section.57_アルビオン・バイオニクス都市外施設
「手の感覚はどう?」
セラの問いにニコルは手を握ったり開いたりと複数の動きを試しながら、指先までの感覚を確かめる。
痛みや皮膚が引きつるような感じはなさそうだ。
「痛みはないです。皮膚も⋯⋯引っ張られる感覚もないです。触覚は⋯⋯ちょっと久しぶりな感覚なので、なんとも」
「そこは日常生活で違和感がでたら言ってね。なんなら、私と触れ合って試してみる?」
「駄目です」
「遠慮します」
付き添いのラピスと共に、セラの際どい冗談をバッサリと切り捨てる。
安全装置を無視した状態でオーバーヒートしたMⅢアルテミスから脱出したニコルは熱中症状態な上、手に関しては大火傷⋯⋯⋯筋肉組織まで傷ついた三度熱傷状態だった。
「はいはい。ラピスちゃんといちゃついて試すんですよねー」
「怒りますよ?」
「ラピスちゃんにご飯食べさせてもらったり、一緒にお風呂入ったり、見せ付けられてた身にもなってほしいなー」
「⋯⋯介助と戯れを一緒にしないでください」
確かにそういった側面がゼロだったかというと嘘になるかもしれないが、今まで当たり前にできたことができないというのは精神的に来るものがあった。
MⅢの操縦どころか日常生活にも支障が出るほどだったが、幸いにも今や手にその面影は無い。
むしろ以前より綺麗かもしれない。
完治まで半年近くかかったが。
流石、戦闘用の人造人間などというものを作っている企業連合と言ったところか。
そもそもの人造人間技術が医療用なのだ。患者の欠損または大きく損傷した部位を、まるまる培養して作ってしまい入れ替えるのがこの技術のそもそもの目的である。
理論上では肉体全てが置換可能らしい。脳を試す猛者はキース博士本人を除いて今のところ現れていないが。
「冗談はここまでにして⋯⋯皮膚も爪も新しくなっててまだ薄いから力仕事や肌が擦れる作業の時は手袋つけてね」
「わかりました」
「エッチの時もだよ。ハンドケア手袋とかでもいいから。甘噛や爪立てちゃったりでも傷になりかねないからね」
「⋯⋯気をつけます」
余計なお世話だと言いたい所だったが、素直に返事をしておいた。
セラはこんな感じでも列記とした研究者で医師免許も持っている。
知らずにやらかして受診し、恥辱的な説明をすることになるよりずっといい。ようやく包帯とおさらばできたわけだが、しばらくは手袋と仲良くすることとなりそうだ。
「ラピスちゃんも来週で介護休暇終わりだよね。母さんもまたよろしくって」
「はい」
ニコルとラピスは処置室を後にした。
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「手、気になるの?」
研究所の病院側。治療費の支払いを済ませ、処方箋にある塗り薬と痛み止めを薬局へ貰いに行く道中。ニコルは意味もなく手を握ったり開いたりを繰り返していた。
「いえ。自由に動かせるのが久しぶりなので、つい」
「そっか⋯⋯」
ラピスもニコルの手を眺める。
日焼け後も全くない、真っ白な手になっていた。皮膚が薄いと言うのも事実なのだろう。静脈もくっきりと見え、以前はあったタコの後なども綺麗になくなっていた。
「私の手より綺麗かも⋯⋯」
「⋯⋯触ってみます?」
「それなら、手、繋ごうよ」
「そうですね⋯⋯それも久しぶりなんですね」
手は繋げなくとも腕は組んだりしていたのだが、その事は棚に上げてしまい、互いの指を絡める。
「すごいスベスベ⋯⋯」
「皮膚が薄いからですかね。ラピスの手がすごく熱く感じます」
「⋯⋯」
ラピスは指を絡めたままニコルの手を握ったり、手のひらをすり合わせて感触を確かめている。もう片方の手も捕まえられて、感触を確かめられる。
ラピスがニコルの手に顔を向けつつも、チラリと上目遣いのアイコンタクトを送ってきたことに気付き、ニコルは口の端を歪めた。
「⋯⋯夜でいいですよね?」
「それは、うん」
少年自身も、少しだけ考えていた事のため否やはない。ただ、ニコルにしてもラピスにしてもこの手の話をあけっぴろげにするタイプではない。未だに誘ったり求めたりすることに羞恥の念がある。ラルスやシーラはどうしているのだろうか。
「⋯⋯他にしたい事とかありますか?」
「ほ、他!?」
何を想像したのか、ニコルの問いにラピスが顔を真っ赤にする。
「そうではなくて、まだ1週間休みがあるので。行きたい場所とか、しておきたい事とかです」
「あ、そういう⋯⋯急に予定が空いたから、ゆっくりできたら良いなくらいしか考えてないかも」
「じゃあ、予定は空いてるんですね」
少年の物言いに少女は首を傾げた。
「アイアスに行っておきたいと思ってまして」
「アンナさんに会いに?」
「そんな所です。今なら資源施設の復旧で定期便が頻繁に出ていますし、1泊2日くらいで」
「私も行きたい。あれから会えてないし」
「では、少し急ですけど姉さんに連絡して日程を決めましょう」
ラピスに嫌な顔をされなくてニコルは安堵の息を吐く。
