第一話:運命のスマホ
第一話:運命のスマホ
根古輝昭がその店に足を踏み入れたのは、単なる偶然だった。
安けりゃ、別にどこでもいいや、そう思っていた。
「ったく、最悪だわ……」
根古は、液晶が砕けたスマートフォンを見つめて深い溜息をついた。
酔った客をあしらっている最中に、胸ポケットから滑り落ちたスマホ。
運悪く角から床に激突し、画面は蜘蛛の巣状にひび割れ、電源すら入らなくなっていた。
ケータイ補償サービス? たかが月額数百円とはいえ、そんな無駄金、払っているはずもない。
バーカウンターを拭きながら、忌々しく、そのスマホを見つめた。
いくら見つめても、ひび割れた画面は治るはずもなく、もちろん電源も入ることはなかった。
翌昼、眠い目を擦りながら彼が訪れたのは繁華街の裏通りにある、怪しげな中古ショップだった。
キャリアショップで買うよりも、中古の方が安いだろ。安けりゃ、なんでもいいや、そう思ったからだ。
看板の電気が一部消えかけチカチカと明滅している。いかにも『きちんとしていなさそうな店』だった。
店の入り口に『中古スマホあり〼激安』と手書きの張り紙があり、それに強く惹かれた。
「いらっしゃい。……あぁ、液晶死んでるね。んで、電源もバカになってる、と。……こりゃ修理より買ったほうが早いよ」
無精髭の店員が差し出してきたのは、見たことも聞いたこともない海外メーカーの端末だった。
数年前、アパートで自死した二十八歳の女性。
身よりもなく、引き取り手もない遺体を警察に引き渡したあと、事故物件となる部屋の改装費用に当てるため、家財はすべて不動産会社によって売却された。
その彼女が最期まで手にしていたスマートフォンが、流れ流れて、この店にたどり着いたのは昨日のことだった。
「これ、スペックはiPhone17並みだよ。SIMフリーだし、カメラの性能も最高。何より、前の持ち主がすぐ手放したから状態がいい。……三万」
「は? iPhone17並みで三万? 安すぎんだろ、……聞いた事ないメーカーだな」
根古は訝しみながらも、手に取った端末の薄さと軽さに驚いた。512GB、eSIM対応、防沫、耐水、防塵性能、へぇ……。
鈍く光る深い鉛色のボディは、どこか冷たく、手に吸い付くような感触がある。
「……まあいいや。繋ぎには十分だろ」
その選択が、自分を「地獄の特等席」へ誘う招待状になるとは、この時の根古は露ほども思っていなかった。
新しいスマホに、前の端末から取り出したSIMカードを差し込み、最低限の設定を済ませる。
早速、昨夜から放置していた女たちへの連絡を始めた。
まず開いたのは、ここ最近のお気に入り、二十二歳の大学生・結衣とのトーク画面だ。
『スマホ壊れて連絡遅れたわ。今日休みだから、夜、結衣の家行っていい?』
送信ボタンを押すと、一分もしないうちに『待ってるね♡』と返信が来た。
一回り年下の若い女とのセックス確定。やっぱ女は若いのに限るよな。
ニヤリをゲスな顔で笑った根古は、他の女たちのトーク一覧を眺めた。
絢香、沙織、真央。
どいつもこいつも「次はいつ会えるの?」「連絡ないと寂しいよ」と、重たい言葉を並べている。
「めんどくせぇ……。こっちの年増たちは後でいいか」
年増といっても、全員、根古よりは年下なのだが……、彼女たちの通知をまとめてオフにし、スマホをベッドに放り投げた。
その夜、根古は結衣の部屋で、目新しい玩具に興じる子供のように彼女を貪った。
「テルくん、最近冷たかったから心配したんだよ?」
情事の後、結衣が甘えた声で根古の胸に顔を埋める。
前回、結衣と会った後、少し間が空いたのは、店に客として来た女と二度ばかり寝たからだ。
その女は感度もノリもイマイチで、顔も身体もあまりそそられるものではなかったので、この先の『お代わり』はないな、と思っている。
向こうから連絡があれば、抱かない訳でもないが、こちらから積極的に連絡することはもうないだろう。
「ちょい仕事が忙しかったんだよ。店長も厳しいしさ」
嘘をつくのは慣れっこだ。
根古の言い訳を聞いて、機嫌を直した結衣が満足そうに頷いた。
深夜二時。結衣が寝息を立て始めた頃、根古は喉の渇きを覚えて身を起こした。
ふと、枕元に置いたスマホが目に止まる。
真っ暗な画面が、音もなくふわりと灯った。
誰かから通知が来たわけではない。
ただ、暗闇の中で液晶の白い光が根古の顔を不気味に照らし出した。
(……なんだ?)
画面には、設定した覚えのない壁紙が表示されていた。
どこかのアパートの、薄暗い浴室。
そして、文字入力のカーソルが点滅し、手も触れていないのに、キーボードがカチカチと音を立てて動き始めた。
『サビシイ……』
一文字ずつ、刻まれるように浮かび上がる言葉。
「……バ、バグかよ。安物はこれだから」
根古は舌打ちをして電源ボタンを長押しした。
画面は消え、再び静寂が訪れる。
根古は気づいていなかった。
彼が電源を切ったその瞬間、
彼が「放置」していた絢香や沙織、真央たちのスマホが、一斉に震え始めたことを。
送り主は、根古輝昭。
そこには、彼が決して口にしないような、甘く、とろけるような愛の言葉が綴られていた。
『愛してる。今すぐ抱きしめたい。……ずっと、一緒だ』
中古のスマートフォンに宿った、死んだ女の指先が、見えない糸を手操るように女たちの心を絡め取っていく。
復讐の幕は、もう上がっていた。
昨年末(R7.12.10)、夢にみたシチュエーションを心のなかであたため続け、熟成させていた話が、昨日の夜中、突然孵化しました。
全六話で1万文字くらいのホラー小説です。
本日中に完結まで投稿しますので、是非お読みいただけたら幸いです。




