section.59_アイアス資源施設近辺
瞼の向こうが明るい気がする。そう思った時には既に目が覚めていた。
目に入った天井はいつもの部屋のものではない。小洒落た柄と照明の取り付けられた見慣れないものだ。
薄っすらと、壁際からの明かりで天井が照らされていた。そう言えばベッドがだいぶと広々としている。
見ると、金髪の少年は隣におらず、ホテルの部屋に備え付けられたテーブルセットに腰を下ろしてノート端末を開いていた。
「ニコル⋯⋯?」
「あ、すみません。起こしましたか?」
寝ぼけつつも、ラピスは自分が裸体で、ニコルの方はインナーを身に着けていることに気付く。
乱れたシーツの中から最中に脱ぎ捨てたショーツを探すのは骨が折れそうだ。新しいものを身に着けるにしても、シャワーを浴びてからにしたい。
結果としてシーツを羽織ることにした。
「何してるの?」
「姉さんからもらったデータを確認したくて」
「写真じゃないの?」
画面を覗き込むと、そこに映っていたのはアルバムの写真データではなかった。
地図⋯⋯衛星写真だろうか。空から撮った地上の写真だとセラとアンナから一度教えてもらった事がある。その地図に様々な色のマーキングがされていた。
「ここが僕達の済んでいるアルビオンの都市外施設。こっちが今遊びに来ている城塞都市アイアスです。この点々とあるのはアイアスの資源施設。こっちが城塞都市カルコサ」
ニコルがマーキングについて解説してくれる。
「この遠くにある赤いマークは?」
「カルコサ都市軍の越境⋯⋯入ってきた事をアイアス都市軍や他の都市国家が確認した場所ですね」
その赤い点はアイアス側に集中するような形になっていた。
ニコルからすると、アイアス政府の初期対応の甘さが見える地図だった。
「仕事で使うの?」
これが何の役に立つのか分からず、ラピスは首を傾げた。
「いえ⋯⋯、目処が立ってから話そうと思ってたんですけど話した方がいいですね」
「何かあるの?」
少年にベッドへ腰掛けるよう促され、ラピスは腰を下ろした。改まった様子でニコルが向き直るので、ラピスも思わず肩に力が入る。
「ラピスの故郷を見付けようと思いまして」
「私の?」
少年の言葉に少女は目を丸くする。
「はい」
ニコルは頷くと、画面の地図を少女に向け、赤いマーキングを指指しつつ説明してくれた。
「僕とラピスが出会った頃、カルコサの都市軍は領土内の外部の人間を狩り尽くしてしまっていたようです。そのため都市国家アイアスの領土内で人狩りを行っていた事が分かっています」
少年は地図に書かれた点線をなぞりつつ話を続ける。
「なので、ラピスが攫われた⋯⋯もともと住んでいた所は都市国家アイアスの領土内である可能性が高いです。資源施設への物資輸送の護衛と合わせて探せるのではと思ってます。1年くらいかかるかもしれないですけど」
「⋯⋯でも、何にも残ってないと思うよ?」
故郷⋯⋯と言っても小さな村で、攫われた際に火も点けられていた。
もし、今さらそこで住むべきと言われても困ってしまう。思わずラピスは身を固くする。
少年はノート端末をテーブルに避けると、改めて少女に向き直った。
「⋯⋯たしか、僕と出会う前から、ラピスのご両親はすでに亡くなっていて、1人で暮らしていたんですよね」
「⋯⋯うん」
「⋯⋯お墓はあるんですよね」
「あ⋯⋯」
その一言で、ニコルが何をしたいのか分かった。
「挨拶、させてもらっていいですか?」
「⋯⋯うんっ」
思わず少年に抱き着いていた。ニコルが踏ん張ったおかげで揃ってひっくり返る事だけは回避することができた。
「⋯⋯ありがとう」
「お礼は、見つけられた時に、改めてお願いします⋯⋯あと、その格好で抱き着かれると、その⋯⋯」
「あ⋯⋯」
太ももの間に当たったものに気付き、ラピスは頬を染める。少し離れて顔を見ると、物欲しげな顔と目が合った。腰に手を回され、逃げることもできない。
「いいですか?このまま、もう1回」
「⋯⋯ベッドでなら」
そう答えると、身長の伸びた少年に容易く持ち上げられ、ベッドに転がされてしまった。
---------
結果だけ言うと、ラピスの住んでいた開拓村跡はニコルの予想よりも早く見付かった。
といっても、3ヶ月ほどかかったのだが。
近くのアイアスの再開発中の資源施設へ医療物資を運ぶのと合わせて、ラピスを連れてくることにした。
「再植林のために刈られていて助かったな」
