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RETURNER ―帰還者たちは戻れない―  作者: れのん
第1章
28/57

第28話「閉めた門」

『RETURNER ―帰還者たちは戻れない―』


第28話「閉めた門」


【帰還から二年二ヶ月 朝倉朔】


「課長、会議の資料、できました」


「ありがとう。確認する」


朔は、後輩から資料を受け取りながら、画面の隅に目をやった。伊織からの一行が、まだ未読のまま残っている。


『あんたも、言いな』


返信は、していなかった。仕事中は、平気な顔をしていられる。部下の前でも、冷静に指示を出せる。それが、一番、楽だった。


夜、帰宅して、玄関の鍵を閉めた。朔は、そのまま、動けなかった。


雨の音が、耳の奥で、また聞こえた。


【週末 山のキャンプ場】


「来ると思った」


焚き火の前で、恒一は、枝で火をつついていた。朔は、無言で隣に腰を下ろす。


しばらく、二人とも、何も話さなかった。ぱち、と火が鳴る。夜の山は、冷えていた。


「……伊織が、言ったんだ」と朔が口を開いた。


「何を」


「怖かった、って」


「そうか」


恒一は、驚かなかった。


「あいつ、やっと言えたか」


「ああ」


「お前は」


朔は、答えなかった。握った拳が、膝の上で、白くなっていた。


「……閉めたんだ」


「ああ」


「あの門を。俺が、閉めろって言った」


恒一は、黙って、火を見ていた。


「閉めなきゃいけなかった。……それだけは、体が覚えてる。何がどうなってたのかは、もう、はっきり思い出せない」


「ああ」


「でも」


朔の声が、掠れた。


「門の向こうで、声が、続いてたんだ。最後まで」


目を閉じると、雨が降っていた。重い音が、門に響いた。そのあとの、あの静けさ。誰も、何も言わなかった。伊織の横顔。澪の赤い目。それから、琴音が、小さく、歌いはじめた。誰かのための、静かな歌だった。


「……怖かった」


朔は、はっきりと、口にした。


「みんなを、失うのが。それ以上に、あのとき、自分が、決めたことが。……怖かった」


火が、ぱちぱちと、音を立てた。


恒一は、何も言わなかった。それから、枝を、静かに火にくべた。


「それは、選んだ人間にしか、言えない言葉だ」


「……」


「俺も、あの場にいた。お前が、閉めろって言ったとき、止めなかった。止められなかった」


恒一は、朔の顔を見た。


「閉めたお前を、責める気はない。……でも、あの声は、俺にも聞こえてた。今でも、夢に出る。お前だけの夢じゃない」


「……」


「だから、半分は、俺のものだ。一人で、背負うな」


「恒一」


「分け合え。そのために、七人で、行ったんだろ」


朔は、答えられなかった。握った拳を、ようやく、ほどいた。掌に、爪の跡が残っていた。恒一は、何も言わずに、朔の背中を、一度だけ、叩いた。


【夜更け】


「もし、戻れたら」


やがて、朔が言った。


「あの門を、もう一度、見に行きたい」


「……ああ」


「謝れるか、分からない。許されるとも、思ってない」


「それでも」


「それでも、置いてきたまま、終わらせたくない」


恒一は、静かに頷いた。


「それが、お前の証だな」


「……そうかもしれない」


朔は、夜空を見上げた。星が、びっしりと、天を埋めていた。


置いてきたものに、会いに行く。その理由が、初めて、はっきりと、胸に形を取った。


【帰り道】


駅へ向かう途中、朔はスマホを取り出した。伊織への、未読の通知を開く。


『あんたも、言いな』


少し迷ってから、返信を打った。


『怖かった。言えたよ』


既読が、ついた。


『知ってる』


『偉い』


朔は、画面を見て、笑おうとした。うまく、いかなかった。言えたからといって、怖さが消えたわけではなかった。夜道の風は、冷たいままだった。

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