section.9_銃撃戦
「尾行がいなければエレベーターを使えたんですが……」
ニコルが後ろを気にしながら愚痴をこぼす。
この建物は階層こそ4階までしかないものの、一つのフロアの天井が高いため階段で一階上がるために通常のビルの3階分程の段数を上がらなければならなかった。
そして、ヘリポートは屋上のさらに高い位置にあるためより段数が多い。
ただ、あちらこちらにエスカレーターやエレベーターがあり、階段は非常時にしか使われないためか従業員すらいないのは幸いだ。
「仕方ないだろ。狭い密室でやり合うことになるのは考えたくねえ」
四階から上がったため、こちらの意図がバレていない限り回り込むことはできないはずだ。
相手の数は判らないが一本道の狭い階段で数の差はあまり意味をなさないだろう。
人気がないため尾行には向かないものの、仕掛けてくるには最も適したところではあるはずだ。
登っていく先にも人がいる様子はない。
ヘリのブレードスラップ音がかすかに聞こえる。
念のため、ニコルもラルスも拳銃から手を離さない。
ヘリポートへと通じる扉に辿り着いた。
ヘリポートにはアルビオン・バイオニクスの大型輸送ヘリがブレードを回しながら待機していた。先回りはされていない。
下から階段を駆け上がる足音が耳に入った。屋上に見知らぬヘリが降りてきていれば流石に勘付かれる。
「シーラはラピスちゃんと先にヘリに行っててくれ。俺とニコルが行くときの援護も頼む」
「わかった」
ラルスの指示に、シーラにはラピスを抱えてヘリに向かう。
ラルスは一挺、ニコルは2挺の拳銃を階段下に向け構えた。
ラルスは1挺であっても、ニコルのものより遙かに大柄な拳銃で威力も高い。鹿でも一撃で撃ち殺せるという代物だ。
足音が大きくなってくる。
数は……多いと思う。
4人はいるだろうか。
残ったニコルとラルスは追っ手を待ち構えていた。コの字を描く折り返し階段のため、すぐに姿は見えない。
ニコルは、折り返しの踊り場に駆け登る姿が見えたタイミングで発砲した。
ラルスもそれに続き、2人は連続に4,5発、当てるのではなく牽制のために引き金を引く。出鼻を挫かれた相手は、上の階からの死角に身を隠すしかない。
続けて3発。
ここでラルスの拳銃の弾がつきた。
ラルスの拳銃は大柄だが弾丸と薬莢も大きく、ニコルの拳銃が13発入るのに対し7発しか入っていない。
その代わりに、着弾した手すりが基礎部分から砕けるほどの威力なのだが。
「カバー頼む」
「はい」
ラルスはマガジンを取り替えながら扉の方まで下がる。
ニコルはその間にさらに双方で10発撃って弾がつきた。相手は反撃のため腕だけ出して銃を撃ってくる。
小柄なニコルは地の利もあって、しゃがんで後ろに下がるだけで、階段下からの死角に入ることができる。
ラルスからハンドサインで下がれの指示。
銃撃の間を見計らってラルスの待つ扉に駆け込み、ラルスが扉を閉めた。
外に出ると、ヘリコプターのダウンウォッシュが起こす突風に髪が弄ばれた。この騒音下では扉の向こうの様子を探ることは不可能だ。
「カバーお願いします」
「任せろ」
ヘリポートに登るための階段を駆け上がってから、ニコルはマガジンを交換した。ラルスはゆっくりと後退しながら扉に向かって発砲する。頑丈な鉄扉に大穴が開いていた。
大柄なグリップに七発しか入らない弾丸の威力は伊達ではない。
鉄扉を貫通する射撃に不意を突かれたのか。ブレードスラップ音の騒音下でもかすかに悲鳴が耳に入った。
鉄扉が無残な姿となったところで、ラルスは再び弾切れ。
「カバーだ」
「はい」
金属性の簡素な階段を駆け上がり、ヘリに向かって走る。
今度はニコルが入れ替わりにゆっくり後退しながら扉へ発砲する。扉は貫通しないものの、すでに穴だらけであり牽制になる。
高台となっているヘリポートの床のせいで銃弾が届かなくなったところで踵を返した。
ニコル達が順調にヘリに向かう中、追っ手の男達は焦っていた。ただのゲリラだと聞いていたが、こちらの追跡に気付いていただけでなく、連携の取れた波状攻撃に舌を巻くことになった。
さらに扉越しの銃撃に一人が負傷する始末である。
扉に向けて行われていた牽制射撃が止んだのを見計らい、負傷者を中に残して突入する。どうやってヘリを手に入れたか知らないが、犯罪者を逃すわけにはいかない。
しかし、突入して、足が止まった。
ヘリポートに止まっていた大型のヘリコプターに愕然とする。
それはゲリラが使うような旧式の、錆だらけな不良品ではなかった。
黒一色に染められたボディ、ステルス航空機のような角張ったフォルム、重厚な本体を持ち上げるための二つの巨大なプロペラ、側面に描かれたロゴが黒いボディと相反する白い文字で所有組織を主張していた。
アルビオン・バイオニクス社。
都市で軍事、警察関連の仕事をしている者ならば知らない者はいない軍需企業だ。
一般的な武器、兵器類よりもMⅢと呼ばれる大型兵器とその武装のほか、軍事医療や再生医療に特化している。
