section.11_キース姉妹
「ふん。結構ハードな目に遭ってるんだな」
「うん」
わしわしと力強く頭を掻く細い指を心地良く感じながらラピスは答えた。シャンプーを泡だてながらラピスの頭を洗っているのはセレスだ。自身の髪が長いこともあり、慣れた手つきでラピスの頭を洗ってくれている。
セラの勧めで、セラとニコルが夕食を作る合間に入浴することになった。
そのため2人がいるのはセラとセレスの部屋の浴室だ。
「あんまり驚かないんだ」
「外だとあんまり珍しい話じゃないな。もっとキツイ話も知ってるぞ。どおりで汗臭いわけだとは思ったけどな」
「うぐっ…」
ニコルには何も言われなかったので大丈夫だと思っていたが、セラから耳元で臭うと言われた時はかなりショックだったようだ。身体は足の指の先までスポンジで丹念に洗っていた。
「まぁ、覚えることが多くてそんなこと思い出している暇は無いだろうけどな」
「お風呂の使い方は覚えた。トイレも灯のつけ方も」
「まだまだ」
セレスに鼻で笑われてラピスは頬を膨らませた。
セレスの第一印象こそ悪かったものの、その態度と口調にも慣れてきた。
意外と世話焼きであるようで浴室の使い方を教えつつ、髪を洗う手伝いもしてくれている。
「ああ、話は変わるけど」
「何?」
「お前はずいぶんアイツに御執心なようだが?」
セレスの言葉にラピスの肩がびくりと震えた。
その反応をセレスは見逃さない。わずかな間の沈黙がラピスにはとても長く感じられたが、セレスは気にせず手を動かし続ける。
「な何の…」
「誤魔化さなくていいぞ判りやすい」
ラピスが言い終わる前に頭からシャワーでお湯をかけられ口を塞がれた。うつむいてお湯と泡が顔を流れないようにすることでようやく口を開けた。
「わ、私はニコルと今日会ったばっかりだけど……」
「そうだな。でも、何とも思ってない男の部屋までヒョコヒョコ着いて行くか普通。吊り橋効果だの、相手が恩人だのあったとしてもな」
「うぐ……」
反論できずラピスは閉口するしかなかった。
村にいた男の子と違って少し落ち着いた雰囲気のニコルに興味と関心がないと言えば嘘になる。
ここまで着いて来たのは、他に当てがなかったこともあるが、ニコルなら大丈夫だとか、もし何かあったとしても、と考えていたことは否定できなかった。
セレスがこんな話題を振ってきたことで、ラピスは初対面で睨まれたように感じたことや、ニコルとセレスが親密そうに見えたことは勘違いではなかったように思えた。
「やっぱり、セレスはニコルが好きなの…?」
今度はセレスが黙り込んだ。
ラピスの髪を洗う手も止まったので、図星だったのだろうかと俯いたまま後ろに目を向けるが、顔は見れなかった。
ただ、セレスにお尻を思い切りつねられた。
「いったぁ!?」
「怒るぞ」
「もう怒ってるよね!?」
突然のことにラピスは涙目になって声を荒げるが、再びシャワーで口を塞がれた。
「バカバカしい。ニコルとは姉弟みたいなものだ」
「そ、そうなんだ。…僕?」
「悪いか?女の子扱いは嫌いなんだ」
「そ、そうなんだ」
口調は男勝りなのに発想が子供らしくてかわいい。こんな事を言ったらまた怒るのだろう。あいまいな返事で誤魔化した。
まだお尻がヒリヒリと痛み、手をそえながら湯船に入った。
セレスは自分の身体を洗いながら口を開く。
「ニコルの外面はいいぞ。特に身内に対してはな」
セレスが何を言いたいのかうまく理解できない。
「……どういうこと?」
「猫を被ってるが、何の躊躇いも、感慨もなく人を殺すぞ」
その言葉にラピスはハッとする。思い当たる節があった。
「なんだ、もう見たのか。モノ好きなんだな」
「それは……うん」
人を殺したというのに、負の感情すらなく眉ひとつ動かさないニコルの姿を見て恐ろしくなかったと言えば嘘になる。
「生きるための手段として、暴力や殺人が日常の選択肢にある奴なんだ」
「それでも、それが全部じゃないでしょ」
たった1日……も経っていないが、ニコルがラルスやシーラと話している時は年相応の少年に見えた。照れて、笑って、怒っていた姿を演技とは思えなかった。
「まあな」
「……何でそんなこと、私に話すの?」
「これぐらいのことで怖がるなら、あいつの近くになんていれないだろ?」
どうやら値踏みされていたようだ。この少女はニコルに近付く異性に対して全員にこんな問答をしているのだろうか。
だとしたら、セレスはニコルのことが好きなのだろう。異性としてではないかもしれないが。
「ニコルのこと好きなんだ」
「おいコラ」
「そういう意味じゃないよ」
「……まあ、弟みたいなもんだからな」
などと、ニコルを弟扱いする少女はいくつなのだろう。
「セレスって何歳?」
「11歳。今年で12だな」
「えっ」
歳下であった。
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一方で、ニコルとセラは夕食の準備をしていた。
