22 約束
登場人物
ジョウ:主人公。異星技術で蘇ったサイボーグ。
リンナ:異星種族アラマーマの少女。
――日本――
立方体が破壊されてから、日本中の雰囲気は高揚に傾いていた。
ニュースもネットへの投稿も、賛否あった大東亜共栄圏を讃える物が多く、日本を中心的存在として誇る方向へ流れている。
当然、次の立方体攻撃作戦への期待も高まっていた。
ある日の夜。
ある街の、世間の空気と離れた、薄汚れて湿っぽい路地で、二条怜美――ジョウの姪っ子――はガラの悪い数人の若い男に囲まれていた。
信号の無い横断歩道をふらふら渡ろうとしたタイミングが、若者達のバイクに邪魔だった。それだけの下らない事が理由だ。
「邪魔しといてなんだ? あ?」
「もう、謝ったじゃん」
目つきの悪いチョビ髭の男が凄み、怜美は露骨にうんざりした。
「それが詫びの態度か?」
相手の怒りは収まらない。
怜美が面倒くさそうで真摯な態度を見せていないのは確かだ。
だが口先だけでも謝った事も、そもそもバイクが横断歩道を前にスピードを落とさず、それどころか怜美が渡るより先に通り過ぎようとして速度を上げたのも本当だ。
男達に詫びを求める資格があるかどうかと言えば、まぁ無い。
だが路地に引っ張り込まれた時点で怜美にはもうどうしようもないのだ。
恐怖に怯えつつもうんざり半分。彼女は諦めから投げやりな気持ちになっていた。
(あーめんどくさ。ブン殴られるのかな。お金無いし)
金も無いのになぜ夜に出歩いているのか。
今いる「家」に居たくない。そこは自分が惨めな人間である証拠だからだ。異星からの怪物により家族を全て失い、親族は味方になるどころか無力な己から身ぐるみ剥いだ。その結果の居場所だからだ。
ただ怜美は他の場所で生きる力など無い子供に過ぎない。せいぜい夜中に少しの間離れ、寝る前に帰っては職員に煙たがられる……その程度の事しかできなかった。
その程度の事で、今、暴力に晒されようとしていた。
その時。
カシャン、カシャン……と金属の足音が路地に響き、その場に近づいてきた。
「ア? なんだ?」
男達が足音へ振り向く。
そして目を剥いた。
「マジでなんなんだ!?」
近づいてくるのは、黒い金属の塊だった。
黒いボディに銀の肩当てと脛当て。
赤く鋭い目が、ブゥン……と低い音を唸らせ光る。
屈強な男の体格でありながら、生身の肌などどこにも一片たりとも覗いていなかった。冷たい金属の、剣呑な塊である。
『その娘に用がある。渡してもらおう』
黒づくめの金属づくめ……ジョウは一方的にそう言うと、返事も待たずに真っすぐ割って入る。
肩や体が男達にぶつかったが、金属の塊は容易に男達を押し退けた。
そして少女の間近に来ると、ただ彼女だけを見て言う。
『いくぞ』
「おい、待てや!」
押し退けられた一人、一番大柄で恰幅のいい男が腹を立ててジョウの肩を掴む。
ジョウは無造作に片腕を振った。
ただそれだけで大柄な男は道路に転がる。肩を掴んだ腕力も握力も無に等しかった。
大柄な男は「痛ぇだろ!」と叫び、怒りながら身を起こそうとする。
その目の前の道路を、ジョウは少々乱暴に踏みつけた。
耳障りな音とともにアスファルトが砕け、亀裂が入る。
「ヒィ!」
大柄な男は一転して恐怖に飛びあがり、慌てて逃げ出した。他の連中もそれに続く。
その場に残ったのはジョウと怜美だけだった。
怜美に遠慮がちな声がかかる。
「大丈夫ですか?」
見れば、電柱の影から怜美を先日訪ねてきた少女が出てきた。
「え、と……リンナさんだっけ? じゃあこっちのは……?」
『思い出したか。ジョウ=ムラサメだ』
