section.58_城塞都市アイアス
「昼はどうする?」
「いつも通り食堂の予定だ」
戦闘シミュレーターでの訓練後。
ジャックに声をかけられたクレアはいつも通りの返事を返したのだが、何故か首を傾げられてしまった。
「キース中佐とでなくていいのか?」
「⋯⋯変な気を使うな。お前とアンナだって四六時中一緒な訳じゃないだろ」
交際開始時に割と騒ぎとなったため、中佐との関係はジャックにも知られている。
ただ、お互いにアレク・アーノルド少将の善意からの下世話を避けるために付き合っていることにしている点は周囲に黙っていた。どこから父に情報が漏れるか分かったものではない。
「そうか?俺とアンナは互いに時間が取れるなら会っているぞ」
「⋯⋯父経由の見合い交際みたいなものだから、2人と温度感は違うんだ」
適当に言い訳をしておいた。
ただ、大人が半年近く合間合間にデートをし、交際を続けておいてホテルにも行っていないのは怪しまれるだろうか。その辺りはハロルドと相談するべきかもしれない。
レヴィナスとメイアから心配された時はどうなるかと思ったが、今のところは杞憂で済んでいる。2人が知っているハロルドはどうやら彼の傭兵時代、10代の頃の話だったようだ。
クレアにとって、父からの見合いの催促や政治絡みの交際打診がない日常は想像以上に快適だった。今のところ偽装結婚ならぬ偽装交際はうまくいっている。
「それなら、モバイルにアンナから呼び出しが入っていた。食堂に来れるかと」
「そう言えばメッセージの通知が来てたな」
まだ内容を見ていなかったことを思い出し、クレアはモバイル端末を取り出した。
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「週末は空いてる?無理そうなら非番の日を教えて」
「どうしたんだ藪から棒に」
食堂で席を確保するなり、アンナが口に出したのは休みの日についての確認だった。
「終戦したし、冬も越したからな。休みだ」
「私もだな。土曜の夜以外は問題ないぞ」
「ああ、中佐とデート?」
「⋯⋯まあ、そんなところだ」
あっさり理由を言い当てられ、クレアは微妙な面持ちになる。アンナには服の相談などもしているので言わずとも知れているのは仕方ないのかもしれない。
「で、何かあるのか?」
「ニコルがラピスちゃんと遊びに来るのよ」
「だからやたら上機嫌なのか。セラやセレスも来るのか?」
何となくクレアからすると、アンナの弟は黒髪の少女と、ラピスは白髪の女性とセットな印象が強く2人の名前を出す。
しかし、アンナは頭を振った。
「2人で考えてるみたいね。ただ、増えるかもしれないとは言ってたわ。土曜日で返事しちゃうわね」
もはやアンナは頬の緩みを隠しきれていない。行方不明の弟を探していた時の悲壮な雰囲気は綺麗さっぱり消えていた。
おかげでナンパされることも増えているのだが、その対策に交際相手がいることを公言するようになった。
クレアはその件の交際相手に横目を向ける。
ウキウキとモバイル端末で弟にメッセージを送るアンナを眺めつつ、笑みをこぼしていた。
「⋯⋯2人はいつ結婚するんだ?」
思わずそんなことを零すと、アンナの手が止まり、ジャックはため息をついた。
「その話題を出していいのか?」
「あんたも中佐との状況報告する事にになるわよ?」
避けてやっていたのにと、揃って呆れられた。
「お前は仲人役に呼んでやるつもりだ。お前の場合は父親が仲人役になるのか?」
「ちょくちょく中佐と夜にデートしてるみたいだけど、選んであげた下着は役に立ったのかしら?」
「ま、待ってくれ。今の無しで」
2人に詰め寄られて、クレアは即座に白旗を上げた。
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城塞都市アイアス第五層。
その最上層に企業連合アルビオン・バイオニクス傘下の遺伝子検査を請け負う理研会社がある。都市外施設との検体輸送を行うヘリポートもあるその会社で待ち合わせることとなった。
せっかくの週末なのに悪いのではないかと思ったが、ローテーション制で基本的に人がいるので問題はないという返事だった。
約束の時間丁度に会社の受付に顔を出すと、ロビーの接遇スペースで待つように言われ、5分も経たぬ内に金髪の少年と青髪の少女が顔を出した。
