section.8_城塞都市ショッピングツアー
今すぐにでも逃げなければならない……はずだ。
逃げると言われていたのに、テロの現場から離れるなり服屋に連れて来られ、ラピスは困惑していた。
その上、見たことがないほど多くの人が蔓延っている。
カジュアルなデザインと値段を売りにしているアパレルショップだ。
数十分かけ、徒歩でショッピングセンターにたどり着いたニコルは、真っ先にその店に入った。
「いらっしゃいませー」
営業スマイルを浮かべる店員はラピスの格好に訝しげな視線を向ける。
思わず店員の格好と自分の格好を見比べて、ラピスは切ない気持ちになった。居心地がひどく悪い。
「あの、何で服屋なの?」
「貴女の有り合わせな格好では目立つからです」
抗議するように少年に問うと、正論が返ってきた。店員ではなく、ニコルの格好と比べても、自身の格好が場違いだということは理解できた。
ここは理不尽なほどに綺麗な服が多い。
「む・・・そんなこと言われたって・・・」
「だから今から買うんです」
そう言ってニコルは手慣れた様子で、何着かの色の異なるワンピースを手に取っていく。
手に取った服を見比べ、あまりに華美なもの派手なものを除外している。
「選ぶ時間もないですし、白でいいですか?」
「う、うん」
返事を聞くと、白のワンピースの他にベージュのフリースや赤いシュシュなどを選んでいく。
異性とのやりとりに慣れているのだろうか。呆気にとられている内に、ラピスの着る服が決まっていく。
いつの間にやら試着室で着替えられるよう、店員から許可までもらってしまっていた。
「下着まで……」
ニコルが選んだ服には新しい下着まで入っていた。伸縮性のある記事で、目算でサイズを選べるもののようだ。
ここ数日着替えもまともにできていない少女にとってありがたいものではあるのは確かである。
抵抗があろうが羞恥があろうが、現状ではラピスに着替えないという選択肢がない。
ラピスが着替えている間にニコルは他にも買い物をしていた。ラピスのサイズらしきものもあれば、それ以外もある。全て女性ものばかりだった。
それらはラピスが持つことになった。
その後もニコルにあちらこちらへ連れ歩かれた。
逃げるのに関係のない物を買っていき、少年の荷物が増えていく。逃げることと無関係どころか、荷物が増えて逃げにくくなる気がする。そんな状態に不信感を抱かずにいられない。
「……逃げるんじゃないの?」
「そうですけど?」
「何で荷物増やすの?」
「もとももの目的は買い物なんです。頼まれ物くらいは」
つまりは、今すぐこの場から逃がしてくれるというわけではないらしい。
それでもラピスはニコルに手を引かれるまま着いて行くしかない。他にあてなど無い。
ちらりと、ラピスは少年の横顔を見る。少年は何か探し物でもあるのか、キョロキョロしながら淡々と前を歩いていた。
今ではあの時に感じた恐ろしさもない、普通の少年に見えた。あれは勘違いだったのだろうか。淡々とした表情は変わらないのに何が違うのか。
視線に気付いた少年と目が合い、慌てて目を逸らす。
少年は挙動不審なラピスに違和感を持つこともなく、違う方向に目を向けた。少年の様子がラピスに全く関心がないようで少し傷つく。
そんなこともお構いなしにニコルは足を進めるのだった。
荷物を増やしつつ、最後に辿り着いたのはジャンクフード店だった。
「……ごはん?」
「昼も過ぎて2時になるのに、何も食べてないですからね」
昼食など取ってる場合なのだろうかとラピスは訝しい表情をするが、調理場からする香ばしい匂いに、お腹が盛大に音を鳴らした。
本当にろくな食事を取っていないのはラピスの方だ。女性らしさのない遠慮のない空腹音にラピスは顔が真っ赤になる。
「身体は正直ですね」
笑いを含んだ声にラピスはムッとなってニコルを睨みつけた。
「好きなもの、頼んでいいですよ」
「こんなことしてる場合なの……?」
と、言いつつも最も大きいサイズのドリンクとポテトが付いたセットをラピスは注文していた。
少年の方が量が少ないことを気にしつつも空腹には勝てない。少女は大きく口を開いて肉のはみ出たハンバーガーを頬張った。
溢れる肉汁と甘酸っぱいケチャップ、ピクルスの歯ごたえ。今まで食べたことのない食べ物の味に目を丸くする。
「・・・おいしい」
「そうですか」
細く刻んで揚げられたポテトを一本ずつ食べながら答える少年に、ラピスは目を向けた。
先ほどから、何やら面白がられているところが気に障るものの。
「……笑顔」
「はい?」
「初めて見た」
