第16話「お前らは、どうする」
『RETURNER ―帰還者たちは戻れない―』
第16話「お前らは、どうする」
【帰還から一年 喫茶店「灯」】
沈黙を破ったのは、朔だった。
「……今すぐ決めることじゃない」
「分かってる」恒一は頷いた。「ただ、言っておきたかった。俺は、戻りたい」
伊織が、腕を組んだまま口を開く。
「決めるのは、みんなでしょ。ひとりで決める話じゃない」
「そうだな」
「でも、あたしは」伊織はそこで言葉を切って、窓の外に目をやった。「……考える」
澪は、カップを両手で包んだまま、動かなかった。指先が、小さく震えていた。琴音は、黙って目を閉じている。
「……やだ」
小さな声だった。莉子が、膝の上で、拳を握っていた。
「ごめん。ちょっと、外」
莉子は、椅子を引いて、店を出ていった。誰も、止められなかった。
重い空気のなかで、玲奈が静かに言った。
「戻れるかどうか、まだ分からない」
「……玲奈」
「条件が、まだ揃ってない。調べてる」
恒一が、小さく笑った。
「やっぱり、調べてたか」
「……うん」
「ありがとな」
玲奈は、黙って頷いた。
【同じ夜 店の外】
莉子は、灯の脇の路地にしゃがみ込んでいた。涙が、止まらなかった。
「あら」
扉が開いて、千鶴が顔を出した。手には、小さな皿に載ったプリンがある。
「甘いもの、食べる?」
「……いらない」
「そう。じゃあ、ここに置いておくわね」
千鶴は、皿を段ボールの上に置いて、莉子の隣に腰を下ろした。何も訊かなかった。
「何があるのかは知らないけど」しばらくして、千鶴は言った。「行きたくないなら、行かなくていいのよ」
「でも、みんなが……」
「みんなじゃなくて、あなたは?」
莉子は、息を止めた。
「私は……」
答えは、出なかった。でも、その問いが、胸のどこかに、静かに沈んでいった。
【同じ夜 帰り道】
「恒一」
駅へ向かう道で、朔は恒一を呼び止めた。恒一は、立ち止まって振り向いた。
「話がある」
「だろうな」
二人は、街灯の下で向かい合った。恒一が、ポケットから、革紐に通した小さな牙の欠片を取り出す。
「セリナがな」
恒一は、その名を、ゆっくりと口にした。
「こっちで、一年だ。……向こうで、どれだけ待たせてるか、分からねえ」
朔は、何も言えなかった。恒一は、牙の欠片を握りしめて、続けた。
「俺は、お前を巻き込みたくない。でも、ひとりじゃ行けない。……七人でなきゃ、な」
「ああ」
「だからお前は、背負うな。選べ」
恒一の目は、まっすぐだった。
「誰かのためじゃなくて、お前が、何を選ぶのか。それだけ、決めてくれ」
朔は、長いあいだ黙っていた。街灯の光が、二人の影を地面に長く落としている。
「……考える」
「ああ」
恒一は、笑って、朔の肩を叩いた。その手の硬さが、朔には、懐かしかった。
【深夜 白川玲奈】
ノートを開いて、玲奈は書き足した。
『仮説4:全員の意思が、必要?』
ペンを置こうとしたとき、スマホが震えた。三枝透。
『面白いデータが出ました。今度、お会いできませんか』
玲奈は、画面をじっと見つめた。返事を打つ指は、少しだけ、迷っていた。




