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section.6_カルコサ軍車両襲撃事件

気が付いたら、そこに立っていた。


自分の周りだけ、淡い月明かりに照らされている。


暗い部屋の中、鼻を突くような悪臭と硝煙の臭いが少年の表情を険しくした。身構え、周囲を見渡す。


周囲を確認し自分の行動が馬鹿馬鹿しくなった。この質素な部屋は毎晩のように目にしている部屋だ。


夢だ。


胸の中でそう呟き、少年は嘆息をついた。さっさと目が覚めてくれればいいのに。


そう思っても、夢は都合良く終わってくれない。


視線は少年の意志に関係なく部屋の暗がりに向けられた。見えるのは、壁にへばりついた染みと、ベッドで横になっている男。


染みが血痕であること。その男が死んでいることは確認する必要もない。


だが、その男が誰なのかは解らなかった。どれだけ目を凝らしても、顔は確認できない。


冷たいものが頬をつたった。なぜ泣いているのだろう。


その答えは、いくら考えても出てこない。


ふと、手の重みに気が付く。何か右手に持っている。


拳銃だ。


今も愛用している拳銃だ。小さく懐に隠しやすく、張り付くように手に馴染んでいる。


物心付く前から持っていたものだ。


これを手にしている自分。


死んでいる男。


この状況を認識して、ある考えが頭に浮かぶ。


だが、その前に目が覚める。


いつもそうだ。


今回もそうだった。


----------


少年は瞼を上げる。


初めに目に入ったのは座席の背もたれだ。


とりあえず人が座れればいいといった作りの味気ない樹脂製の座席だった。前に誰か座っている。


横になっているため、視界が90度傾いて見える。


通常ならとても寝付けない程に耳障りなバタバタと風を切り裂く音が絶え間無く響いている。


ブレードスラップ音……ヘリコプターのプロペラが回る音だ。つまりここは空の上なのである。


「お、ニコル。起きたのか」


頭の上、もとい隣りから声をかけられ、少年……ニコルは声の主に目を向けた。


茶髪で左目に眼帯をひた垂れ目の男。


お世辞にも人相が良いとは言えないが、彼の作る笑みはどこか人懐っこい。


まだ半分寝ぼけた状態でニコルは口を開く。


「ラルスさん、もう、着いたんですか?」


「カルコサはアイアスより少し遠いからな。あと30分くらいか」


ニコルはアルビオン・バイオニクス所有の大型輸送ヘリの中にいた。


ニコル達が乗っているものの他にも四機、同じ大型輸送ヘリが共に移動していた。


ニコル達のような傭兵は、アウトベースのような都市の外にある企業の施設や、廃都市などで暮らしている。


ちなみに、ニコル達は前者である。


だが、都市の外にある施設の中で完全に生活が成り立つかといえば答えはNOだ。


特に食料品以外の生活用品は都市から輸入してきた方が安くつく上、ブランド専門店は都市の中にしかなかったりする。


そのため、月に何度か城塞都市の施設へ飛ぶ輸送ヘリに相乗りして仕入れに行ったり、大量輸送や重量物であればキャラバンに陸路で運んできてもらう。


そして、それに同行すれば都市に入る際の面倒な入国審査や持ち物検査をスキップする事ができる。


つまり楽に都市に入れ一部商品は自分達の施設で買うより安く手に入れることができる訳だ。


「じゃあ、もう少し寝てても……」


眠気に勝てそうにないと思ったのだが、ふと、自分の頭を支える柔らかい感触に気付く。


枕など、持ってきていただろうか。


それに、輸送ヘリの座席には当然ながらリクライニング機能などなどない。


見上げれば、銀髪の女性の顔と彼女の豊満な胸が目に入った。胸のせいで顔は半分しか見えない。


「シーラさん……何してるんですか?」


「……膝枕」


毛先まで慈しむように、女性の手が髪を撫でてくる。


気恥ずかしくて堪らない状況と気付いたことで、ニコルは一気に目が覚めてしまった。

 

