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section.7_青髪の少女

時はわずかにさかのぼる。


決して広くはないものの、少女たった1人を運ぶためには広い鋼鉄の車の中。


その隅で少女は膝を抱えていた。


青い髪の少女、ラピスは他の人たちとは別の車に乗せられていた。この先どうなるのか、何をされるのか、考えると不安と恐怖しかわいてこなかった。


少し前まで、暗く不衛生な部屋に複数の人とまとめて押し込まれていた。そこから1人、2人と、順に連れて行かれたが、その人たちは決して戻ってこなかった。


自分の番が来た。ラピスはそう思った。


抵抗したり騒いだりすると乱暴を受ける。恐怖で狂ってしまった人もいた。逃げようとして殺される人もいた。


恐怖で少女は何もできなかった。


自死する勇気もなく、抵抗せず何も考えないようにすることだけが自衛手段だった。


何も変わらないが、その場で殺されることもない。


発狂できれば、どれだけ楽だろう。


ただ、無心に鉄板の床を眺めていた時に異変が起こった。


豪雨よりも激しくけたたましい音が鳴り響く。


その直後、今度は雷よりも恐ろしく大地を揺らすような轟音。


「何!?何なの!?」


ラピスは半狂乱になり出口を叩くも轟音にかき消された。


そして、今度は車全体に衝撃が走る。


車両が大きく傾き始めた。


「や、わあっ!!!!」


そのまま横倒しになり、ラピスは車の中を転がった。


不幸中の幸いか、恐怖で身を縮めたために車内を転がることになり、打身をすることはなかった。


「な、何・・・?」


怯えた犬のように身を縮めているとガツンッと金属の扉が叩かれた。


車が横転してもビクともしなかった扉をこじ開けようと音はより激しく強くなっていく。


その音が恐ろしくて体が勝手に自分を閉じこめている車両の奥の隅へと動いていく。


 黒く通常より長いバールが扉の隙間にねじ込まれ、こじ開けられた。


そこから顔を出したのは知らない男だった。自分を捕まえた人でも住んでいた村の人でもない。


ただ判るのは、その男がまともな輩ではないということくらいか。


男はラピスを一瞥するなり舌打ちをした。


「畜生外れだ!ガキが一人いるだけだ!ここは捨てて別班の応援に行くぞ!!」


と、男はがなり声を上げた後、


「逃げるんなら勝手に逃げろ!!」


勝手なことを怒鳴って姿を消してしまった。


当然ラピスもこんな所になどいたくない。この騒ぎは彼女にとって光明でもあるが、そんな打算的なことを考える余裕など無かった。


逃げれる。逃げたい。


ただそれだけだった。


恐る恐る、足下を確認するような足取りで外へ出る。


偶然によって解放された少女を待っていたのは、澄んだ晴れやかな空などではなく白い煙の壁だった。


数m先も見通せない煙と、焦げ臭いやら血の臭いやらでラピスの足取りはさらに遅くなる。


そんな中、ふと爪先に当たるものがあった。


「ひっ!」


足だ。人の足だ。


視界が悪いため鮮明に確認できるのは足だけだったが、倒れている人はラピスの足が当たってもピクリとも動かない。


死んでいることは少女の目でも判った。


鼻を突く嫌な臭いがする。


頭を振りながら一歩、二歩と後ずさり、無我夢中で駆け出した。


「やだっ!!もうやだぁ!!!こんなの嫌ああぁぁぁ!!!!」


少女が平静を保つのはもう限界だった。泣きじゃくりながら前も向かずに走る。


あの日からこんなことばかりだ。自分が何をしたというのか。こんな目にあうことなんてしていない。細々と生活を営んでいただけなのに、誰かをぶったこともないのに。


そんなことを考えながら全力で駆ける。


だが、それほど距離も稼げぬうちにまた何かにぶつかった。


そのまま共に倒れ込む。触れた感触となま暖かさから、それがすぐに人か何かだと判り、ラピスは弾かれたように体を起こした。


