第19話「断れない」
『RETURNER ―帰還者たちは戻れない―』
第19話「断れない」
【帰還から一年三ヶ月 日曜の午後】
朔は、三人に、同じ返信を送った。
『分かった。明日、うちで』
送ったあとで、気づいた。時間を、決めていなかった。
「……やった」
案の定、日曜の午後三時、玄関のチャイムが、立て続けに鳴った。
「はーい」
ドアを開けると、澪と伊織と琴音が、ちょうど三人並んで立っていた。
三人は、互いの顔を見て、固まった。
「……やっぱり」と澪が言った。
「だと思った」と伊織。
「みんな、同じこと考えてたのね」と琴音が笑う。
「正直、あたしが一番先に来るつもりだった」と伊織がむくれる。
「私だよ」と澪。
「……どっちも、私」と琴音が、少しだけ声を落とした。
三人の間を、小さな火花が、ぱちりと走った。
朔は、その場に立ち尽くした。
【ワンルーム】
四人で座ると、ワンルームは、思ったより狭かった。
「まず、言っておくね」と澪が口を開いた。「彼とは、別れた。朔くんのためじゃない。私が、そうしたかったから」
「あたしも」伊織が腕を組んだまま続ける。「蓮に、ちゃんと言った。戻れないって」
「私も、神谷さんに」琴音が、静かに頷く。「全部、自分で決めたことだよ」
三人は、順番に朔を見た。
「それで」と、伊織が言う。「あたしら、あんたに責任取れとか、そういうことは言わない」
「でも」と澪。
「黙って、離れるのは、もう嫌なの」と琴音が言葉を継いだ。
朔は、しばらく黙っていた。
「……美咲と別れて、まだ、数ヶ月だ」
「知ってる」と澪が静かに言った。「美咲さんのこと、私たち全員、軽く扱ってない」
「そうだな」
「でも、だからって、気持ちを止められるわけじゃない」と伊織。
朔は、ゆっくりと息を吐いた。
「……俺は、そんな立派な人間じゃない」
「何それ」
「向こうでも、結局、拒めなかった。来るものは、全部」
三人は、一瞬だけ、黙った。それから、揃って、吹き出した。
「知ってる」
「知ってるよ、それは」
「うん。ずっと、知ってた」
朔は、顔をしかめた。
「笑うところじゃない」
「だって、事実でしょ」と伊織が笑う。「あんた、ほんと、来る者拒めないよね」
「……ああ」
「優しいんだよ」と澪が言った。
「ずるいの、間違いでしょ」
「どっちも」と琴音が、穏やかに結んだ。
朔は、天井を見上げた。笑われているのに、少しだけ、救われた気がした。
【同じ午後】
「……責任は、取る」
朔は、膝の上で拳を握って言った。
「ただ、今は、答えが出せない。誰かを選べるほど、自分のことが、分かってない」
「分かった」と澪が頷いた。
「待つの?」と伊織。
「待つよ」澪が答えた。「でも、待たされるだけは、嫌」
「ちゃんと、向き合って」と琴音が言った。「それだけ、約束して」
朔は、頷いた。
「それと、もうひとつ」と伊織が付け足す。「あたしらは、あんたに『選んで』って言ってるわけじゃない。あんた自身が、何を選ぶのかを、決めてほしいだけ」
その言葉が、恒一の言葉と、重なった。
背負うな。選べ。
「……分かった」
三人は、顔を見合わせて、少しだけ、安心したように笑った。
【夕方】
三人が帰ったあとの部屋は、急に静かになった。
朔は、玄関に残された、三つの靴の跡を見つめた。それから、窓際に座り込んで、膝を抱えた。
断るべきだったのかもしれない、と思う。誰かの日本での関係を、結果として壊してしまった。美咲のことも、まだ、胸の奥で痛んでいる。
それでも、あの三人を、拒めなかった。拒みたくなかった。それが、自分の弱さなのか、本心なのか、朔には、まだ分からなかった。
スマホが、短く鳴った。
『背負うなよ』
恒一からだった。
朔は、画面をしばらく見つめてから、短く返した。
『……ああ』
窓の外では、夕焼けが、ゆっくりと夜に溶けていった。




