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section.10_都市外施設

ヘリが目的地に到着した時には日が暮れ始めていた。


アルビオン・バイオニクス

アイアス領地内 第73都市外多目的施設 

研究所 兼 企業軍駐屯地


一般的には都市外施設と呼ばれる。

これがラピスが連れてこられた場所の正式な名称だ。


大企業が都市の外でも経済活動をするために造った施設である。この場所は都市が造られたことで廃棄された街、廃都市を利用して建造されている。


廃都市の中心から半径30㎞の円状に5mの頑丈な壁で囲み、中の建物を建て替えたり改装したりすることで企業の施設としている。廃虚の中に最新の建築物が混じっており、独特な雰囲気の空間を作り出していた。


都市の城壁の外であるため、都市の保護を受けられない上、施設を作るため高いコストが掛かるという大きなデメリットがある。だが、それでも外に施設を造るメリットは、非常に安い労働力である。法に縛られないため給料を好きに調整できる上、お金である必要もない。そのため都市内の最低賃金よりも格安で人を雇うことができる。


自衛のための軍を持っている大企業であれば、外でも自分達の身を守れるため、大企業は外に多くの施設を所持していた。


アルビオン・バイオニクス社も都市の外に施設を持ち、外の労働者に食と住居を提供することでMⅢを作るための格安の労働力を得た上で、血液の採取や新薬の試験も行っている。


ヘリが着陸したのはそんな施設の中の空港だった。空港といっても滑走路はなく、数多くのヘリポートが並ぶ施設だ。多くのビルが立ち並ぶ中をさら地にしてから造られているため、柵の向こう側には道路を挟んですぐに高層ビルが建っていた。


軌道エレベーターが輸送の主流となったこの時代、大型飛行機どころか飛行機を利用している施設は少なくなった。軌道エレベーターを標的としたテロ対策なのだが、何よりそのための防空兵器が大きな原因となっている。