ニコルは無言で体を起こすと、自分が本来座っていた座席の硬い背もたれに体を預ける。シーラは不満そうであるが、大人に甘えたい年齢はとおに過ぎているのだ。


目が冴えて、自分が眠気と戦っていた時は壁面に寄りかかっていたことを思い出した。


横目でラルスを一別すると、とても楽しそうな笑みを浮かべていた。


「……寝ないの?」


「目、覚めました……」


いったい何時からああされていたのか。考えると頬が紅潮した。


緊張と羞恥による動悸を押さえるためニコルは深い呼吸を繰り返す。


「こういうこと、止めてください。僕はもう16歳ですよ」


「でも、ニコルはまだ小さい」


唇を尖らせたシーラに身長のことを指摘され、ニコルは眉間に皺を寄せた。


この年で150cm前半という背丈は少年にとってはそれなりのコンプレックスである。ちなみにシーラの身長は165cmあり、彼女の言う通りニコルよりも背が高い。


ラルスはいよいよ笑いが堪えきれなくなってきたのか口を押さえて顔を背ける。思春期の少年が戸惑っている姿を楽しんでいる大人を少年は睨みつけた。


 たとえ小柄であっても年相応の羞恥心くらいは持ち合わせているのだが、子供好きなシーラという女性は性の区別はあっても思春期という年頃であることは考慮してくれない。


照れているだけといえば間違ってはいないが……。


「そりゃ……もう親に甘えたいって歳じゃないよな」


未だニヤニヤと笑みを浮かべながらラルスはニコルを擁護する。それを解っていて事前にシーラを制止していないので質が悪い。


「ま、それはともかく眠そうだな。帰ってから休める日はあっただろ」


「機体動作の報告書を仕上げてしまおうと、昨日は遅くまで作業してたので……」


ニコルは欠伸をしながら、再びやってきた眠気に対抗するように金髪を掻き毟る。


窓の外を見ると地平線に都市の城壁が見えた。


「見えてきましたね」


「ん?意外と速かったな」


都市国家カルコサの城塞都市は、都市としてはかなり古い方だ。


元々あった国の首都を利用して建築されたため、広大ではあるが収容可能な人口が比較的少ない。


現在は収容人口の多い建物を増やし、余った土地で大規模な工業施設や大企業の施設を誘致することで産業の活性化を図っている。


その一方、都市の人間が働いているにしては異様に安い生産料に、暗い噂が絶えない都市でもある。


「正直言うとあんまり来たくない都市なんだが、物は安いんだよな」


「アイアスと比べて、都市内のテロ多いですし」


そんな会話をしている間に電子機器が入国審査を終え、ヘリは城壁を越え都市の内側へと入った。


カルコサという都市は雑多という単語が似合う。


古い建築方式のビルと、最近新設されたであろうビルが入り交じっていた。


そんな中に、高さはないものの面積を広くとっている白い建物がある。


企業連合、アルビオン・バイオニクスのに属する研究所だ。


ここがこの大型輸送ヘリ目的地だった。


屋上のヘリポートの上で輸送ヘリはホバリングに入り、ゆっくりと着陸する。今回のヘリのパイロットは腕が良い。少ない振動のみで輸送ヘリの巨体を着陸させた見せた。


そして、ここからの移動は個人に任せられる。


研究者達や輸送部隊のものが実験サンプルの積み下ろしを行う中、相乗りしていた者たちは足早に大型輸送ヘリから離れてゆく。


仕入れが目的の者達は皆、多くの荷物を積めるよう会社の車を利用して移動する。


ニコル達はカルコサにあるバスや地下鉄を利用することにした。


ヘリが都市の外の施設に戻るのは夕方である。


研究所に到着したのは午前10時過ぎ。


時間は有り余っている上、急ぐほどの用事もない。


繁華街か大型のショッピングセンターにでも行ければ事足りるのだ。地下鉄を降りショッピングセンターへ行くバスを待つ。


バス停には行列ができていたが、30分も待てば何回かあとの直通バスには乗れそうだ。


「……ラルス?」


「何だ?」


バスを待ち初めて10分はたっただろうか。


シーラがあるものを指で差した。ラルスは指し示されたものに目を向ける。


「都市外で移動するための大型輸送車両だな。キャラバンでも来てんのか」


「ここ通るの、3度目」


右側通行の道路、バスを待つニコル達の目の前を通り過ぎていく大型輸送車両は先にあるT字路を右折していく。


二車線を占領する大型輸送車両は流石に目立つものの、城塞都市内で全く見かけないものではない。


交通量が少なくない道路であるため、特に注視していなかったラルスとニコルは首を傾げるばかりだ。


「気のせいじゃないんですか?」


「……4分後に、また来る」


その予言は当たり、約4分後にまた大型輸送車両が通り過ぎていった。


今度はニコルもラルスもその車両を確認できた。


「たまたま同じような車両が通っただけじゃないのか……?」


「番号も、同じ」


「ナンバープレートですか。一応覚えましたけど」


さらに4分後。

再びその大型輸送車両は現れた。


そして、よりにもよってバス停の手前で路肩に寄って停車する。


ニコルはナンバープレートの番号が同じことを嫌でも確認できた。


「あー……、道に迷ってるだけじゃないのか?キャラバンだと、外部の人間だしよ」


ラルスはできるだけポジティブに物事を考えようとしているようだが、表情がひきつっている。


道に迷っているにしても、シーラが数えて通算5回ここに来ている。