ここまでほとんど表情を変えなかった少年の頬が緩んでいる。何を言われているのか判らずキョトンとしていたニコルだが、しばらくしてから納得した様子で頷いた。
「まあ、気を張っていましたし」
自分でも気付いていなかった心境の変化をラピスに見透かされ、金髪の少年は視線を外して頬を掻く。
「……あと、名前も聞いてない」
「そうですか?」
ここまで忙しなく動き回っていたため、二人は自己紹介すらしていなかった。
「私の名前言えるの?」
「そう言えばそうですね」
ここまで逃げたり、買い物をしたりと、慌ただしく共に行動していながら、改まって自己紹介となると微妙な雰囲気になってしまった。
少年もラピスも視線が泳ぐ。
「ニコルです。ニコル・オレーム」
「えっと、ニコル……さん?」
「ニコルでいいです。皆呼び捨てですから」
「私は、ラピス。ラピス・レウィン。じゃあ、私もラピスで」
「ですか」
「うん」
互いに名乗り終えて会話が途切れてしまった。
先程までは何かしらすることがあったのだが、会ったばかりの人物と食事中の会話といっても話題が思い付かない。
ニコルは食べることに逃げ、ラピスはハンバーガーを口に運びながら話題を考える。
「……そういえば、何で気を張ってたの?」
「だって、ずっとあとをつけられてるんですから」
その言葉に、自身の発言の合間にハンバーガーを頬張っていた少女の動きがピタリと止まった。食べ物を口に含んだまま喋るわけにはいかないので、咀嚼し飲み込んでから口を開く。
「なっ……なっ……」
なぜそんな大事なことを伝えないのか。そして、そんななかニコルは悠長に買い物をしていたのかと思うと愕然とする。
「話しても不安にさせるだけですし、すぐ諦めると思ったんですけどね。思いの外しつこいです」
ニコルは涼しい顔をしているが、ラピスは気が気ではなくなり慌てて周囲を見渡した。
当然だが素人である少女に誰が追手なのかは判らなかった。
「人前でなら大丈夫ですよ」
少年はそういうものの信用できず、辺りを見渡していると一人の男が目に点いた。
店の受付で料理を待っているようだが、こちら訝しそうにこちらを見ている。革製の眼帯など着けているところが普通の人に見えず怪しい。
ラピスと目が合うと男は視線を逸らした。それでもチラチラとこちらに視線を向けている。
「どうかしたんですか?」
「え、あの……」
ラピスが視線を向けた先にニコルも目を向ける。すると当然、眼帯の男とニコルの目が合う。男が目を丸くしつつも、ひょいと片手を上げた。
「知り合い、なの?」
「はい。眼帯で柄が悪く見えますが、いい人です」
そう言っている間にも、眼帯の男はこちらにやってきた。
「お前がナンパとか珍し……」
「違います」
ニコルは遮るように男の言葉を否定する。
そんな冷ややかな態度を気にした様子もなく、男は気のない返事を返してラピスに目を向けた。
「ラルスだ。ラルス・エムロード。こいつ、素っ気ないかもしれないけど寂しがりやだから仲良くしてやってくれよ」
「ら、ラピスです。お世話になってます……」
ニコルの言葉など無視して勝手なことを言うラルスに、ニコルは頬杖を付いてため息を吐いた。少し拗ねたような態度は、ラピスの手を引いていた時と比べると子供っぽく見えた。
「ところで、シーラさんは?」
「お手洗い。もうそろそろ戻って・・・きたな」
ラルスの視線を追って、ラピスは自分の背後に目を向けた。見れば、銀髪の女性がゆったりとこちらに歩いてくるところだった。その女性がシーラという人のようだ。
まっすぐこちらに向かってきて、ラピスのすぐ側で立ち止まる。眠たげな、感情を読みとりにくい目でシーラに凝視され、ラピスは思わず身を硬くする。
「……誰?」
「ニコルがな……」
「違います」
ラルスの言葉を遮り、ニコルが口を開く。
「ラピスです。テロに巻き込まれた時に仕方なく連れてきただけです」
「……ラピスちゃん」
不機嫌なニコルのぶっきらぼうな説明を聞き、シーラはラピスに向き直る。彼女のやんわりとした笑みは同姓であるラピスでも色っぽく思えて頬が赤くなった。
「シーラ・キース。よろしくね」
「ら、ラピスです」
スタイルが良いだけでなく、落ち着きのある大人の女性の雰囲気に、ラピスは見惚れてしまった。
胸も大きい。
「3番の札をお持ちのお客様ー!」
「っと、俺か」
店員の呼びかけにラルスが受付へと目を向ける。料理の準備ができたのだろう。札を持ってラルスが受け取りに向かうと、シーラもぴったりと後について行った。
「あの2人に事情を説明しないといけないですね」
「あ……」
注文したものを取りに行っているラルスとシーラを眺めながら、ニコルは呟く。