先のこともあり、ラピスは金髪のそれを「何か」の方だと早とちりし、慌てて離れようとした。


「……何なんですか。いったい……」


それから声がした。


動いた。


生きた人だった。


腕を立て体を捻ろうとしている。


不愉快そうだったがちゃんと喋った。


見る限り、ただの少年だ。普通の人だ。


ふっと力が抜け、その場にヘたり込む。


涙で顔がグチャグチャなことも忘れてしまっていた。あれから、ラピスから見て、初めてまともな人間と出会った。肩で息をしながらも安堵の息を吐いた。


「何で人の上に乗り直したんですか……」


「……え?」


呆然と金髪の少年を眺めていたラピスはようやく我に返る。


自分が座っている場所に気付いた。


少年の背中の上だった。


「ごっ、ごめんなさいっ!」


ラピスが慌てて立ち上がろうとして、首に腕を回され無理矢理身体を持ち上げられた。


その勢いで一瞬首が詰まり、ラピスは声にならない悲鳴を上げる。


「逃げてんじゃねえよ畜生!!」


見れば、自分を捕まえた男達の仲間だった。


都市国家カルコサや都市軍という組織を知らなくても、同じ軍服でラピスはその男が自分を捕まえた者の仲間だと判った。


ようやく自由となれそうなのに捕まりたくなどない。


その一心で手足を激しく暴れさせるもろくな抵抗にならなかった。


「ちっ……ぐふ」


 異変に気付いた少年が即座に立ち上がろうとするが、別の男に背中を踏まれ地面に突っ伏した。


「おい、そっちのガキは関係なくないか?」


「この状況で放置ってわけにもいかない。これと一緒にいたんだ。テロリストの仲間かもしれないからな」


背中を強く踏みしめられ、少年は呻き声を出した。


少年は特に暴れることもなく、手に自動小銃のような高火力の武器も見当たらない。服装も市民の私服のようだ。


脚でグリグリと踏みつけ爆弾など巻き付けてないか確認するが、その心配もなさそうだ。


男は踏みつけた少年に目を離し、話を続けた。


「応援の要請は済んでる。すぐ来ると思うぜ」


「それまでガキの相手か?このっ暴れるな!!」


肘で顔を打たれラピスは短い悲鳴を上げる。


ただ暴れてもどうにもならないと判断したラピスは長く息を吐くとともに大きく歯を剥く。


「いってぇ!!このガキ!!!」


「何やってんだよ」


手を噛みちぎらんばかりに手首に歯を立てられ男は悲鳴を上げる。


男が怯んでいる内に腕から抜け出そうと考えていたラピスだったが、彼女は訓練された軍人の腕力を侮っていた。


結局腕は振り解けず、同僚に笑われ逆上した男に地面に叩きつけられ、踏み付けられた。


ラピスは身体を地面に打ちつけられ、身を捩る。


「この・・・調子に乗りやがって!」


男が足を振り上げる姿が目に入る。


蹴られる。


ラピスは反射的に身を縮めて身構えた。


その場にいた人物の注意が少年から完全に外れていた。


パァンッと、短く乾いた炸裂音、銃声が響く。


音源は、とても近い。


地面に押さえつけられていたはずの少年の方だった。


ラピスが弾かれたように目を向けた。


すでにそこに少年の姿はない。


少年の代わりに、首から血を吹き出した男がその場に倒れてきた。


少年を踏みつけていた男だ。


誰が。いや、誰かは想像できた。


だが納得はできなかった。なぜならあの男の子、少年はラピスと背丈も変わらない。


一人の首を引き裂いた凶刃。その次の矛先は容易に想像がついた。


ラピスは自分を足蹴にしようとしていた男に目を向けた。


ラピスが目を向けた時には、すでに複数回の銃声が鳴り響いていた。


男は顔面に多数の風穴を開け、ラピスのすぐ横に倒れ伏した。


自分を捕まえようとした輩ではあるが、突然に目の前で人が2人も殺される様を目にしラピスは竦み上がってしまう。


