section.51_開戦
MⅢに乗り戦場に立つことにこれほど緊張したのはいつぶりだろうか。ニコルはもやもやとした嫌な気分を吐き出すように深呼吸した。
今回の任務、MⅢアルテミスのコックピットから見える大地はいつも以上に遠い。
早朝であることもあり、MⅢのカメラはまだ暗視モードに入っている。赤外線カメラがとらえた谷の底のように遠い地面が白黒で画面に表示されていた。
今、ニコルは城塞都市アイアスを囲む城壁の上にいる。都市国家アイアスは城壁の上を第六層としているらしい。
都市の外側には起伏こそあれど高い建築物などろくにないため、全高100mに及ぶ城塞都市アイアスの城壁上からは30km以上先まで見渡せた。
対してその内側は、階層構造の最上層である第五層が見渡せた。中心部にある電波塔らしき建造物は300mを超えているといい、民間の高速衛星通信アンテナであるらしい。その周辺にはビジネスビルや商業施設、マンションなど建ち並んでいるものの、外苑に近付くほど建物は少なくなり、農場であったり、ヘリポート、軍の基地や演習場とが広い面積を占有していた。そんな施設の隙間を蜘蛛の巣のように道路や線路が敷かれている。
なかなかに壮観な景色なのだが、目を向けるべきは城塞都市の外だ。
森林というには少し寂しい疎林状の地形が広がっている。暗視用の赤外線カメラから望遠カメラに切り替えるとわずかに明かりが見える程度だが、そこに敵の侵攻部隊が潜んでいるのは昨日中に確認している
今のところ、動く様子はない。
「さて、いよいよだな」
「⋯⋯そうですね」
ジャックの声が耳に入り、ニコルはレーザー通信を繋いで返事を返した。
城壁の上に展開しているのはニコルのMⅢアルテミスだけではない。射程距離が長く弾速の速い中口径砲やレールガンを搭載したMⅢが城壁上に並んでいた。MⅢクーガーやMⅢジャガーに長距離装備を搭載した機体から、レールガンを内蔵しているMⅢレックス。
たまたまなのか誰かが面識のある者を近くに配置したのか不明だが、ジャックのMⅢレックスはMⅢアルテミスの隣ともいえる位置に置かれていた。
と言っても100m近く離れているのだが。
「緊張しているか」
「まぁ⋯⋯はい」
どうにもこの少尉からは何かと気を遣われている気がする。聞くのも野暮かと思い、理由は聞けていない。
「皆そうだ。このレベルの大規模戦闘を経験している人間など少ない。敵も味方も初めてばかりだ」
「確かにそうです⋯⋯何だかずいぶんと気を遣って下さいますね」
「⋯⋯不快か?」
「そういう訳ではないです。気を遣われてると思っただけです」
「⋯⋯まぁ、昔馴染みの弟だからな。そろそろ指示が来るか。邪魔をした」
そう言えばアンナの友人なのだったか。行方不明の事情も含めて知っているとなると、もっと親密な仲なのかもしれない。
「こちらアリスです。MⅢアルテミス応答をお願いします」
だが、聞くタイミングが無かった。管制員であるアリスからの通信が入ってきた。いつの間にかジャックとの通信は切れていた
「MⅢアルテミス。通信良好です」
「返答確認。まもなく地上の戦車部隊、城壁上のMⅢ部隊の砲撃が始まります。MⅢアルテミスのレーザー兵器の使用タイミングはこちらに一任されることになりました。砲撃線での着弾観測にてサポートします」
「了解しました」
アリスの報告に、MⅢアルテミスの出力と使用武装を選択する。
MⅢアルテミス専用に作成された追加装甲は機体の前面、人で言うなら胸部や腹部にあたる部分を覆ってしまう。
レーザー砲の収束用の砲身は展開する。拡散照射レンズでは数十km先の目標にはさすがに届かない。届いても被害を出すには出力が足りない。二脚を展開し、機体の全高より長くなった砲身を安定させる。
副砲のレールガンは今のところ必要はない。
観測は軍事衛星とこの戦線に展開した観測ドローンが行ってくれているため不要だ。
ニコルのMⅢアルテミス以外のMⅢ達も武装を展開している。
MⅢレックスは上半身を上下に開きレールガンの砲身を覗かせ、中口径砲を搭載したMⅢクーガーは一脚をセラミックの足場に突き立て、各機がそれぞれの砲撃姿勢を取っていた。
夜明け前の静かな空に、金属のぶつかる音や大型 モーターの稼働音が響き渡っていた。
展開が終わると、再び静寂が訪れた。
「城壁上、砲撃部隊の武装展開完了。地上戦車隊。砲撃開始」
アリスではない。
アイアスの管制官が全部隊に命令を伝達している。
地上にはアイアスの機械化歩兵部隊所属の戦車が30機展開していた。その全ての火砲が火を吹き、地上を一瞬だけ昼のように明るくした。
「MⅢ砲撃部隊。砲撃開始」
戦車の砲撃が着弾後、ワンテンポ遅れて城壁上のMⅢ部隊も各機の長距離武装が火を吹いた。レールガンはプラズマを、中口径砲はマズルフラッシュを吐き出して空を明るく染める。
