第22話「七人で、一度だけ」
『RETURNER ―帰還者たちは戻れない―』
第22話「七人で、一度だけ」
【帰還から一年六ヶ月 山のキャンプ場】
七人が、同じ場所に立つのは、半年ぶりだった。
春の終わりの山は、夜になると、まだ冷えた。湿った土と、若い葉の匂いがした。恒一が、焚き火を起こす。火の粉が、夕暮れの空へ、細く立ちのぼった。
七人は、自然と、あの灯の並びで円を作った。朔は、一番、山道が見える位置。恒一は、火の前。
「来てくれて、ありがとな」
恒一は、枝で火をつつきながら言った。
「話したいことがある。それだけって言ったけど、本当は、少し長い」
「聞くよ」と朔が言った。
恒一は、ポケットから革紐を取り出した。小さな牙の欠片が、炎の色を映す。
「俺には、待たせてる奴がいる」
誰も、口を挟まなかった。
「狼みたいな女だ。口は悪い。喧嘩っ早い。でも、一度認めたやつは、絶対に見捨てない」
恒一の声が、少しだけ、やわらかくなった。
「セリナって、言うんだ」
火が、ぱち、と鳴った。
「俺は、戻る。お前らに、来いとは言わない。ただ」
恒一は、七人の顔を、ゆっくりと見渡した。
「行くなら、全員で、だ。一人でも欠けたら、俺は行けない。そういう決まりなんだろ」
来いとは言わない。そう言った口で、全員で、と言う。朔には、それが頼みではなく、条件に聞こえた。恒一を責める気にはなれなかった。ただ、胸の奥に、小さく引っかかった。
琴音は、何も言わなかった。笑っているように見えて、膝の上の指だけが、白かった。
「……恒一くん、ひどい」
莉子の声が、震えていた。
「そんな言い方したら、断れないじゃん」
「だから、言いたくなかった」恒一は、苦しそうに笑った。「でも、嘘はつきたくなかった」
しばらく、沈黙が続いた。それを破ったのは、伊織だった。
「断れないのは、朔の専売特許でしょ」
「……おい」
「事実じゃん」
誰かが、吹き出した。澪が、くすくすと笑う。琴音も、口元を押さえた。緊張が、ふっとほどけた。
【計測】
「玲奈」と朔が呼んだ。
「うん。測ってる」
玲奈の足元で、小さな計測器が、淡く光っていた。最初は、静かだった針が、ゆっくりと、揺れはじめる。
ざー、と音がした。
低くて細い、遠い波のような音。今度は、三秒では終わらなかった。五秒、十秒。山の木々が、風もないのに、ざわめく。
七人が、同時に顔を上げた。
焚き火の上の、何もない空間を、全員が見ていた。
「……玲奈」
「条件1は、合ってる」玲奈は、計測器から目を離さずに言った。「七人が同じ場所に集まると、反応が、前より強い」
朔は、立ち上がった。
「今夜は、ここまでにしよう」
「でも」と伊織。
「少しでも変なら、全員、切る。そう決めた」
朔の声は、静かだった。それでも、有無を言わせなかった。
七人が、順番に立ち上がる。焚き火から離れる。ノイズが、少しずつ、遠のいていった。
針が、ゆっくりと、元の位置に戻った。
誰かが、長い息を吐いた。
【夜更け 莉子と恒一】
みんなが寝袋に入ったあと、莉子は、焚き火の前に一人で座っていた。恒一が、隣に腰を下ろす。
「眠れないか」
「……うん」
莉子は、膝を抱えた。
「私、行きたくない」
「そうか」
「でも、みんなが行くなら、って思う自分も、いて」
恒一は、枝を一本、火にくべた。
「それは、選んでないな」
「え」
「選ぶってのはな、『行かない』って言えることだ」
莉子は、顔を上げた。
「……行かない、って、言っていいの」
「言っていい。でも、その代わり」恒一は、少しだけ、笑った。「俺たちは、お前を置いていけない。……だから、ちゃんと考えてくれ」
「ずるい」
「分かってる」
莉子は、小さく笑って、膝に顔をうずめた。星空の下で、火が、ぱちぱちと音を立てていた。