都市間のいざこざで帰れなくなったり、ニコルが怪我をして帰ってきたりと良くない思い出も少なくないため、嫌な顔をされても仕方のない場所だ。
「じゃあ、早く帰って準備しないと」
「そうですね」
「あ、終わったか?」
急に後ろから声をかけられ、ニコルとラピスは弾かれたように声のした方向に目を向けた。
見ると、セシリア・キース博士が少し離れた位置にある売店前で手を振っていた。いつからそこにいたのだろうか。
「いつから⋯⋯」
「治った手を感慨深げに見ていたあたりか。コーヒーを買いに来ていて見かけた」
割と最初の方から見られていたようだった。
「⋯⋯声をかけてくれればいいじゃないですか」
「用があるのは確かだが、若い2人の邪魔をするのも気が引けてな。一段落するのを待っていた」
「えっと、研究室で書類でもなくなりました?」
ラピスは要件を想像して苦笑い気味に確認する。幸い、彼女の悪い予想は外れのようで、セシリアは頭を振った。
「研究所の地下に一緒に来てくれるだけでいい。見せたいものがあるんだ」
そう言ってセシリアは不敵な笑みを向けた。
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研究所の地下。
人間一人分のサイズのホムンクルス、それも戦闘用を製造する培養槽が並んだ部屋だ。
かなり前になるが、ニコルもここには来たことがある。
そもそも製造中のホムンクルスの少女達は裸体で浮かんでいるため、性の区別を意識するようになってからは足が遠のいていた。
最後に来たのはセレスが作られているところをセラに連れて来られた時だ。
培養槽には既に新しいホムンクルスが入っている。肉体年齢はまだ3歳ほどだろうか。頭には高等教育までの知識をインストールための学習装置と呼吸器、排泄のカテーテルを付けられた状態で浮いていた。
電源の入っている培養槽を数える限り新しい博士の娘は10人ほどだろうか。
「見せたいものとは、彼女達ですか?」
「いや、この娘達は第三世代の正式量産タイプだ。12人の中隊規模の要望を受けている。セレスとセナとルナの妹だな」
「飛行型MⅢの特殊部隊ですか?」
「いや、大型機動兵器フリューゲルを中核としたMⅢ部隊だそうで、飛行型の訓練はしない。フリューゲルについて行けるMⅢの高機動装備を作ったそうだが、扱える人員が少ないらしい」
「なるほど⋯⋯」
話を聞く限りだと、容姿は双子と同じか近いものになるのかもしれない。髪は白髪ではなく、プラチナブロンドで統一されているようだ。
何となしに眺めているとラピスに目を覆われてしまった。それを見たセシリアが笑みを零す。
「いじらしいな。見せたいものはこっちだ」
奥の培養槽に案内されると、先程のホムンクルスより比較的成長した、5歳ほどの少女が浮かんでいる培養槽に案内された。
「あ、2人とも久しぶりだね」
「ルージュさん。お久しぶりです」
その場には既に赤髪の先客、ルージュが来ていた。
「ああ、2人に見せに来たのか」
ニコルとラピス、セシリアを確認すると、ルージュは理由を察したようで培養槽の前から離れた。
セシリアが培養槽のタッチパネルを操作すると、学習装置のバイザーが上がり、容姿が確認できるようになった。
「これは⋯⋯」
「そうだな。お前のゲノム配列も使っている」
培養槽に浮かぶ少女の容姿は、ニコル⋯⋯というより姉のアンナに近いように感じた。姉弟であれほど似ているのだから、ホムンクルスの少女に利用すれば姉の方に似るのは当然か。
髪の色は灰色のように見えるが⋯⋯、ブルーグレーのような色合いにも見覚えがある。
「この髪って⋯⋯」
「君のだな。どうせゲノム配列の試験個体なら、髪はこっちの配列を試したくなってな。サンプルも採って、乾くと構造色が再現されるのも確認済みだ」
つまりは、ニコルとラピスのゲノム配列を合わせて作ったということらしかった。
培養槽に浮かぶ少女の説明をされて、ニコルとラピスは呆然としてしまう。
「え⋯⋯私達の⋯⋯娘?」
「いや、血筋うんぬんでいうなら従姉妹ぐらい離れているぞ?」
「あと、私の相棒になる予定かな」
セシリアの返答に、そういう具体的な理屈の話ではないと言いたくなる。
「ただ、希望するなら、培養槽から出た後の訓練期間に面倒を見させてやることもできるし、名前を決めてもいいぞ?」
「ちょっと、それは⋯⋯」
「まだ、結婚もしてないのに⋯⋯」
ゲノム配列を使用した人物の立ち会い程度の意味合いなのか、2人へのサプライズのつもりなのか、意図が読めず返答に困ってしまう。
セシリアを見ると、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。おそらく後者のつもりか。
ニコルとラピスは微妙な面持ちで顔を見合わせる事となった。
培養槽に入っている子が『Sisters of LAWS 2人の軌跡』に出るコバルトです。
後2話で完結予定です。




