第24話「証は、測れない」
『RETURNER ―帰還者たちは戻れない―』
第24話「証は、測れない」
【帰還から一年九ヶ月 通話】
七つの画面が並んだ。それぞれの手元に、あの夜の引き出しから取り出した品が、置かれている。
『まず、試す』
玲奈が、小さな計測器をカメラに向けた。
『二つ目の条件。それぞれが、向こうで生きた証を持つこと。その「証」が、何なのか、確かめたい』
朔は、擦り切れた革の手袋を、画面の前にかざした。玲奈が、計測器を近づける。針は、微動だにしなかった。
『……無反応』
『次』
澪の薬瓶。伊織の髪飾り。莉子のレシピ帳。琴音の譜面。恒一の牙の欠片。玲奈は、自分のノートにも、針を当てた。
どれも、針は、ぴくりとも動かなかった。
『……つまり』と伊織が言う。『物は、証じゃない』
『うん』玲奈は、静かに頷いた。『単なる魔法の道具でも、思い出の品でもない。測れるものじゃない』
『じゃあ、何だよ』と恒一。
『本人にとって、「この五年間は、本当にあった」って、証明できるもの。たぶん、そういうもの』
通話が、静まった。
【証の答え】
『……私は』澪が、ゆっくり口を開いた。『人を治したときの、手の温度かな』
『手の温度』
『うん。あのとき、確かにそこにいたって、思える』
『あたしは』伊織は、顔をそらして言った。『守れた人の、笑顔』
『わたしは』莉子の声が、少し揺れた。『みんなで食べた、あのスープの味』
『私は、歌』と琴音。
『俺は』恒一は、牙の欠片を握りしめた。『セリナの、名前だ。……物じゃなくて、な』
『私は』玲奈は、ノートに目を落とした。『分からないを、分からないまま、受け入れた日』
それぞれの答えが、静かに、画面を行き交う。そのなかで、朔だけが、黙っていた。
『……朔』
『……すまん。まだ、出てこない』
誰も、責めなかった。ただ、七つの画面の向こうで、六人が、朔を見ていた。
『……さっさと見つけてよね』と伊織が、ぼそりと言った。『待たされるの、嫌いなんだ』
冗談の声だった。けれど、その目は、笑っていなかった。朔は、「ああ」としか返せなかった。
【その夜 神崎伊織と白川玲奈】
通話が終わったあと、伊織は玲奈に、個別のメッセージを送った。
『ちょっと、いい?』
『何』
『あたしの配信に、毎回来る人がいるんだけど』
伊織は、画面のスクリーンショットを送った。無地のアイコン。名前は、普通の文字列。『ピノ、ずっと見てるよ』。
『これ、前の大会のときにも、いた気がして』
『……無地のアイコン』玲奈が、すぐに返した。『私も、見たことある。同時配信のとき』
『偶然かな』
『調べてみる』
数日後、玲奈からメッセージが届いた。
『同じアイコンのアカウントを、他の配信者の枠でも、いくつか見つけた。人気のある人の枠、ない人の枠。どこにでも、いる』
『ただの常連、ってこと?』
『分からない』
玲奈の文字は、いつもより、少しだけ、短かった。
『どこにでもいる人は、どこにもいないのと、同じかもしれない』
伊織は、画面を見つめて、スマホを伏せた。
【夜 朝倉朔】
朔は、ひとり、部屋の明かりを落とした。
引き出しから、革の手袋を取り出す。擦り切れた指先。ごわついた手のひら。握ると、ほんの少しだけ、何かの匂いがした。
何かを、思い出そうとした。何を。
流されてきた、と思った。五年間、求められるまま、動いてきた。誰かの背中を押し、誰かの前に立ち、誰かの望みに、応えてきた。
「……俺が、選んだものって」
呟いて、朔は、手袋を握りしめた。
浮かんだのは、いくつかの顔だった。仲間。三人。向こうで出会った、名前のある誰か。
でも、それは、誰かに求められたからなのか、自分が選んだからなのか。
朔には、まだ、分からなかった。
窓の外で、夜風が、カーテンを揺らしていた。