それも毎度4分前後という短い間隔でだ。


「キャラバンがGPSの着いてない車両を使うんですか?」


「……」


ニコルの言葉に、ラルスは何も反論できなかった。


この大型輸送車両の行動は明らかに不可解である。


大型輸送車両を使っているところが余計にニコル達の危機感を煽った。大型輸送車両のコンテナは戦車やMⅢが格納できるサイズなのだ。


護身用のくらいは持っているが、MⅢや戦車といった機動兵器相手には焼け石に水としか言いようがない。


ニコル達は大型輸送車両から目をそらした。もしテロリストやゲリラであれば、下手な刺激を与えるのは命取りだ。


何か取引や行動を起こす前であるならば気が立っている可能性もある。


ラルスは眼帯を隠す髪を掻き、自身を落ち着かせるため長く息を吐いた。


「離れるか」


彼らが傭兵であっても、特別な訓練を受けているとしても、非人道的と言われようとも、やはり人間である。


生身で自動車に跳ねられれば、普通の人のように怪我もするし死にもする。


死と隣り合わせの仕事をしていても死にたいわけではない。


ラルスの言葉に頷き、3人は列から離れた。


まもなくバスが来るはずなのに移動するニコル達に、バスを待っていた他の人々は首を傾げる。


歩道を歩く人々は路肩に止まっている大型輸送車両を一瞥するものの、違和感程度で危機感は感じていない様子だ。


確かに大型輸送車両が必ずしもテロリストやゲリラのものであると言い切れない。


また、パニックが起こるとテロリストが行動を早め、自身の身に危険が及ぶ可能性がある。残念でもないがニコル達は無警戒な人達を置いてその場を離れるしかない。


そもそも助ける義理もない。


違和感を感じてしまったからだろうか。停車しているのに切られることのないエンジン音が不気味に思えた。


そのトレーラーが毎度右折していたT字路に差し掛かった時だった。


トレーラーが毎度右折していた方向。その対向車線の信号機前で、都市迷彩を施された護送車が停車していた。


それも2台の装甲車に守られている。


これは、嫌な予感が当たってしまったかもしれない。


そう思った瞬間に、信号は青へと変わってしまった。装甲車と護送車が動き出す。


前を行く装甲車が交差点に進入したと同時に、荒々しいエンジン音が響き渡った。


後ろを確認する暇など無い。


ニコル達は全速力でT字路の曲がり角を右に走り抜ける。


後ろからは自動車が弾き飛ばされる音や悲鳴、機関砲の発砲音まで聞こえてきた。


周囲の人々も突然走り出した3人に驚くのではなく、ワンテンポ遅れて身を守るために踵を返し出した。


現場から200m程だろうか、距離をとったところで半分ほど振り返ると、大型輸送車両が装甲車の横っ腹に衝突したところだった。


轟音が、空気だけでなく周囲の建物まで揺らしている。


十分に距離を取ったと思ったニコル達は息を整え、再び後ろに目を向けた。


哀れな犠牲者がひしゃげた自動車の中でうめき声を上げている。


大型輸送車両の暴挙に巻き込まれた自動車の数は少なくなく、歩道に乗り上げたもの、横転したものはまだ好運と言える。


大型輸送車両に圧し潰されたものは原形を留めていない。


また、大型輸送車両の牽引車も原形を留めていなかった。衝突した相手は腐っても装甲車である。


装甲車は、大型輸送車両に追突されビルにめり込みながらも形を保っている。その埋め合わせは全て牽引車がする事となった。


運転していたテロリストは恐らく即死だろう。


護送車も巻き込まれたらしく、横転して身動きがとれなくなっていた。


「酷いな・・・」


ラルスが苦虫を噛み潰したような顔で惨状をみている。シーラも眉を顰めていた。


 こういう時、ニコルは自分が無感動であることを自覚する。被害者や悲惨な光景への共感よりも、頭の中ではどう逃げるかをすでに考え始めていた。


だが、だからこそ役に立てることもある。


「護送車を狙った以上、これで終わると思えないんですが」


「む、そうだな」


ニコルの言葉に、この光景に呑まれていたラルスが頷く。


「煙だ!!」


野次馬の悲鳴のような声に現場に向き直る。多くの人がパニックになる中、仕事柄のためか表情は険しくとも、ラルスもシーラも冷静だった。


火災にしては煙の色が均一で、人や樹脂製品の焼ける嫌な臭いはしない。


「・・・煙幕」


「銃撃戦とかになる前に逃げるか」


自分の身は自分で守らなければならない。


どこかの建物に逃げ込むより路地にでも入って距離をとった方がいい。


装甲車上部にあった機関砲の弾は単純なコンクリートの壁や自動車のドアで防げるほど甘くない。


ラルスとシーラが惨状に背を向け駆け出すのと合わせてニコルも2人について駆け出す。


このような状況下で、レスキューでもないのに人を助けようと逆方向に走る人間がいた。


煙幕が広がり、武装集団がどこから沸いてくるかも判らない中、無謀としか言いようがない。


今逃げればまだ助かるだろうに。


煙幕が惨状を隠しつつ背後に迫ってきている。


ズンッと、音と共に周囲が振動した。おそらく、大型輸送車両の中身が外に出てきたのだ。キャタピラの音ではないということは、中身はMⅢか、それに類する兵器に違いない。


ニコルは走るペースを上げたが、その背中を重い衝撃が襲った。

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