「いつまでそうしてるんですか」


「あ、うん」


ラピスがキョロキョロとしていると、ニコルに背を押された。


促されるまま着いて行くしかないのだが、所々にある電光掲示板や航空予定を表示するモニターに目が行ってしまう。


カルコサでは落ち着いて周囲を見る余裕はなかったのだが、見てみれば物珍しいものがたくさんある。ラピスはついつい足を止めてしまい、ニコルに急かされた。


 周囲に気を取られているうちに駐車場に着き、ラルスが運転する自動車で移動した。


電気で動く車は、見た目は大柄で武骨であっても走りは静かで快適だった。座席のクッションもやわらかく座り心地がいい。


自動車に乗っている間、景色を眺めていたが見飽きることがなかった。


建物はガラス張りであったり淡白であったり装飾過多であったりするものが入り混じっていて面白い。中でもガラス張りのビルが夕日を反射する姿が印象に残った。


とても高い建物は一度登ってみたい。多くのベランダがある建物から除く洗濯物からたくさんの人が住んでいることを想像させた。


歩道を見れば肌の色も髪の色も服装も様々な人が歩いている。真っ黒い肌の人がいることは初めて知った。


そうやって景色に目を奪われる中、路肩に車が止まった。


「ニコル、着いたぞ―」


「…あっ、はい」


ラピスが景色に釘付けになっていた間、寝ていたらしいニコルはラルスの呼びかけで弾かれたように頭を上げた。


「ラピス、降りますよ。あなたの荷物持ってドア開けてください」


「うん」


歩道側にいたラピスはニコルに促されて自分の荷物を抱えて車から降りた。ニコルも続けてラピスが降りたドアから荷物を持って出てくる。


それから車のトランクを開けて、自分の分の荷物を取り出した。


バタンと音を立ててトランクとドアを閉じる。


「忘れものはないか?」


「大丈夫です。ありがとうございました」


「そんな他人行儀にするなよ。じゃ、またな」


そう言って、ラルスは車を発進させる。開いた窓からシーラがひらひらと手を振っていた。ラピスも手を振り返す。


 車を見送ってニコルが歩き始める。それを追うようにラピスも小走りで続き、ニコルの隣に並ぶ。


「ニコルとラルスさん達って、一緒に住んでるんじゃないんだ」


ニコルとラルスのやり取りを見ていて、ラピスはずいぶんと気心の知れた仲だと思っていた。


「兄弟に見えたんですか?」


「そうじゃないけど……親子みたいには」


しかし、髪の色や顔つきは全く違っている。そこはラピスも分かっていた。


「まあ、あながち間違ってはないんですかね……?少し前まで二人に世話になってたので。今は一人暮らしです」


「そうなんだ。お父さんとお母さん忙しいの?」


口調や身なりから育ちが良さそうだと思っていたので、何となしに聞いてしまった。


「いえ、僕に親はいないです。孤児なので」


なので、そんな返答が返ってくるとは思っていなかった。ラピスは返す言葉を失ってしまう。


少女の様子に気付いたのか、少年の視線がこちらに向けられた。ラピスは思わず視線を逸らす。


ニコルは呆れたようにため息をついた。


「あなたも似たようなものじゃないですか。僕はシーラさんに拾われたんです」


「それは……そっか」


そう言われるとそうかもしれない。

だが、センシティブな話題を投げてしまったことに何も感じずにいれるほどラピスも鈍感ではない。


「じゃあ、ラピスの親はどうなんです?」


「え……えっと、2年前に、流行り病で……」


「ほら、何も変わらないじゃないですか。親無し同士で気にしてどうするんです?」


大げさに肩をすくめて見せる少年に、少女は苦笑いを返した。


彼なりの気遣いのようだった。こうして会話をしていると、助けられた時に少年がとても恐ろしく思えたのが嘘のようだ。


実際、簡単に人を2人も殺すところを見ている。それがなぜか、今は普通に隣を歩けていることが不思議でならなかった。


たぶん、今日の間にニコルの様々な面を見たからだろう。


人並に笑ったり照れたり、意地っ張りなところは年相応の少年なのだ。


あの恐ろしい一面はニコルのほんの一部分でしかないと判ったのかもしれない。


「それにいちいち可哀そう可哀そうって言われたりするの、鬱陶(うっとう)しくないですか?」


「それは面倒くさいかも」


思い当たる節がありラピスも頷いてしまった。


ニコルが住んでいる家まではさほど時間はかからなかった。ラルス達と別れて5分ほどだろうか。


「ここがニコルの家なの?」


「正確に言うと、この建物の1部屋を借りているわけです。僕のように他にも人が住んでいます」


当然ながら、ラピスはマンションを見るのは初めてである。そこまで来て、ラピスはようやくあることに気付いた。


「私もしかしてニコルの部屋に泊まるの?」


「あー……」


少女の問に、少年はバツが悪そうな顔をする


ニコルの方も異性を部屋に入れることに抵抗が無いわけではない。自己暗示でもかけるように仕方がないからと、自分自身に言い聞かせているだけである。そもそも間違いなど起きる要素はないが……


「一応、アテがあります」


「アテ?」


「あなたに寝床を貸してくれるアテです」


「そ、そっか」


「なので、行きますよ」


促されてラピスが頷く。ここに来るまでとは違い、緊張して硬くなった動きでニコルの後ろを着いていく。


エレベーターはあるが、3階まで階段で上がっていく。なんとなく、少年が密室を避けた結果である。


「部屋はこの階の一番奥です」


部屋の位置を説明されて、ラピスはニコルの背中越しに位置を確認する。建物は質素な作りで飾り気はない。だが、土壁でも石壁でもないコンクリート製の壁を見たことがない少女にとっては新鮮な作りだった。


