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RETURNER ―帰還者たちは戻れない―  作者: れのん
第1章
20/57

第20話「日本では、ダメ」

『RETURNER ―帰還者たちは戻れない―』


第20話「日本では、ダメ」


【帰還から一年四ヶ月 玲奈の報告】


七つの画面が、通話に並んだ。


『報告します』と玲奈が言った。『ふざけて聞かないで。真面目な話』


玲奈は、ノートを広げて、ひとつずつ読み上げた。


『時間のずれは、紐の両端みたいなものかもしれない。私たちは、何かに繋がれていたから、戻ってこられた。……繋がっていた先は、まだ分からない』


『それで?』と伊織。


『戻るための条件の仮説は、三つ。七人が同じ場所に集まること。それぞれが、向こうで生きた証を持つこと。全員が、自分の意思で選ぶこと』


誰も、声を出さなかった。


『期限は、決めない』玲奈は続けた。『ただ、答えが出たら、全員に伝えて。一人だけ決めても、成立しないと思う』


『……各自、考える時間が要るな』と朔が言った。


『うん』


莉子だけが、画面の端で、俯いていた。


【数日後 小鳥遊莉子】


休日の昼下がり、莉子は航と、河原の公園を歩いていた。


「莉子、今日、あんまり食べなかったね」


「そう?」


「うん。いつもなら、おかわりするのに」


莉子は、笑ってごまかした。航は、少しだけ、足を止めた。


「何か、隠してる?」


莉子は、息を止めた。航の目は、まっすぐだった。心配しているだけの目だった。


「……うん」


「そっか」


「でも、まだ、言えない」


「分かった」


航は、すぐに頷いた。


「待つよ。……いや、違うな。待つって言うと、重いか」


「ううん」莉子は首を振った。「嬉しい。でも、待たなくていいって、言いたくなくて」


「……莉子」


「ごめんね。ちゃんと、考えるから」


航は、莉子の手を、そっと握った。あたたかかった。一瞬だけ、その力が強くなった。待つと言った人の、指だった。莉子は、その手を握り返した。それだけで、胸のどこかが、きしんだ。


こんなにも、日本を好きなのに。


【その夜 神崎伊織】


伊織は、悲鳴を飲み込んで、跳ね起きた。


暗い部屋。汗で張りついたシャツ。呼吸が、浅い。


夢の中で、何かが追いかけてきていた。大きな影。血の匂い。仲間の名前を叫んでいた気がする。


伊織は、枕元のスマホを掴んだ。指が、勝手に、ひとつの名前を押していた。


『……もしもし』


朔の声が、眠そうに答えた。


「……起きてる?」


『ああ』


「……何でもない」


伊織は、膝を抱えた。喉の奥が、熱かった。


「声、聞きたかっただけ」


『そうか』


朔は、それ以上、何も訊かなかった。通話を切らずに、受話器の向こうで、静かに息をしていた。


「……ありがと」


『ああ』


伊織は、小さく目を閉じた。怖かった、という言葉が、喉まで上がってきて、また下りていった。


【数日後 朝倉朔の部屋】


「肉じゃが、作ってきたよ」


澪が、タッパーを提げて玄関に立っていた。朔は、ドアを押さえたまま、少しだけ迷った。


「……上がるか」


「ううん。ここでいい」


澪は、玄関のたたきから、一歩も上がらなかった。


「日本だと、ダメだよね。こういうの」


「……ああ」


「だから、ここまで」


澪は、微笑んだ。ほんの少しだけ、無理のある笑い方だった。それが、彼女なりの線引きだと分かった。自分に言い聞かせるための線でもあることも。


「他の二人とも、話したの。日本にいるあいだは、ちゃんと、線を引こうって」


「……そうか」


「でも、気持ちは、変わらないよ」


澪は、タッパーを差し出した。朔は、両手で受け取った。まだ、温かかった。


「ありがとう」


「うん。……また、ね」


澪が帰ったあと、朔はひとり、台所で肉じゃがを温めなおした。口に運ぶと、味が染みていた。


美咲のことを、ふと思い出した。それから、三人の顔が浮かんだ。


日本では、ダメだ。誰かを傷つけて、誰かを待たせて、結局、全員が苦しくなる。


ずっと、そうだったのかもしれない。


「……向こうなら」


言いかけて、朔は、箸を置いた。台所の窓の外に、夜の街の明かりが、静かに広がっていた。

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