ラピスが元気よく手を振っている。
「「お久しぶりです」」
ニコルとラピスは同じ言葉を口にしているのだが、少年の方はまだぎこちなく、少女の方は満面の笑みでそれぞれの感情がわかりやすかった。
「久しぶりね」
「久しぶりだな」
アンナとクレアはラピスとハグを交わして再会を喜ぶのに対して、ニコルはアンナとのハグに口の端を歪め、照れを隠せていない。
「背伸びたかしら?」
「そうですね。少し」
いつの間にか、ニコルの背丈はアンナと同じ程になっていた。この年の少年の成長は早い。すぐに追い越されてしまいそうだった。
「ローレンス少尉とアーノルド少尉もお久しぶりです」
「ああ。久しぶりだな」
「久しぶり」
ニコルはジャックとクレアは握手を交わした。一通り既知の面々と挨拶を終えると、アンナは2人の後ろから共にやってきた眼帯の男性と銀髪の女性に目を向けた。
「で、そちらは?」
女性の方はともかく、眼帯の男の人相の悪さはジャックといい勝負である。
「そっちの女少尉さんとは1度会ったな。ラルス・エムロードだ」
「シーラ・キース。ラル、アーノルド少尉さん」
「ああ、そうだったな」
「クレア知り合い?」
「ああ。まぁ。中佐絡みで」
2人の反応にクレアは苦笑いをこぼす。半年近く前に一度会っただけなのだがしっかり覚えられていたらしい。
クレアも2人のインパクトの強さもあって覚えていた。再生手術も一般的な昨今、都市内で眼帯の男など少ないし、シーラも妹と言われなければハロルドの血縁とは気付けない美女だ。
「まぁ、コイツの保護者みたいなもんだな」
ラルスはアンナの弟⋯⋯ニコルの頭をワシワシと無造作に撫でつつ笑う。
「ちょ、止めてください」
「すっかり真人間らしくなって嬉しい限りだが、拾った当初のクソガキっぷりを話してやりたいもんだが⋯⋯セラから聞いてるんだろ」
「そうね。いろいろ写真も見せてもらったわ」
しつこく頭を撫でるラルスにニコルが肘を後ろに突きだすが、容易くいなされていた。
アンナはラルスとニコルのやり取りを見て目を細める。
アンナの弟からすると親と教師に挟まれる三者面談のような面持ちなのだろう。クレアも身に覚えがあった。口の端を歪めて酷く居心地が悪そうだ。
ただ、アンナからすると気心の知れた2人のやりとりがひどく眩しいようだ。
「⋯⋯ここで騒ぐと失礼」
そんな2人の戯れをシーラがラルスの脇腹に肘鉄を入れて制止した。油断していた眼帯の男はその場に蹲ることになった。
「⋯⋯行く場所、予定、あるんでしょ」
「あ、はい」
母は強しというが、ラルスが父親なら、この銀髪の女性が母親的なポジションのようだ。口数こそ少ないものの、ふざける父親を征して場を取り仕切っていた。
「ええっと、姉さん。案内お願いします」
「ええ。分かったわ」
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アイアス第五層の地下鉄⋯⋯地下鉄といっても地下ではなく階層フレームの隙間を走っているわけだが⋯⋯を利用して案内されたのはアイアス外縁部にある墓所だった。
墓所と言っても、土地が限られている城塞都市内で土葬は現実的ではなく、火葬または散骨が葬儀として主流だ。
そのため、この場には墓石だけの墓も少なくない。
アンナが案内したのは彼女の母親⋯⋯つまりはニコルの母親の墓だった。
「ただいま。母さん」
「ニコルにはお世話になってます」
ニコルは膝を付き、墓所の入り口で売られていた花を墓石に手向けた。ラピスもそれに習って花を手向ける。
「すぐに返さなかったのは悪かったと思ってる。だが、いい男に育てたつもりだ。大企業務めだしな」
「⋯⋯ニコルはいい子に育った」
ラルスとシーラもニコルの母親に祈らせて欲しいと、同じ花を手向けた。
「⋯⋯ありがとう。母さんも、喜んでるわ」
アンナは感極待って泣き出してしまった。
「いえ。僕の方こそ、ありがとうございます」
「私こそ、よ⋯⋯。ほとんど、会いに来てなかったもの」
弟を探すことからも親の責任からも逃げてしまった母親を、アンナはよく思っていなかった。足が遠のくことを誰が責められるだろうか。
ポロポロと涙をこぼすアンナをジャックが背を撫でてなだめる。
「弟に渡す物があったんじゃないのか?」
「⋯⋯そう、そうね。忘れる前に渡しておくわ」
ジャックに促され、アンナはA6サイズの小さい冊子とフラッシュメモリーをニコルに差し出した。
