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第二話:共鳴する寂しさ

第二話:共鳴する寂しさ



 深夜二時半。

 二十八歳の沙織サオリは、暗いワンルームの部屋で、膝を抱えてスマホを凝視していた。


 バーテンダーの根古ねこ輝昭てるあきと知り合って半年。

 

 最初は「ほんの遊び」と自分に言い聞かせていたが、

 気づけば彼の連絡一つで一喜一憂するほど、生活のすべてを彼に支配されていた。

 

 ここ一週間、彼からの返信はない。既読すらつかない。


「……また、新しい女でもできたのかな」


 二十八歳。周りは次々と結婚し、SNSには幸せそうな家族写真が並ぶ。

 自分だけが、出口のない暗い廊下を歩かされているような、得体の知れない焦燥感。


 その時、手の中でスマホが短く震えた。


『サオリ、寝てる?  会いたくて死にそう』


 心臓が跳ね上がった。根古からだ。


 これまで「今夜空いてる?」といった「ヤリたい」が透けて見える様な素っ気ない誘いしかしてこなかった彼が、初めて「会いたい」と連絡してくれたのだ。嬉しい、嬉しい、嬉しい。でもどうして急に?


『どうしたの? ずっと 連絡なくて心配してたんだよ』


 震える指で返すと、即座に返信が来る。


『忙しくてごめん。でも仕事中もずっと、サオリのことばかり考えてた。他の女なんてどうでもいい。俺が本当に必要なのは、サオリだけだ』

『……えっ』


 沙織の目から、不意に涙がこぼれ落ちた。

 欲しかった言葉。一番、言ってほしかった言葉。

 

 液晶越しに伝わるその温もりを、彼女は疑うことすら忘れて、何度も何度も読み返した。




 同時刻。二十六歳の絢香アヤカも、二十四歳の真央マオも、同じように「根古からの熱烈なメッセージ」に酔いしれていた。



『アヤカと結婚できたら幸せだろうな。なぁ、結婚したら犬を飼おう、真っ白な大きな犬をさ』

『マオ、週末は二人でゆっくり将来の話をしよう。指輪、見に行かないか?』



 誰にも見えないネットワークの中で、根古という一人の男を起点にした「嘘の糸」が、女たちを同じゴールへと引き寄せていく。


 その糸を手操っているのは、中古スマホの中に閉じ込められた「悲しい記憶」だ。



 二十八歳で命を絶った、このスマートフォンのかつての持ち主。

 彼女もまた、この時刻に、冷たい浴室で誰かからの連絡を待っていた、最期の時まで。



「全く嫌になるよ、土日は上司のお供でゴルフ三昧。悪いけど土日は連絡しないでくれ」

「男やもめの、一人暮らしの部屋なんて足の踏み場もないよ、あんな部屋でお前を抱きたくないよ」

「この部屋は居心地がいいな、もう、俺ここに住んじゃおうかな、だめ?」

「……愛してるよ。ずっと一緒にいような。仕事が落ち着いたら結婚して欲しい」


 平日にしか会えない恋人の為に、せっせと料理を作り、彼の来訪を待ちわびた。

 

 『泊まって行きたいな、ずっと一緒にいたい』と言いながら、

 『明日同じスーツで出社する訳にはいかないからさ』と言って毎回いそいそと終電で帰ってしまう恋人

 

 彼は、どんなレストランで食べるよりもお前の料理が一番美味しいと褒めてくれた。

 逢瀬はいつも部屋ばかりで、外食もデートもほとんどなかったけれども、

 それも彼が自分との将来を真面目に考えてくれている証拠のような気すらしていた。


 それなのに……。




 見えない指が、根古のスマホのキーボードを軽快に叩く。


 彼女が欲しかった言葉。

 彼女が信じたかった未来。


 それを根古の皮を被って発信することで、彼女は自分と同じ「寂しさ」を抱える女たちの心に、深く、深く毒を流し込んでいた。




 翌朝。根古は結衣の部屋で目を覚ました。カーテンの隙間から漏れる暴力的な朝の光。

 眩しそうに目を細めながら、充電器からスマホを抜く。


「あー、よく寝た。……ん?」


 トーク画面を確認して、根古は首を傾げた。

 絢香、沙織、真央の三人から、異常な数の返信が届いている。


『輝昭くん、愛してる!  私も同じ気持ちだよ』

『指輪のこと、信じてもいいの? 本当に嬉しい!』


「は……?  何だこれ、俺、昨日何か送ったか?」


 送信履歴を見るが、そこには自分が送った履歴は何もなかった。

 結衣に送った短いメッセージしか残っていない。



「……やっぱバグだな。この中古、マジでイカれてるわ」


 根古は不気味さを覚えながらも、彼女たちから「愛の言葉」を鼻で笑い、すべて無視した。




 根古は気づいていなかった。


 スマホの画面に映る自分の顔が、一瞬だけ、青白くやつれた「別の誰か」の顔になっていたことを。



「……ま、いっか。三万だったしな」


 そう呟いて立ち上がった根古の背後で、スマホが静かに光った。



 画面には、かつての持ち主の瞳に最期に映った、幸せそうな「家族写真」のスクリーンショットが、一瞬だけ浮かび上がって、すぐに消えた。










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