金属男にそう言われても、怜美にはそいつと先日会った少年に共通点が何も見いだせなかった。声も身長も体格も全然違うのだ。
戸惑う怜美に、ジョウは話かける。
『夜遊びはやめろ。君は己を大事にせねばならない』
「そういうのいいから」
格好は奇怪でも言う事は判で押したようなお説教。怜美は白け、ジョウの言葉を軽んじ、聞き流そうとした。
だがジョウは続ける。
『良くは無い。これから家を買い、君を引き取る。俺は出仕事ゆえにあまり帰れないだろうが、家政婦さんを雇って家の事を手伝ってもらう。君は真面目に学校へ通い、一人で生きていけるようになるまでそこで暮らすんだ』
怜美は聞き流せなくなった。
いきなりにも程がある突拍子もない言い分に目を丸くする。
「なに言ってるの!?」
『人生設計だ』
「なに勝手に決めてるの!?」
一方的なジョウに、怜美の声はどんどん荒くなる。
しかしジョウは一方的に告げ続ける。
『何も決めずに放っておいたら必ずやロクでも無い事になる。だから決めた。たまに家に戻るから、文句はその時に聞かせてくれ。いっぱい聞く。一晩中でも聞く』
「意味ないって! みんな虫に食われちゃうんだって!」
怜美は高揚している世間が嫌いだった。
彼女が物心ついてからずっと、人は器械の虫に敗れ続け奪われ続けてきたのだ。今さら1つ上手くいったから何だというのか。
そんな容易い相手なら、自分の父母も「本当の家」も無くなる筈がない。
だがしかし。
ジョウは一方的に言い続けた。
『俺は食われない。君も食わせない。機械奇虫は俺が全て破壊する……それが俺の使命、俺の宿命だ』
断言。
全人類が15年、ひたすら追い詰められている怪物への掃討宣言。
それは怜美を苛つかせ、声を荒げさせた。
「虫退治とか家買うとか引き取るとか簡単に言うけど、本当にわかってるの!?」
そんな容易い事なら、自分が今こんな所にいる筈がない。
軽く適当な言葉を出していい事ではない。
誤魔化しが許される話ではない。
それをジョウは一方的に告げた。
『言うのは簡単だ。やるのは難しい。その難しい事をやるための装備がこのボディだ。やってくる』
ジョウは怜美の手をとった。
冷たい金属の手だ。
『今は施設に帰るぞ。今はな』
冷たい手でジョウは怜美の手を引く。
ついて来るリンナとともに、躊躇いなど一切無くジョウは大通りへ出て歩いた。
通行人が黒い金属の塊に仰天する。
「うわっ!?」「なんだ?」「え? 何の撮影?」
後ろに退いて違和感の塊に道をあける人々の間を、ジョウは堂々と歩いていく。
怜美は手を引かれてついていった。馬力の差がありすぎて逆らいようが無い。
嫌な気持ちではなかった。
本当はずっと欲しかった言葉を、胸の中で反芻しながら。手を引かれてついていった。
――施設――
『出稼ぎに行ってくる。いい子で待っていてくれ。すぐ迎えに来る』
出迎えた職員が呆然と立ち尽くすのに全く構わず、ジョウは怜美へ一方的に言った。
「よろしくお願いしますね」
「え、ええ……」
リンナに頭を下げられ、職員は呻き声で相槌をうつ。
それを尻目に、ジョウはメカニカルな灰色の大型バイクに跨り、リンナを後ろに乗せて去って行った。
バイクが視界から消えると、職員が呆けた顔で首を傾げる。
「あの人、怜美ちゃんの何なのかしら……」
「知らない」
素っ気なく言う怜美。
本人は親戚だと言っていた。他の事は、迎えに来てくれた時に聞けばいい事なのだ。
戦闘用のボディで街中を歩いていますが、別に新品を見せびらかしているのではなく、単に前の体がまだ治っていないだけです。