高所から、戦車の火砲よりも長距離を射撃するための砲の砲弾は戦車の火砲の着弾点を飛び越え、さらにカルコサ都市軍の後方部隊に被害を与えている。
反撃の砲弾が飛んできた。
城壁上にはまともに届かなかった。
戦車隊はすでに移動を行っている。被害が出ないわけではないが、初撃ではさほど被弾はしていない様子だ。
味方の大規模砲撃による被害と反撃のマズルフラッシュがカルコサ軍の攻撃拠点を照らしている。
「データを送信しました指定ラインに沿って照射願います」
「了解です」
アリスからカルコサ都市軍の予想される展開範囲の情報と、より被害を与えうるレーザー照射案がポインターのアイコンでMⅢアルテミスのモニターに追加表示された。
ニコルはレーザー砲の二脚を収納し、砲身を自由に動かせるようにする。多少バランスが崩れるが、衝撃の無いレーザー兵器であれば大きな問題ではない。
「撃ちます」
攻撃用のレーザーの最大照射時間は数秒。それで砲身が冷却限界に達し、それ以上照射するとオ―バーヒートで砲身内のレンズが融解し使い物にならなくなってしまう。
操縦桿の引き金を引く。
明け方の空を、朝日ではなく赤く閃光が切り裂いた。
アリスからの指示は反撃のための砲撃によりマズルフラッシュが観測できた敵右翼末端地点のから左翼後方に向けてレーザーを照射するというものだった。
敵部隊の展開エリアを斜めの線で引き裂くような形だ。
あまり速く砲身を動かすと重装甲やリアクティブアーマーは抜けない可能性が高いが、この一射の目的はそれではない。結果はすぐに現れる。
地平線が赤く染まった。
朝焼けが顔を出したわけではない。
レーザーの射線にあった草木や動物といった有機物は発火し、カルコサ都市軍の不運な後方支援車両の燃料が発火し爆発。
一際大きい爆発は燃料車両だろうか。弾薬を積んだ大型輸送車両だと装甲を抜けたかどうかは怪しい。
引火した燃料が飛び散り、さらに周囲の草木に引火した。
光学迷彩は単純な塗装ではなく、周囲の映像を装甲に映し出す精密機器だ。装甲を覆う有機ELは熱に弱い。もはや光学迷彩など使い物にはならない。
「敵部隊内に大型機動兵器を確認しました移動要塞型。アルメニア・エレクトロニクス製ビーハイヴです」
アルメニア・エレクトロニクスはMⅢを製造している企業連合だが、何よりの強みは無人兵器の開発製造で、MⅢとの連携も想定している。
MⅢレックスがレールガンという長距離火器を装備しつつ望遠カメラが搭載されていないのも、無人兵器が観測すれば良いという開発理念からきている。その分、強靭なフレームと装甲による堅牢さが重視され、アルメニア・エレクトロニクスの傑作機とされているわけだ。
「思っていたよりも堅実な機体が出てきましたね。ドローンが近付くことすらできないわけです」
大型機動兵器ビーハイヴは遠方から見ると半円状のドームのように見えるが、近くで見ると外見はハコガニを模したような形状をしている。
電子戦と観測性能に秀でた機体であり、スリットに見える装甲の隙間には対空レーザーの発射口が並び、射程圏内に敵対ドローンやミサイルの飛来を許さない。
ドーム状の背中には高性能な大型レーダーでも入っているのだろう。
ハサミに見える装甲部が前面にせり出すとドローンの発着口が口を開く。先程のレーザー兵器の熱線で損失した分のドローンの射出を始めた。
移動速度の問題で現実的ではないが、あれが城塞都市に張り付くだけで都市の通信網と迎撃設備を麻痺させる事ができる。
「単体戦闘能力は皆無ですが厄介な相手ですね」
照準レーダーでロックオンができない。ジャミングなのか特殊素材でレーダーが帰ってこ来ないのか。
どちらにせよ、MⅢアルテミスのレーザー砲はオーバーヒートし、冷却に入っている。
「敵機のレーダー照射を確認。捕捉されています。MⅢアルテミスは後退して下さい」
アラートは鳴っているものの、地上からの反撃が届かないことは確認済みだ。ミサイルなら届くだろうが、城壁上では対ミサイル用の迎撃レーザーが目を光らせている。
「敵の反撃は届いていません。レールガンで追撃可能です」
「⋯⋯わかりました。敵戦車をマーキングします」
アリスは反論を飲み込み、狙撃のスポッターとして優先目標のマーキングを開始してくれた。
ニコルも機体操作し武装を切り替える。
MⅢアルテミスはレーザー砲を折り畳み、代わりに右側の肩関節部に背負われたレールガンの砲身を展開する。
「MⅢアルテミス。武装変更完了しました」
「了解しました。今マーキングデータを⋯⋯」
ふと、甲高い風切り音が耳に入った。
ニコルは反射的にMⅢのカメラ映像に目をやり地上を見渡す。
だが、先程から敵の地上部隊は城壁上への反撃は棚に上げているようだ。地上では激しいマズルフラッシュが瞬いている。おそらくMⅢの機関砲のものだろう。
だが、照準レーダーのアラートは鳴り続けている。
「まさかっ⋯⋯」
機体を激しい衝撃が襲った。