この場で2人も殺した人物が目の前にいる。


その少年はというと、何事もなかったかのように服のホコリを払っていた。


だが、足下には血がベットリと付いたナイフが転がっていて、ズボンのポケットには小さな拳銃のグリップが覗いている。


人を殺したにも関わらずこの少年はなぜこうも無感動でいられるのか。死体に向ける視線は、虫の死骸でも眺めているようで興味もなさそうだ。


銃で撃ち殺していた時もそうだった。


殺意も悪意も無く、無表情だった。


何事もないように人を殺せる人物。そう思うと少年が酷く恐ろしく見えた。


この少年にとって、人を殺すことは邪魔な害虫や獣を駆除するのと変わらないのだ。


この場にいると自分も殺されてしまうんじゃないか。

何より殺すところを見ている。理由としては十分な気がした。


逃げなければと考えたところでその少年と目があう。


こちらに歩いてくる。立ちたくても、逃げたくても震える手足はいうことを聞いてくれない。


死ぬ時とは痛いのだろうか。少しでも死の恐怖から遠ざかりたくて強く目を閉じた。


「立てますか?」


そんな声が聞こえた。


目を開けると少年の手が目の前にあった。少年の顔を見ると、小首を傾げてこちらをしげしげと眺めていた。


----------


まるで捨てられた子犬のように震える少女をニコルは怪訝な表情で眺めていた。


まぁ怯えるのは仕方がない。


目の前で二人も殺したのだ。


気になるのは少女の身なりだ。


ただのシャツのように無地で薄手のワンピースに獣の革でできたらしき靴。明らかに既製品ではない。


もし既製品だとしたら苦情がくる代物だ。シャツなど夏の強い日差しで透けてしまいそうだし、靴はちょっとした水たまりでグシャグシャになってしまいそうだ。


少女には失礼ではあるが下着すら身に着けているかも怪しいと思えてしまう。


ニコルはこんな身なりの人間がいる場所は知っている。


都市の、文明の外側にいる人間。


アウトベースを拠点にする傭兵や運び屋でもなく、廃都市を牛耳るゲリラですらない。開拓民のような自給自足の生活をしている人がいることは知っている。


つい最近も近くを通った。


カルコサが外で人狩りをしているという噂は知っている。それが本当のことだったというだけだ。


正直なところ助ける義理もないのだが、こうして手を差し出している。


全くどういう風の吹き回しだろうか。


たぶん、少女があまりにも悲壮な表情をしていたせいだ。助けてもらった相手にする顔ではない。


そんな思考をしている間も銃撃戦の音は耳に届いてくる。


こちらの顔色を伺って手を取らない少女に痺れを切らしたニコルは、腕を掴んで強引に立ち上がらせた。


そんなことをすれば余計に萎縮させることは判っている。だが、そろそろニコルは苛立ってきた。


「ここでもたもたしてると、あの連中の仲間が来るんですが」


その言葉に少女が肩を震わせた。


「逃げないんですか?」


「に、逃げます」


当然の答えだろう。


腕をとられながらも、できるだけ距離を取ろうとする少女を引きずるようにニコルは歩き出す。


「えっ?あ、あの、何?」


「僕も逃げないといけないんですよね。巻き込まれたおかげで」


少女は申し訳なさそうに俯くが、目は嫌味に対して物申したそうにニコルへ向けられていた。


「だから、これは僕が逃げるついでです」


「え?」


「走りますよ」


少女が物を言う間を与えず小走りを始めるニコルに、少女はムッとしながらも歩調を合わせた。


ラピスが歩調を合わせたと判るや、少年の歩調はどんどん速くなる。走る速さは髪やスカートのはためきなど気にすることができなくなった。


ニコルとラピス、お互いの名前も知らぬままに二人の逃走劇が始まった。

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