第17話「紐の両端」
『RETURNER ―帰還者たちは戻れない―』
第17話「紐の両端」
【帰還から一年一ヶ月 三枝の研究室】
氷の写真が並ぶ壁の前で、三枝はタブレットを差し出した。
「以前の同時配信の音声を、こちらで解析しました。あの夜と、同じ周期でした」
画面には、二本の波形が重ねられていた。ぴたりと、一つの線になっている。
「周期は、約一・三秒。人の呼吸に近い間隔です。偶然とは思えません」
「……呼吸」
「もうひとつ。時間のずれについて、私なりの仮説があります」
三枝は、引き出しから一本の紐を取り出した。机の上に置いて、両端を指でつまむ。
「両端を持って、引っ張るとします。片側は、こちら。もう片側は、分かりません。何かが、向こうから引いている」
紐が、ぴんと張る。
「ずれが広がり続けるなら、紐は切れてしまう。それが、二週間で止まって、あなた方は戻ってこられた。……紐が、繋がっていたからではないでしょうか」
玲奈は、言葉が出なかった。
「何と繋がっていたのか。それが、戻る鍵だと、私は考えています」
玲奈は、紐を見つめていた。繋がっていたもの。糸。縁。その言葉が、頭のどこかで、静かに鳴っていた。
「ついでに、もうひとつだけ」三枝は紐を放して、穏やかに言った。「身体の変化から逆算すると、あなた方が体感した時間は、二週間より、ずっと長い。数年単位でしょう」
「……覚えていません」
「構いません」
三枝は、少しだけ笑った。
「私は、証拠が欲しいわけじゃない。ただ、七人がどこかで迷っているなら、この紐の話は、役に立つかもしれない」
玲奈は、ゆっくり顔を上げた。
「どうして、今、連絡を?」
「データが出たのが、昨日で」
三枝は、それ以上、何も言わなかった。その笑顔は、少しも変わらなかった。
【数日後 白川玲奈】
ノートを開いて、玲奈は書き足した。
『仮説2 修正:時間のずれ=紐。繋がっていた先は?』
その下に、もう一行。
『タイミング?』
書いてから、丸で囲んだ。恒一が「戻りたい」と口にした、あの夜。同じ夜に、三枝からの連絡が来た。
偶然だろう。たぶん。それでも、玲奈は、丸をなぞったペンを、置けなかった。
分からないものは、分からないまま、手を伸ばすと決めた。でも、その手が、誰かに、引かれている気がした。
【その夜 研究室】
「まだいたんですか」
雅人が、また夜食の袋を提げて入ってきた。おにぎりと、あたたかいお茶。
「……ありがとう」
「何か、見つけたんですか」
玲奈は、ペンを置いた。
「見つけたかもしれない。……でも、見つけたくなかったのかもしれない」
「どうして」
「見つけたら、選ばなきゃいけなくなるから」
雅人は、何も言わなかった。机の端に袋を置いて、隣に座る。それから、静かに言った。
「選べなくても、いいと思いますよ。決まるまで」
「……そう?」
「はい。分からないって言えるのが、玲奈さんの強さなので」
玲奈は、小さく笑った。お茶の湯気が、ゆっくりとほどけていく。
雅人の言葉は、不思議なほど、胸の奥に落ちた。