「でも足場悪い⋯⋯しんどい⋯⋯」
「もーセラ姉、なんで着いてきたの?」
セレスとトリアが小銃を肩にかけ、手斧で障害物を斬り払いながら先導してくれている。ラピスはセラの介護をする役割になっていた。
「ラピスちゃんのご両親に、私の老後の面倒見てもらいますって⋯⋯」
「セラさんがおばあちゃんになってたら、私も似たような歳です!」
セラは肩で息をしつつも、軽口を叩くくらいの余裕はあるようだ。
ニコルはセレスとトリアのように小銃を手に殿を努めていた。
長らく無人だった地だ。流浪者が流れてきていたり、下手をすると大型の獣がいてもおかしくない為、全員何かしら武装をしての行軍となっていた。
ラピスは猟銃を、セラも拳銃くらいは身に着けている。
「⋯⋯っ!この道知ってる。この登り坂の向こうに私の家があったの」
「ラピスちゃん野生児⋯⋯痛っ痛いっ!冗談です!」
辛うじて残っていた獣道を目にしたセラが思わず呟くと、尻にラピスから平手打ちを貰うことになった。
スパァンと景気の良い音が響く。
「良いなぁ。スキンシップ」
「⋯⋯良いのか?」
何故か羨ましそうなトリアにセレスが怪訝な顔をする。
「先程、ニナさんからトリアさんとテセラさんが僕達の所為でどんどんおかしくなってると苦情を貰ったのですが⋯⋯」
この資源施設にはニナとディオもやってきていた。資源施設の護衛の仕事があるのだが、せっかくなのでということで、長女と次女はトリアにニコル達の護衛の指示を出したのだった。
「おかしくないよ!ヲタクとモエはクラシックな文化なんだよ!」
「古くからあるけど、クラシックかどうかは微妙かな」
こうなった諸悪の根源であるセラが苦笑いを返すような状態なので、もしかしたらかなり深刻なのかもしれない。
「⋯⋯最初はアンナさんにニコルを下さいとか言ってなかったっけ?」
「私は気付いたんだ。百合やBL、推しの間に入ることは外道だと⋯⋯!」
「百合⋯⋯?花の話なんですか?」
「そうだね。トレンドはいつか去る。推しも永遠じゃない。花に例えるとは流石ニコルちゃん」
「待ってください。意味がわかりません」
通じ合っているか怪しい会話をしているうちに坂道を登りきると、開けた場所に出た。
「ここがラピスちゃんの聖地⋯⋯何にもないね」
「まぁ、ラピスが住んでたのは1年以上前だろうしな」
真っ先にたどり着いた2人が思い思いの感想を述べる。追って、セラ、ラピス、ニコルも坂道の上にたどり着いた。
「重機は別ルートで入ったんですかね?綺麗に雑草は刈り取られています」
「平らにならされちゃってるね」
「むしろ、多少でも跡が残ってる事のほうが幸運じゃないか?」
よく見ると、切り落とされて枯れた雑草の下に木材や石の土台のようなものがある。かつて人家があったのは確かなようだ。
ふと、少年は少女が静かなことに気付く。
「ラピス?」
見ると、少女はポロポロと涙を零していた。
「⋯⋯大丈夫ですか?」
「うん⋯⋯ううん。ありがとう」
グズグズとは涙を拭い、鼻水をすすると、ラピスはゆっくりと前に出て指を差す。
「そこが家畜小屋。鶏とか飼ってたの」
次はトリアの少し前の辺り。
「そこに井戸」
「あっ危なっ!?」
仰天して後退るトリアに、ラピスは笑みを零す。
最後に大きな木材と石の土台を指差した。
「これが私の⋯⋯私と、お父さんとお母さんの家」
言って、また涙が零れた。
「⋯⋯ありがとう」
「⋯⋯はい」
肩を震わせる少女を落ち着かせるために背を撫でる。
身を預けるように寄りかかってきたラピスをニコルは肩を抱いて受け止めた。
「⋯⋯拝むな」
「いたっ」
「ふふっ」
余韻が台無しである。
ラピスが笑いを零す。
「あっちが、畑とお父さんとお母さんのお墓」
少女が指差した方に向かい揃って歩いていくと、平らにならされたため、床石のようになってしまっていた墓石が埋まっていた。
「ニコル、トリア、手伝え」
「了解!」
「はい」
セレス、トリア、ニコルの3人で2つの墓石を掘り出し、立て直す。貼り付いた草や土を払うと、名前が彫られているのが分かった。
「こんなものでどうだ?」
「ありがとう」
掘り出して誇らしげなセレスにラピスは礼を述べ、墓石の前に跪いた。
流石に生花は持ってこれなかった。代わりにと用意していた造花を墓石の前に手向ける。
「ただいま」
彼らが主人公の話は完結です。
ここまで読んでくださったあなたへ感謝を。




