二 回ル掌
舞台となる世界の状況説明回。
――西暦2030年――
日本の首相官邸で、その日も首相へ意見する男がいた。
「首相! 先日提出した『第一次立方体破壊作戦』はどうなっておりますか!」
「山和君……毎日聞きに来られても、各政党の返答待ちという事は変わらんよ」
げんなりして現状を告げる首相。
なお各政党の過半数からは既に返事があり、内容は一律に「次の国会で答える」である。
対して男――山和望斗は増々鼻息を荒くした。
「しかし『大東亜共栄圏』に参加してくれた各国々から期待の声が寄せられておりますぞ! 一刻も早く実行せねば、立ち上げ元としての日本の名がすたります!」
この地球で生き残っているアジアの各島国。それらが機械奇虫へ対抗し、窮地を脱するために連合を結成してもおかしい事ではない。
その連合名が『大東亜共栄圏』なのは、ちょっとした誤解が元である。その誤解に山和望斗は一枚嚙んでいた。
かつて自衛官だった彼だが、今着ている軍服は「共栄圏連合軍」のもの。階級章は彼が長官である事を示していた。
首相が属する与党・友星党は、20年近く前に結成された政党で、円盤から降ってきたピラミッドへの対応や得られた技術の活用、いずれ来る異星人への交渉準備を掲げていた。
当時は未知の先輩への憧れと思慕で支えられていた党で、さほど大きな勢力でも無かったが……立方体が降ってきて機械奇虫が人類を襲い始めるや、世間から批難を向けられた。
「何が異星人との友好だ! 攻撃されてるじゃないか!」と。
そんな事を言われても予想できるわけ無かったので困るのだが、感情第一で物申す者は多い。そんな者ほど声は大きい。
どうにも溢れてくるバッシングに、友星党は看板をちょっと変えた。友好路線から徹底抗戦路線へ。
さらに5年前。非難よりもっとでかい声を強気であげる奴を見つけ、前面に押し出した。
上官に日々決死の攻撃作戦を訴えて疎まれていた自衛官・山和望斗を味方にし、党への協力者としてガンガン発言させた。
そして彼に乗じて「水際であがる現職の声」「それを無視する弱気な現政権」と訴え、攻撃の矛先逸らしに徹したのだ。
大陸の国家が次々と壊滅していた状況下で、これは上手く行った。
このタイミングを逃してはならぬと、友星党は山和に強気な攻撃を訴えさせ続け、その側に党員がいる事を常にアピールした。
失敗した時の責任問題を恐れていてはできない発言の数々は、他の政党には出せない物だった。まぁ失敗の追求が怖いのは友星党も同じなので、あくまで山和は協力者であり党員では無かったが。
そんな強気の発言が積み重なると、絶望的な状況下にあった人々はある意味で勇気づけられた。
それが友星党に票を集め、苦節の末、ついには首相の誕生に繋がったのである。
ここまでは大成功だった……が、ちょっと誤算もあった。
「今こそ本当の意味での大東亜共栄圏を作るべき!」
山和が何度も繰り返したこの発言。それが国内にも周辺の島国諸国にも、思った以上に額面通り受け取られてしまったのだ。
もちろん「それは侵略のための建前だったろ!」と批判する者もいたが――「そう言って裁いた奴らも侵略してた側だろ!」「今度は本当の意味で、と言ってるだろ!」「各国バラバラじゃ勝目ねぇだろ!」と言った反対の方が、この状況下では優勢だった。
島国諸国も「あんたらが先頭で戦ってくれるのか。助かる」「やるなら協力するから早くしろ」「あんなに大声で意思表明してたのに今さら止めるとは言わないよな」とつついてきた。
こうして「大東亜共栄圏」を正式名称とする連合がこの時代に成立。
政治・経済・軍事の三部門が設けられ、軍事部門の長官に山和望斗が収まってしまった。
そして元々の国力が最も大きく、設立の発端となり、共栄圏の中心と見られている日本……その首相は、共栄圏連合軍長官・山和に毎日詰め寄られているのである。
首相は疲れ果てて抗議した。
「毎日同じ事を聞かされているけどね。不十分な準備では勝てんし、負けていい作戦ではないだろう」
「無論、勝つための準備は進めております! FDのさらなる増産のため、資源の買い付けと現地調査を兼ね、アジア各地に共栄連合軍を派兵する事を決定しました!」
一転、目を丸くする首相の大声が響く。
「決定したのか!? 聞いておらんぞ!?」
「今報告しましたぞ!」
「普通は決定前に打診するだろ!?」
「連合軍長官である私が日本からの軍事案担当も兼任しておりますゆえ、私の判断をもって日本への打診および意思決定としました! 参加国も8:2で賛成多数でしたぞ!」
発案する者と打診先が同じというのはおかしな話だが、設立後間もない組織なので多少粗が有った。
膝から崩れそうになりながら、それでも首相は弱々しく訊く。
「軍を上陸させる事に、現地住民の了解をとったのかね?」
「どこの『現地』にも意思確認する相手政府がもう無いではありませんか! 我ら地球人は敵異星人の顔さえ拝んだ事がありません。ここまで追い詰められながらです! そしてこちらから立方体へのあらゆる呼びかけは依然黙殺のみ! ならばこちらとて断固戦うのみ! 撃ちてし止まむ! 宇宙からの鬼畜悪魔どもを引きずり出し、怒りの天誅で地獄に落とす、それこそが連合軍の使命であります!」
熱意に溢れて勢いよく山和長官は訴えた。
この時、村雨丈がリンナからアラマーマ族の事情をあれこれ教えてもらっていた頃なのだが、そんな事を山和長官が知るわけもない。
「それに反対する者、邪魔だてする者は異星人の走狗! 三流国人にも劣る非地球人! 薄汚い言葉を汚れた空気とともに吐き出すなら断固処罰すべきと心得ます! そのための罰則法案も、今、作成させておりますので!」
「できたら見せろよその法案! 勝手に出すなよ、いいな!?」
仰天する首相も思わず口調が激しくなる。
しかし山和長官は臆することなく堂々と頷いた。
「了解であります! では今日はこれにて!」
長官は出て行く。
戸が閉まると、首相は近くの椅子にへなへなと腰を下ろした。
(切るタイミングを逃したのは不味かったな……)
声がでかいヤツにつきあって振り回されてもロクな事は無い、という点だけはリアリティがいくらか有るのではないか。




