第2話「待つ人たち」
『RETURNER ―帰還者たちは戻れない―』
第2話「待つ人たち」
【1日目 22:40 高城誠司】
高城誠司が朔の部屋に入ったとき、モニターはまだ点いていた。画面の中で、七つの配信が無人の部屋を映し続けている。
回転椅子がゆっくり揺れている。机の上には、冷めかけたマグカップ。スマホも、財布も、鍵もない。ヘッドセットだけが、コードを引きずって椅子の肘掛けに残っていた。
無線が入る。
「こちら神崎伊織の部屋。ゲーム機は点いたまま、本人は不在。施錠は内側からです」
「こちら小鳥遊莉子宅。コンロにかかった鍋が焦げて、近隣の通報で消防が火を止めました。部屋に人は」
「こちら山のキャンプ場。焚き火が燃えたままです。テントの中も、荷物はそのまま」
七か所すべて、人だけがいない。争った跡も、出入りした記録も、ない。
「七人が同時に、持ち物ごと、出入口を通らずにいなくなった」高城は低く言った。「……事実は、それだけだ」
【1日目 23:15 高橋美咲】
息を切らして駆けつけた美咲を、高城が玄関で止めた。
「朝倉朔さんの、ご家族ですか」
「婚約者です。高橋美咲といいます」
美咲は背筋を伸ばして答えた。手は震えているのに、声は少しも震えていない。高城は、その二つを同時に見た。
「最後に話されたのは」
「八時五十二分、電話で。配信が終わったらそっち帰るよ、って。私は、待ってるって言いました」
「そのときの様子は」
「いつも通りでした。ただ、ざーって、ノイズが乗ってて。朔は通信かルーターだろうって」
高城は部屋の隅のルーターを見た。ランプは、正常に光っている。
「今夜は、ご自宅にお戻りになったほうがいい」
「ここで待ちます」美咲は部屋を見回した。「朔が戻るなら、いなくなった、この部屋のはずだから」
【2日目 待つ人たち】
水城澪の部屋。
「澪、前から疲れてたのかな。……俺、気づけなかった」
台所で立ち尽くす彼に、真帆は首を振る。
「気づいてたのは私。それなのに、言わせてあげられなかった」
テーブルの上では、澪のノートPCが開いたままになっていた。通知欄には、未読の『大丈夫?』ばかりが百二十件も並んでいる。
神崎伊織のマンションの前。
蓮は、既読のつかないトーク画面を見ていた。『見る』の下は空白のまま。打っては消して、結局、一行だけ送る。
『帰ってこい』
研究室。
玲奈のデスクに、付箋が一枚残っていた。『不明=まだ分かっていない』。雅人はそれを剥がさずに、自分のモニターの縁に貼りなおした。
カフェ。
「莉子ちゃんのシフト、誰も代われなくて。常連さんが毎日訊くのよ。『今日はいないの?』って」
店長の言葉に、航はカウンターで黙って頷いた。ポケットには、空になった唐揚げの容器が入っている。洗って返そうと思ったまま、返す相手がいなかった。
音楽スタジオ。
『黒瀬琴音 出演見合わせのお知らせ』。告知を出し終えた神谷は、練習室のドアの前から動けなかった。
終わったら連絡する、と彼女は言った。連絡は、まだ来ない。
山のキャンプ場。
「足跡が、テントから焚き火までは続いてる」と、捜索隊の隊員が言った。「でも、その先がないんです。どこにも」
焚き火の灰は、もう冷えていた。折りたたみ椅子だけが、誰かを待つように立っている。
【3日目 ネット】
『七人配信失踪』は、朝にはトレンド入りしていた。七つのアーカイブの再生数は一晩で桁がひとつ増え、コメント欄は考察で埋まった。
『演出でしょ』『本人たちの投稿、あの夜から止まってる』『最後の◇、七つで七人じゃない?』『でも初コラボって言ってたよ。わざわざ消えるために企画する?』
人気配信者の天音リナは、自分の枠で静かに言った。
「私もリアタイで見てた。あの笑い声、演技じゃなかったよ。絶対」
そう言って、リナは口を結んだ。コメント欄が少しだけ静かになった。
【3日目 22:00 高橋美咲】
朔の部屋に、美咲は二人分の夕食を並べていた。三日続けて、同じことをしている。
「……そっち帰るよ、って言ったのに」
箸を置く。返事のかわりに、冷蔵庫のモーターが低く鳴った。
【3日目 23:30 高城誠司】
捜査会議のあと、高城はひとりで会議室に残っていた。
七人に届いていたDMは、七人分すべて同じ文面だった。送信元のアカウントは、運営に照会しても「該当なし」。
「七人を集めた誰かがいる」高城は呟く。「そして七人は、七つの部屋から、出ていない」
七つのアーカイブを、消失の瞬間に合わせて同時に再生する。画面が乱れる、その直前。コマ送りにして、高城は手を止めた。
別々の部屋にいるはずの七人が、同じ一瞬に、同じ仕草で顔を上げていた。
画面ではなく、カメラの外の、何もない空間を。
高城は、七つの画面に顔を近づけた。
「……何を、見た?」