その言葉にラピスは表情を曇らせた。人に捕まっていたと話すと、悪いことをしたのかと疑われるんじゃないだろうか。そんな考えが浮かんでくる。捕まっていたということはニコルにも話していない。
少年は暗い顔をするラピスに気が付いたようだ。
「心配しなくても大丈夫です」
結果的に、ラピスの心配は杞憂でしかなかった。
ラピスの事情をニコルが小声で話し始めると、ラルスという男性は先ほどと打ってかわり、軽口を止めて真剣に聴いていた。
ただ、ニコルがラピスが彼に話してもいないことを知っているように、しかもほとんど正しく話すことに驚いた。
「貴女の格好と持ち物、僕にぶつかってきた場所、そしてカルコサの噂を知っていれば判りますね。特に貴女の格好は酷かったですから。都市の失業者でももう少しマシな格好をしてます」
少し傷ついたが、代わりにラルスとシーラが少年の頭を叩いていた。
一通りの話を終え、ニコル達は一息つく。
ラピスは恐々とラルスとシーラの反応を注視していたが、特に得るものは無かった。ただ、シーラの表情が少しだけ緩んでいるように思える。
ニコルに目を向けると、ジュースで喉を潤していた。
ラルスは大げさな動作で背筋を伸ばすと、先程までの真剣な表情はどこへ行ったのやら、軽率な笑みを浮かべる。
「しっかし、お前が人助けか」
「仕方なくです。何聴いてたんですか?」
「へいへい」
ラルスはニコルの反論を愉快そうに受け流しながら、掌サイズのモバイル端末を取り出す。
それを片手で弄びながらラルスは口を開く。
「まぁ、刑事責任問われるのは面倒だよな。ラピスちゃんが捕まるとお前がやったってことがバレるわけだ」
「そうです」
「アルビオン・バイオニクス実験部隊所属の新型MⅢテストパイロットの特権を使うには、十分にそれらしい理由が揃ってるわけだよ」
わざとらしく所属を口にし、ラルスは端末の通話機能を起動して番号を入力する。
特権という言葉にニコルは表情を曇らせた。
「会社にあんまり迷惑は・・・」
「真面目だな。特権は使えるときに使うべきだぜ。尾行を撒きながらカルコサ内の研究所に戻るなんて面倒だ。チャーター便で家に帰ろうぜ」
ラルスは通話中に声を聞き取りやすいようにイヤホンを着けて発信ボタンを押した。
呼び出し音が四度鳴ったところで繋がった。
「おうクリス。オレオレ。ラルスだけど」
「ラルス・エムロードさん。どうかなさいましたか?今はカルコサにいると伺っています」
「ちょっと問題が起こってな」
「……」
「そんな嫌そうにするなよ」
端末の向こうの人物の無言の返答ににラルスは苦笑した。
「ついさっきカルコサでテロがあったのは知ってるよな?」
「っ!まさか巻き込まれて……」
「テロリストの仲間と勘違いされててな。変なのに尾行されてる」
「……」
端末の向こう側で頭を抱えているであろうクリスを想像して、ラルスは再び苦笑する。
「で、迎えに来て欲しいんだよ」
「何であなた方は私達の仕事を増やすのですか!」
「俺らのサポートがお前らの仕事だろー」
「してますよ!依頼、クライアントの背景調査に選別から、契約料、成功報酬の振込、受取確認。報酬の分配に作戦行動の報告書と始末書の作成。あなた方の健康状態のチェックまで……」
「チップはずむぜ」
「……全く仕方ないですね」
長々と業務内容を連ね始めたクリスだったが、たったの一言で要望に応じた。
ラルスは三度目の苦笑いをする。カルコサ内の研究所に連絡をするため、電話は切られた。
「ホント、判りやすいよな」
「・・・クリスは、お金好き」
「あんまり迷惑かけると、クリスさん禿げるんじゃないですか?」
世話になっている人物に対して好き勝手を言う三人に対して、ラピスは首を傾げていた。
浮かんだ疑問を、ニコルに投げ掛ける。
「ラルス……さんは、1人で何を話してたの?」
「えっ……あ、ああ。知ら無いですよね。はい」
まるでラルスのことを精神の病んだ人のように言うラピスに、ニコルは戸惑いながらも何に疑問を持っているのか理解できた。
ラピスはモバイル端末のことなど知るわけがない。
説明しようとしたところでラルスのモバイル端末の呼び出し音に邪魔をされた。
「クリスか」
「はい。1時間ほどでそちらに軍用ヘリが到着しますので、そちらをご利用下さい。ヘリポートのある建物で助かりました」
「でも俺達の居場所、よく判ったな」
「GPSって便利ですよね」
それだけ言って電話が切れた。どうやら忙しいらしい。
ラルスは端末をしまう。
「1時間後に迎えが来るらしいから、ゆっくり食いながら待とうぜ」