そのまま真っ直ぐ部屋へと向かうと思ったが、ニコルは一つ手前の部屋で足を止めた。


「ど、どうしたの?」


「僕のこの荷物なんですが、ほとんどは隣人に頼まれたものなんですよ」


そう言えば、ラピスのサイズではない女性ものの衣服も買っていた気がする。サイズ的に隣人は大人の女性だろうか。


「ちなみに、あなたの寝床のアテでもあります」


「そうなんだ」


「もう帰ってるはずなので、顔合わせも兼ねて渡しておきましょう」


事前に言ってもらえると心の準備ができたのにと思うが、先ほどのバツが悪そうな表情といい実はニコルの方が動揺していたのかもしれない。


そう考えると何も言えなかった。


ニコルはドアのインターホンを押した。

ポーンという電子音がスピーカーから響き、少し間を空けてドアが開いた。


「なんだ。予定より速いな」


「はい。戻りました」


顔を出したのは少女だった。


背丈はラピスと変わらないが、ラピスよりもスラッとした体付きをしている。シャツにショートパンツというラフな格好がそのスタイルを際立たせていた。


真っ黒な髪はラピスよりも長く太腿にまで届きそうだ。


少し睨むような目付きは元々なのか、それとも機嫌が悪いのか。


ラピスはその目が誰かに似ている気がした。


少女の視線がニコルを見据えた後、ラピスに向けられる。黒髪の少女が目を細めたため、睨まれたように感じ、ラピスはニコルの背後に隠れた。


「これ、頼まれたものです」


「悪いな。ほとんどセラ姉さんのものだけど。玄関の脇に置いといてくれ」


「セラさんは?」


「まだ帰ってない。もうすぐ帰るんじゃないか」


男の子のような喋り方をする少女である。


話を聞く限り姉がいるらしい。ニコルは何の抵抗もなく彼女の横を通って部屋に入り持っていた荷物の大半を置く。


その間、黒髪の少女とラピスの間を遮るものはなくなってしまう。


少女は再びラピスを見据えた。


「見ない顔だな」


威圧されているように感じ、ラピスは言葉が喉につまった。背丈は変わらないはずなのだが、何やら上からな物言いである。


「彼女はラピスです」


少し間が空いたためかニコルが代わりに答えた。


黒髪の少女は一度ニコルを振り返ってから再びラピスを見据える。値踏みでもするようにまじまじと見つめられる。


ラピスと黒髪の少女の間に戻ってきたニコルが割って入ってくれた。


「セレスさんです。怒ってるわけじゃないです。いつもこんな感じですから気にしなくていいですよ」


「黙れ。女ったらし」


「垂らし込んだことなんてないんですが……」


セレスと呼ばれた少女に頭をはたかれ、ニコルは不平を溢す。


セレスはそんなニコルを気にした様子もなくラピスに向き直った。


もともと目付きが悪いと言われても、すぐに慣れることなどできない。やはり一歩退いてしまう。


「セレス・キースだ。よろしく」


「あ、私はラピス・レウィン、です…」


手を差し出され、おどおどしながらも握手に応じだ。白くきれいな手はとてもすべすべしていて少し羨ましい。


セレスのセカンドネームを聞いてラピスはハッとする。


「キース?」


「セレスさんはシーラさんの妹です」


眉が上がっているため雰囲気は異なるが、目元がよく似ていた。髪の色が全く違うので気付かなかった。


さらなる共通点を探してまじまじと眺めているとセレスに睨まれた。


「何だか面白いことになってるね」


真横から聞こえた声にラピスが振り向くと頬を包むように顔を捕まえられた。にっこりと微笑んだ女性の顔が目に入った。


背はラピスよりも頭一つ分ほど高い。髪は銀髪というより真っ白な雪の色をしていて肌も白い。


「セラ姉さんおかえりなさい」


「ただいまー。ニコル君も帰ってたんだね。それでこのかわいい子はどなた?」


「ら、ラピス…でふ」


頬っぺたをつまんだり揉んだり弄ばれながら答えるラピスを見て、セラ・キースは満面の笑みを浮かべる。


「そっかラピスちゃんて言うんだ。ニコル君の彼女?」


「違います」


「照れるな照れるな」


「違います」


否定を否定ととらえない女性にニコルは唇を尖らせるが、セラは全く気にしていない。


セラはラピスの頬で十分遊んでから背筋を伸ばした。

セラはニコル達を見渡し、力強く宣言する。


「せっかくだから、みんな一緒にご飯を食べよう!」


「ニコルが買ってきたもの片付けないといけないだろ。セラ姉さんのは特に多…」


「明日やる」


明日すると言う奴は明日になってもしない、という言葉を飲み込んでセレスは長いため息をついた。


しばらくは片付かないだろう。


ラピスは再びセレスから一瞥され身を固くする。そんな様子を知ってか知らずか、ニコルはセラの提案に首を縦に振った。


「いいですね」


「決定だね」


楽しそうな笑みを浮かべるセラを眺めつつ一癖も二癖もあったニコルの隣人に、ラピスは呆然としていた。

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