「ありがとうございます」
ニコルはそれを受け取り、その場で冊子を開いた。
アルバムだった。
金髪の少女と、まだ歩けるようになったばかりの金髪の男の子、アンナとニコルによく似た女性が写っていた。
クレアにラルス、シーラがそれを覗き込む。
「このちっこいのがニコルだな。これがああなっちまうのか⋯⋯」
「⋯⋯かわいい」
「じゃあ、この女の子はアンナか。たまに写ってる銀髪の男子はジャックか?」
アンナとジャックが幼馴染であることを知っているクレアが大人しそうな銀髪の男子を指差しそんな事を言う。
「ローレンス少尉ともこの時に会ってたんですね」
「似てない」
「⋯⋯かわいい」
「これが、こう厳つくなるのか⋯⋯」
ラピスとラルス、シーラに好き放題に言われ、ジャックが渋い顔をした。確かにまだ10歳にもなっていない姿と今のジャックと見比べると見る影もない。
「じゃあこのメモリは画像データか?」
「⋯⋯はい。そうです」
「はい!湿っぽいのはここまでにするわよ」
一番メソメソしていた本人が手を叩いて、アルバムに集中していた意識を現実に戻した。
「遊びにも行くんでしょ。ここでワイワイしてると時間がなくなるわよ」
「まぁ、そうだな」
アンナの仕切りにクレアも頷いた。
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「へえ、ラルス達と会ってたのかい」
「⋯⋯興味なさそうですね」
「実際に無いからね」
夜。アンナ達と別れ、着替えてからハロルドと合流。クレアはホテルのレストランへとやってきていた。
ハロルドはどうにも古巣に関して無関心だ。あえて遠ざけているように見えるが、自分から話す様子も無かった。だが、妹のシーラから嫌われている様子は感じない。
アンナと弟のニコルの事もあり、何となくハロルドの家族関係に興味がわいてしまった。
「昔から仲が悪かったのですか?」
「そうではないね。ただ、ラルスの右目や仲間、やったのは俺だよ」
ハロルドの言葉にクレアは固唾を呑む。
眼帯を着けているのだから、傷を負ったのだろうことは想像に難くなかったが、ハロルドが原因とは思っていなかった。
「⋯⋯なぜ?」
「この先は⋯⋯ここで話す内容ではないね」
そう言って、メインのステーキを口に運ぶことでハロルドは口を噤んだ。彼の話したくない時の断り文句だ。
ムッとして、クレアもステーキを頬張る。ハロルドは父のアレクと仲が良い⋯⋯というか恩を売られているようで、どうにもクレアの家族関係や家族の力関係も一通り把握されているようだった。
対して、クレアはハロルドの事は外側からの事しか知らないのだ。母がセシリア・キース教授、妹がシーラ、セラ、セレス、セナとルナと多数いること。それくらいか。
セシリアとは話したこともなく、シーラとセラもハロルドの事は深くは話してくれず、セレスより下の姉妹にいたってはハロルドと面識すらないようだった。
どうにも不公平に感じる。
要は他者のいる場所でなければ良いわけか。
「では、この後のご予定は大丈夫ですか?」
クレアの言葉に、グラスの水で油を流していたハロルドの手が止まる。
「言ってる意味分かってるかい?」
「私は生娘じゃないんですが」
ハロルドは珍しく目を丸くしていた。
「ここでなければ良いんですよね?」
「まあ、そうだけど⋯⋯いいのかい?」
なんだか珍しい反応だ。気を使われているようだった。恩人の娘となると、彼とて気を使うのかもしれない。
「⋯⋯最近、夜の事についても聞かれるんです。流石に誤魔化し続けるのも難しくなっています」
「まあ、俺も、アレクから娘とはどうだったなんて信じられない質問をされるよ」
あの父親はと毒づきたくなったが、場所が場所である為クレアはなんとか堪える事ができた。
「口裏を合わせれば⋯⋯」
「そうではなく、私だけいろいろと知られているのは不公平に思います。ここでなければ良いのですよね」
言い切った。話を聞くためならベッドに入るのも辞さないと。
クレアの様子にハロルドは呆然としていたが 、何がおかしかったのか笑みを零した。
「君はあいつの娘だね。じゃあ、一晩付き合ってもらおうか。後悔しても知らないよ?」
キャラクターを複数設定すると、ハロルドの過去や、クレアとハロルドにピックアップした話も書きたい欲が出ますね。
あと1話です。