「で、ニコル君はラピスちゃんのどこに惚れ込んだの?」
「何回否定すれば認識が改まるんですか?」
セラが一方的にニコルをからかっている。
わざとニコルとラピスの互いに好意があるように歪めて認識したうえでのマシンガントークに、眉間のしわは深くなるばかりである。
「だってニコル君が女の子を連れてくるなんて……。やっぱりニコル君も男の子だね。狼だね」
「僕の話聞いてないですよね」
ナイフで芋の皮をむきながらニコルはげんなりとする。
姉であるシーラとラルスの関係性に憧れているセラ・キースは、自身の恋愛だけでなく占いやら縁結びやら他人の色恋沙汰までもが大好きな女性だ。
異性に関心の無さそうなセレスとニコルも恋愛をするのはまだ先だろうと思っていた中、ニコルがラピスを引っ張ってきたのだ。
食い付かないはずもないのだった。
「何言ってるの。好きでもない男の子の部屋の前まで女の子が来る訳ないじゃない。脈はあるね。お姉さんが保証しよう」
「無いです。だいたい、会ったばかりの時は怖がられてたんですから」
ラピスと出会った時の表情はよく覚えている。
逃げるのに邪魔でしかなかった2人を殺したニコルを見て、気の毒になるほど怯えていた。
「つまりニコル君は満更でもないと……」
曲解も甚だしい。
「そんなことは言ってないんですが?」
「内心は否定しないんだ?」
ニヤニヤとするセラに何を言っても仕方がない。ニコルは嘆息をついて皮むきに集中することにした。
セラは拗ねたニコルの横顔すら楽しそうに眺めている。
「でも、ラピスちゃんを助けてここまで連れて来たのは事実だよね」
「……巻き込まれただけです」
「だったら、軍人と一緒にラピスちゃんも撃ったんじゃない?」
その言葉にニコルの手がピタリと止まった。
横目でセラを見ると目が合った。
先ほどとは異なりニコルの内心を探るようにこちらを見据えていた。
「……そうですね」
セラの言うとおりである。あの場合、ラピスも殺してしまった方が楽に逃げることができたはずだ。
ラピスは赤の他人なのだから、どうなろうが知ったことではない。それなのに助けてしまった自分自身が不可解だ。
「同情なんでしょうか」
後付けではあるが、それがニコルの中で一番しっくりくる理由だった。
「ただ、怯える彼女を見た時、ここに来たばかりの自分を思い出しましたね……」
「そっか」
こういう時、軽口を叩く時とは異なり、セラは深く掘り下げては来ない。
答えは教えてくれない。
考えさせようとしているのだと、ニコルは勝手に思っている。
「本当にそう?いたいけな女の子を部屋に連れ込もうって思ったんじゃない」
台無しである。軽口との温度差でおかしくなりそうだ。
「……ラピスの泊まる場所が無いんです。セラさん達の部屋は使えないですか?」
「なるほど。ニコル君が良い子に育って私は嬉しい」
「そうですか」
「だが断る」
「なんでですか」
セラはニコルの問いには答えず、玉ねぎを慣れた手つきでスライスしていく。続けてニコルが皮をむいた芋に手を伸ばす。
疲れが増した気分のニコルも手元に集中する。
それでも、セラの口は止まらない。
「それで?ラピスちゃんに告白されたらどうするの?」
「話が飛躍しすぎでは?」
結局話題は恋愛方面から離れるつもりはないらしい。
「そんなことないと思うけど。ラピスちゃんにとってニコル君は白馬に乗った王子様じゃないかなー」
「何ですかその恥ずかしい比喩」
「じゃあ吊り橋効果」
顔をしかめるニコルを見てセラは楽しそうだ。
「本当に何とも思ってないの?」
「何ともと言われてもですね…」
ニコルからラピスを見て、当り前だが異性としての区別はある。そもそも無かったら問題だ。
異性としてどうかと言われると「かわいい」の部類に入るんだろう。
性行為の知識がないわけではない。あまり恋愛に関心が無いためか、異性と話をしても、その異性と付き合うとか、その先の関係など想像できない。
ただ、気にはなる。ニコルはその感情を少なくとも恋愛とは別の理由からだと認識していた。
「……それは、まあ、ここでちゃんと生活できるかとか、心配事は多いですけど」
ニコルがどこか遠くを見るように目を細める。
ここに来たばかりの自分、思い返すと本当に酷かったとしか思えない。文字すら書けなかった自分が、今では複雑な精密機械を動かしているなんて当時は想像もしていなかった。
「それが好きに繋がっていくんだよ」
「……そういうものですか」
もはや否定するのも疲れてきたニコルは渋い顔で頭をふった。
「それで、ラピスの寝床は……」
「ニコル君の部屋だよ。押し付けるのは駄目。サポートしてあげるから、シーラ姉さんやラルスさんにしてもらった事を、ラピスちゃんにしてあげてね」
話を戻すと、正論で返されてしまった。




