換気扇の音も止まっていた。冷蔵庫のモーターだけが、低く鳴っている。
山のキャンプ場では、虫の声が途切れなかった。冷えた焚き火の跡と、折りたたみ椅子と、テントのファスナー。
午後九時四十六分。
七つの部屋の時計が、同じ秒針を刻んでいた。