その他にも医療用品や一部生活必需品、高級食材など多種多様な事業を子会社を利用して展開している企業連合だ。
都市からすれば、その存在は大きな助けとなっている。なぜそんな組織に攻撃しなければならないのだろうか。
末端の警察官でしかない彼らには捕縛対象の詳しい情報は与えられていなかった。少女の写真と、テロリストと関わりがあるという情報だけだった。
子供が武器の取引に使われることは珍しくないため全く疑いを持っていなかったが、突然出てきた大企業に混乱してしまう。
そんな思考が彼らの足を止める。
それはある意味で彼らの命を救った。
銀髪の女性がヘリに備え付けられている機銃を構えていたなど知る由もないのだが。
ヘリポートの上から何かが飛んできた。
筒状のそれを彼等もよく知っていたが、反応が遅れた。慌てて目を庇おうとしてももう遅い。
強烈な閃光が彼らの目に焼き付いた。
銀髪女性が投げたスタングレネードだった。
強烈な閃光で視覚にダメージを与えて相手を動けなくする手榴弾だ。ヘリの中にはサバイバルキットとして自衛のために使う武装が入っている。その中にあったものだ。
閃光に背に、ニコルもヘリの中に飛び込む。
「あの、3名と聞いていたのですが……?」
クリスにラピスのことは話していない。
そして、そのクリスから依頼を受けた大型輸送ヘリのパイロットがラピスのことを知っているはずがない。
「いいから飛べ!!」
「は、はい」
荒々しく扉を閉め、ラルスは有無を言わさぬ様子で命令を下した。
眼帯の男に睨まれ、パイロットは慌ててヘリを離陸させる。パイロットの操作でローターの回転速度が上がり、ゆっくりと機体を持ち上げた。
閃光に目をやられ、這いつくばるしかない男達をダウンウォッシュの突風でなぶりながら、ヘリは高度を上げていく。
ラピスは初めて乗るヘリの窓から外を眺めていた。
外にいる人々は物珍しそうにこちらを見上げていた。
高度が上がるにつれて人は小さく見えなくなっていく。その代わりに、カルコサという名のコンクリートジャングルの全体が見渡せるようになっていった。
自分が連れてこられたこの街は木々や草の代わりに高いビルが並んでおり、蔓のようにモノレールのレールがはしっていた。そして、外周では中心にあるビル群のような高さの壁が街全体を囲んでいる。
壁の内側にところせましと並ぶ建物の姿はラピスにとってはとても異様で、息が詰まりそうな光景だった。
「あの壁の内側、カルコサという都市が、あなたが無理矢理連れてこられた街ですね」
ニコルの声が耳に入る。
ちらりと目を向けると思っていたより近くにいて身を硬くした。ニコルは緊張するラピスを余所に窓の外を指さす。
「あっちが、もともとあなたが生活していた場所ですね。たぶんですが。」
外側に、ラピスにとっては身近な森や山といった自然が広がっていた。
それでも空からそれを見るのは初めてだ。
狭苦しい都市の内側とは違い、遙かに広大で豊かな自然が広がっている。所々に灰色の建物が見えるが、それよりも森や草原の方が多い。
思わず見惚れてしまい、ため息が漏れた。
だが、そんなにゆったりと景色を眺めていられなかった。ただ上昇していただけの機体が目的地の方向に進み始める。
城壁の外に出たことで高度も大幅に下げる。
その急な動作に驚いたラピスは、藁にすがる思いでニコルの腕を掴んだ。
「そんな怖がることですか」
「だ、だって・・・」
降下が終わった後もビクビクしていることをバカにされた気になり、ラピスは頬をふくらませた。ぱっとニコルから離れて行儀よく座りなおした。
外を見ると驚くほどの速さで景色が流れている。
「どこに行くの?」
「僕やラルスさん達が住んでる街です」
「……村に帰らせてくれないの?」
自分を故郷に帰してくれるわけでは無いということに、ラピスは少し不安になるが、
「……帰られる状態なんですか。ラピスの住んでいたところは」
少女は表情を曇らせる。
そういえば村を襲われたとき、壊されただけでなく、火を点けられた家もあった。もしかしたら全部焼けてしまっているかもしれない。
そんなところに帰れるはずもない。
故郷がなくなり、帰れない寂しさと見たことも土地に行く不安に、ラピスの表情はより暗くなった。
「そんなに不安にならなくても大丈夫ですよ」
そんな言葉が隣りから投げ掛けられた。
「放り出したりしないです。ちゃんと責任は取りますよ」
ラピスはポカンとした表情を少年に向ける。
視線に気づいたのか、少年がこちらを向き、目が合う。
「……どうかしたんですか?」
「う、ううん。なんでもない」
助けた責任ということなのだろう。
おそらくそうだ。
だが、突然優しい言葉をかけ、そんな意味深な台詞を吐くのはどうかと思う。
ニコルの後ろでは、ラルスがニヤニヤとした顔で2人のやりとりを眺めていた。シーラは表情の起伏が少なく分かりづらいが、頬が緩んでいる気がする。
そっぽを向いて唇を尖らせるラピスに、ニコルは首を傾げていた。




